~卑劣! きしむベッドその理由~

「師匠、いいですよ。大丈夫です」

「分かった。ゆっくりやるからな」

「は、はい……んっ。く、い、いた……」

「大丈夫か? 痛いだろうが我慢してくれよ」

「はい、わかってます。ん……あ、い、いたい、やっぱり痛いです師匠~」

「やめとくか?」

「いえ。だ、大丈夫です……だから、やめないで」

「わかった。じゃぁ一気にいくぞ」

「はい。ん……ん~ッ」


 とパルが痛みによる声をあげたところで扉がいきなりバーンと開けられた。


「そこまでです!」


 何か扉の向こうで気配がするな、と思っていたのだが……

 宿屋『黄金の鐘亭』の巨乳看板娘、リンリー・アウレウムが部屋の中に飛び込んできた。


「パルちゃんに手を出すとはついに落ちた――え、ええええええ!?」


 リンリーは真っ先にベッドの上の俺とパルを見たのだが、そこで予想もしていなかったモノを見たかのように絶叫した。


「な、なななん、なにやってるんですかー!?」

「なにって……縄抜けの練習だが?」


 盗賊たる者、縄で縛られた際に抜け出す訓練も必要だ。もちろん魔物は縄なんて使ってこないので、人間に捕まったことを想定している。

 スキル『縄抜け』。

 いわゆる『捕縛術』や『拘束術』から脱出する技術だ。

 時にはワザと敵に捕まり拘束される作戦を取ることもある。なので、盗賊にとっては必要不可欠な技術だ。

 捕虜となり、相手の懐から喰い破る。もしくは、敵陣の中で縦横無尽に動き回ったり、閉じられた門を開けるのでも構わない。

 簡単に敵の内部に侵入できる方法としては、危険だが簡単だ。

 特にパルみたいな『女』は、この手の作戦に使いやすい。男では殺されてしまうところだが、女は簡単に殺されないので。

 美少女だと尚更だな。

 基本的な捕縛術のひとつ――後ろ手に縄でキツく縛られている状態。

 パルの手を後ろでキツく縛っていたのだが、


「なにか問題でもあったのか?」

「い、いえ……わたしの勘違いでした……うぅ」


 何を勘違いしたのかは知らないが、盗み聞きをしていたのだろう。もしかしたらパルが痛がっている声を聴いて早合点したのかもしれない。

 まったく。

 廊下の掃除でもしていたのかと気配を気にしなかったのだが……看板娘が聞いて呆れるな。


「それで、何か用事でもあったのか? それともただの盗み聞きかい」

「む。ちゃんと目的があってきましたもん。盗み聞きだけじゃないです」


 盗み聞きを認めてしまったぞ、この従業員。

 しっかりしてくれ、とも思うが……いつも彼女はしっかり働いているので、たまには休んではどうか、と声をかけた。


「いえいえ、これでも看板娘ですので!」


 そう言ってリンリーは大きな胸を張ってみせる。

 視覚効果を狙ったスキル『誘惑』だ。

 しかし、残念ながら俺には効果がない。なので、スルーしておく。


「で、用事ってなんだ?」

「お手紙を預かりました。エラントさんへ、と」

「手紙? 誰からだ?」

「冒険者でしたよ。よその国からでしょうか?」


 俺はベッドから降りてリンリーの持っていた手紙を受け取る。

 封筒はいわゆる『封蝋』がしてあるが、そこには紋章も印も何も無い。無意味な丸い印だけの赤い蝋。

 その反対側には確かに共通語で『エラントへ』と書いてある。


「ふむ」


 ということは、俺がエラントを名乗り始めてからの知り合いという事だ。よその国でエラントと名乗ったのはドワーフ国でしかない。距離と日数を考えれば、冒険者が手紙を運んでくるのは不可能と思われる。

 それを考えると……まぁ盗賊ギルドからの依頼だろう。

 前回の報酬を受け取ってからしばらくは顔を出していない。ずっとパルの修行を続けていたのだが、また何か依頼でも発生したのかもしれないな。


「ありがとう、確かに受け取った」

「いえいえ」


 用件は終わったのでリンリーは出ていくと思ったのだが……

 彼女は出ていかなかった。


「まだ何か用事が?」

「いえ……その、パルちゃんが」

「ん?」


 ベッドへ振り返ればパルがもがいていた。

 しかも途中でリンリーが来たものだから、パルを縛ったロープの余りを切っておらず、長いロープが余計に絡まってガンジガラメになってしまっている。


「し、師匠~」

「無駄に動き回るからだ。まったく仕方のないヤツだなぁ。ほら、その状態で使えるモノがまだあるだろう」

「え~、なんですか? 手も足もぜんぜん動きませんよぉ?」

「歯だ、歯。歯で噛むんだ。人間の顎の力はかなり強い。そう簡単に欠けたりしないから、喰いちぎれ」

「ん。んぎぎぎぎ!」


 パルはロープに噛みつくが……易々と噛み切れるものじゃない。


「まぁ、そりゃ最終手段だがな。ほれ、解いてやるから落ち着け」

「うぅ……すいません、師匠」


 絡まったロープを解いてやるのだが……それをリンリーはジッと見ていた。


「どうした? 別にイジメてるわけじゃないぞ」

「わ、分かってます。え、えっと……その……」

「ん?」

「い、いえ、なんでもないですぅ!」


 そう言ってリンリーは慌てて部屋から出て行った。


「なんだったんだ? 何か知ってるかパル?」


 女同士の付き合いもある。

 パルとリンリーはそれなりに交流もあるようで、時々はふたりで話しているのを見かけたこともあった。

 リンリーの様子が妙なので、何か覚えがあるかどうかパルに聞いてみた。


「いえ、分かりません……あ、でも」

「なんだ?」

「リンリーさんも縛られたかったんじゃないですか?」

「……なぜ?」

「趣味とか……?」


 まさか、と俺は肩をすくめた。

 だが、縛られたかったのはあながち間違いではない可能性もある。


「もしかしたら、誘拐される危険性を察知しているんじゃないだろうか」

「どういうことです師匠?」

「黄金の鐘亭はジックス街で一番の宿屋だろ。そして、リンリーはその宿のひとり娘にして看板娘だ。加えて、人気の高い巨乳ときたもんだ。お金目的で狙われても不思議じゃない」

「あ、身代金っていうやつですよね」


 うん、と俺はうなづいた。


「誘拐される時には、十中八九縛られる。だったら縄抜けを覚えておきたい、と考えるのは当然だろう」

「なるほどー」


 縛られるのが趣味というより、よっぽど納得できる話だ。


「よし。俺が彼女を縛ると、なんというか状況的にかなりマズイことになりそうな気がするからな。パルがちゃんと覚えてマスターして、リンリーに教えてやってくれ」

「分かりました師匠!」

「リンリーのためにも、ちゃんと練習するんだぞ」

「がんばります!」


 というわけで、俺はもう一度パルを縛ってベッドの上に転がす。


「んぎぎぎぎ!」


 と、弟子が縄抜けの練習を頑張っている間に、俺は手紙の内容を確認するのだった。

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