~卑劣! 手紙とふたつのギルド~

 手紙の中身を検めると――

 ふむ。

 送り主は、やはり盗賊ギルドのようだ。


「師匠、なんて書いてあるんです?」

「なんにも」


 ようやく縄抜けに成功したパルが聞いてくる。

 頭の上にはてなマークを浮かべるパルに、俺は手紙を見せてやった。

 封筒には赤い蝋で封がされていたが、そこに貴族が使うような紋章印などは無い。単純な丸い印のみで封がされており、送り主が誰なのかは分からない。

 封筒の中には一枚の紙が入っていた。しかし、そこには何も書かれていない。

 真っ白な紙だけが送られてきたことになる。


「ホントだ……」


 パルは紙を裏返したり封筒の中身を確認したりするが、新たに発見できたことは何ひとつ無かった。

 一見して、情報は封筒に書かれた俺の名前だけだ。


「いったい何なんでしょう?」

「ギルドからの呼び出しだ」

「え、そうなんですか?」


 うむ、と俺はうなづく。


「意味がありそうで、何の情報もない。そんなことをしてくるのは盗賊ギルド以外に無いだろう?」

「え~っと。あっ、師匠に恨みがある人が嫌がらせ……とか?」


 師匠がやっつけたクラッスウスとか。

 と、パルは言う。


「なるほど。ただのイタズラか、もしくは報復の呼び出しか」

「あ、はい」

「だったらニセの呼び出しとか罠への誘導とかを書いていた方がよっぽど意味があるぞ」

「……確かに」


 いかにもな体裁を装って、その実なにも無い。

 意味のある無意味。

 そしてなにより、情報がゼロ。

 例え途中で手紙が読まれたとしても、損失は生まれない。

 なにせ、何も書いてないのだから。

 つまるところ、盗賊ギルドからの呼び出しと思ってまず間違いない。


「じゃ、やっぱりギルドからの呼び出しですか」

「納得してくれたようで何よりだ。いくぞ、パル」

「あ、はい」


 パルがブーツを履くのを待って、俺たちは部屋から出る。

 ロビーで客の応対をしていたリンリーに軽く挨拶をしてから、盗賊ギルドへと向かった。

 いつものように符丁を合わせ、机の下に忍び込む。

 パルといっしょに盗賊ギルドに来るのは三度目だったか。

 薄暗い階段と幻の壁を超えると、いつものようにルクス・ヴィリディがキセルでタバコをくゆらせていた。

 俺とパルの姿を見て、待ってたよ、と気だるく病的な顔をこちらへ向ける。

 相変わらず不健康そうなエルフだ。

 今日は笑わせないように気を付けよう。


「呼び出させてもらったが、ふたりとも何か抱えてる仕事や要件はあるか?」

「いや、ないよ」

「あたしもありません」

「ならオーケーだ」


 ふぅ、とルクスは紫煙を吐き、くるりとキセルを回すとタバコ草を地面へと落とし、踏み消した。

 粋なおじさんならば手のひらの上で転がして消すのだが、彼女の仕草もまたサマになっている。

 そのあたりはさすがのエルフ。キセルでタバコを呑んできた年季が違うというものだ。


「ちょっと厄介な件があってな。『ふたり』を呼ばさせてもらった」


 ふむ。

 どうやらシリアスな話らしい。

 そして、ことさらに『ふたり』を強調したのを鑑みるに、パルが必要となる仕事のようだ。


「危険か?」

「エラントは大丈夫だ。デブより実力があるんだろ?」

「まぁ、近所の悪ガキよりかは使えるぞ」


 俺の軽口にルクスは鼻で笑う。


「実力者の師匠さまが言うんだから、そうなんだろうな。それじゃぁ、お弟子ちゃん」


 俺とルクスはパルを見る。


「パルヴァス。今回の依頼は、あんたがカギになってもらう」

「あ、あたしですか」


 ルクスはうなづいた。


「受けるかどうかは話を聞いてからでいい。もちろん断る権利があるから安心してくれ。話を聞いた限りは受けてもらう、なんて酷い用件でもないから」


 仕事の内容が、そのまま重要な情報と連なる場合――

 聞いてしまったら最後、その仕事を受けない限り命は無い。

 なんてことがザラにあるのが盗賊ギルドだ。

 暗殺依頼がその代表だろうか。受けないと命を狙っていること、狙われていることが外に漏れ出る可能性がある。

 それらを防ぐためには、必ず依頼を受けないといけない。

 パルがカギになるという限り、そこまでの話では無さそうだが……わりと厄介な仕事になりそうな予感がする。


「分かりました。ちゃんと聞きます」

「よし、いい心がけだ。師匠にも仕事がちゃんとあるから、聞いておいてくれよ」

「分かってる」


 俺の仕事がないのであれば、呼び出すのはパルだけでいい。

 俺とパル、ふたりでこなさないといけない仕事なのだろう。


「今回の依頼主は冒険者ギルドだ」

「冒険者ギルド?」


 パルが疑問の声をあげた。

 冒険者ギルドを知らないのではなく、冒険者ギルドと盗賊ギルドがつながっていることに関しての疑問だろう。


「盗賊ギルドにとって冒険者ギルドはお得意様だ。ギルドってよりは冒険者個人かな。簡単な話でいくと、冒険に向かう先の情報だな。街道の危険度や気候、出現する魔物の種類なんかを買いに来るのが冒険者だ。まぁ、パーティに盗賊がいる場合に限るけどな」

「いない場合はどうしてるんですか?」

「冒険者ギルドが情報を売る。割り増しでな」


 そういう意味では、冒険者ギルドはお得意様というわけだ。


「冒険者ギルドからの依頼か。遠くの街の情報が欲しい、とかか?」

「だったら良かったんだが違う」


 ルクスは肩をすくめた。

 ふむ。

 まぁ情報が欲しいだけならば、パルがカギにはならないよな。


「今回の話は、ちょいとばかし盗賊ギルドにも関係する」

「ほう」

「冒険者を狙う詐欺野郎の討伐だ」


 冒険者への詐欺?


「そいつはまた、変にピンポイントな話だな」


 ふん、と鼻を鳴らして。

 ルクス・ヴィリディは説明するのだった。

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