~卑劣! あの時の夢~
祈れば助かるなんて思っていなかった。
けど、祈らないといけない。
祈らないと、生きていけないと思う。
だから、俺は見たこともない神様の像に向かって祈りを捧げていた。
光の精霊女王ラビアン。
それが精霊なのか、女王なのか、それとも神様なのか。本当のところは良く知らない。
ラビアンっていう存在が祈られるだけの事を昔むかしの大昔にやった事は、なんとなく聞いた。
世界を救ってくれたらしい。
それも光の力で。
だからラビアンさまは、神さまになった。
でも。
そんな神様に祈ったところで――俺たちは救われなかった。
スタートした時点で、すでに救われなかったのだ。
生まれてきたのが間違いだった。
俺は、そう思う。
「……」
ちらりと目を開ければ、先生の姿が見える。
先生。
ラビアンっていうのより、目の前の先生の方が……よっぽど俺を救ってくれていた。
存在するのかしないのか分からない神様なんかより、具体的に分かりやすく俺たちを救ってくれた。
だから。
先生こそが神様なんじゃないか。
そんなことを、思っていた。
でも、それを口にすると先生を困らせてしまうから言わない。
先生を困らせるのは、ダメだ。
だから、心の中に秘めておく。
「……」
いろんなイタズラをしたけれど、いろんな悪いこともしたけれど、それは全て先生にバレないようにやっていた。
「――」
先生の背中を見たついでに、隣で熱心に祈っている友達を覗き込む。
俺がそんな風にイタズラ心を見せても、そいつは真剣に祈っているから気づきやしない。
いつだって大真面目で、いつだって素直な俺の友人。
はてさて。
こいつは本当に祈っているのかどうか。
救われる気があるのかどうか。
孤児になって、今まで生きてきて。
救われたことなんて一度も無いのに。
人生で最初に、誰かに裏切られた俺たちが救われることなんて、あるはずが無いっていうのに。
それでも。
神に祈るぐらいには、何かに期待したかったのかもしれない。
それは一方通行だ。
祈りは届いているのかもしれない。
でも。
その祈りの結果が返ってきたことはなかった。
今までは――
「え?」
気づけば、光の中にいた。
周囲にいた孤児たちの姿はなく、先生も見当たらない。
ただただ、まぶしい光の中に。
白く塗りつぶされたとても暖かい世界の中に、自分の姿があった。
「ここは――?」
いや。
隣に友人の姿もあった。
だから俺は、彼をかばうように前へ出た。
「どうなった? なにがあったんだ?」
俺はそう声をかけ、周囲を見渡す。
でも、何も見えないくらいに真っ白な光ばかりで。自分がどうやってこの場所に立っているのかも曖昧だった。
「落ち着け。混乱して良い状況じゃない。普通ではないという事は、何者かの意図があるんだろう。見極めよう」
こんな状況だっていうのに。
そいつは、いつも通り落ち着いた声で言った。
まったく。
俺だけが小心者のようで困る。
こんな状況で恐ろしく落ち着いている方が異常だと思うのだが。
文句のひとつでも言ってやろうと思った時――
声がした。
「『勇気ある者』よ。『優しき者』よ」
女性の声だった。
どこか優しくて、やわらかい女の人の声がした。
「だ、誰だ?」
光の中から、ひとりの女性があらわれた。
それは良く知る姿。
いつも祈りを捧げている神殿の、精霊女王ラビアンの像に良く似た女性だった。
「……マジか」
「という事は、僕たちは死んだのか」
友人の言葉に、女性はくすくすと笑った。
「いいえ。いいえ。あなた達はまだ死んでいません。生きています」
やわらかく、ゆっくり。
彼女は答える。
「勇気ある者よ、優しき者よ。わたしはあなたにお願いがあります」
女性は――俺ではなく、俺の隣を見ていた。
勇気ある者。
優しき者。
その言葉は、友人に向けて送られていた。
「魔を絶つ者へと。世界に光を満たす者へ――あなたを勇者として、加護を送ります」
勇者。
勇者だって!?
それは、おとぎ話でも英雄譚でも出てくる者の名前だ。
神に認められ、世界を救う存在。
人間だけでなく、ドワーフもエルフもハーフリングも獣耳種や有翼種、有角種まで。すべてのヒトを救う存在。
物語の主人公。
それに、選ばれたのか……
「僕が勇者に――」
俺は、その瞬間に笑いそうになった。
だって、いつも落ち着いて、いつも冷静だった俺の友人が、ものすごく驚いた表情を浮かべているんだ。
「くくっ。いいじゃないか、勇者」
友人のそんな顔を見れるのならば、『有り』だ。
是非とも勇者になってもらいたい。
「おい、適当なことを言うな。僕は剣を持つどころかケンカもしたことがないんだ。勇者なんて務まるわけが――」
「いいや、大丈夫だ。おまえは勇者になれるよ」
俺は言った。
そう。
いつも冷静で、どんな間違いも恐れず、不正を咎め、正義を実行する。
俺の友人とはそういう人間だ。
生まれた途端に親から裏切られた俺たちの中で、それでも人間を信じ続けるようなヤツだ。
こいつ以外の人間が勇者に選ばれるのは理解できるが。
こいつが勇者だって言われる方が、よっぽど納得ができる。
そんな人間だ。
「なにを適当に言っている。なにを根拠に勇者だと――」
「だって、光の精霊女王ラビアンさまが言っているんだぜ?」
なぁ、と俺は女性へ向いた。
神さまに対する態度ではない。
でも――今まで何もしてくれなかったんだ。
生まれた瞬間から、手を差し伸べてくれたのなら、俺たちは孤児になっていない。神さまが何もしてくれないのだから、俺たちは孤児なんだ。
今更遅い。
それが俺の意見でもある。
ぜったいに口には出さないけど。
でも。
これぐらいの不遜な態度は許して欲しいものだ。
俺の心情を読んだのかどうか、それは分からないが。ラビアンさまは俺たちをにこにこと見ていた。
「わたしは加護を与えます。勇気ある者よ。あなたが勇者と成ることを見届けます」
「しかし、ラビアンさま。僕では……いや、僕ひとりでは無理だ。だから、提案する」
「はい。なんでしょう?」
「こいつもいっしょに勇者にしてくれませんか?」
はぁ!?
「俺っ!?」
「あぁ、そうだ。いつだって僕を助けてくれる、こいつこそ勇者に相応しい。僕に力は無い。この世界が正しさだけが通用する世界だなんて思っていない。正義なんていうものは曖昧で、無意味に等しい。すぐに魔物にやられて死んでしまうのが目に見えている。すぐに同じ人間に疎まれてしまうくらい、想像にたやすい。だから俺じゃなくて――」
「待った待った! だったらいい方法がある」
勇者と言えば旅立ちだ。
故郷の街から、魔王を倒すために旅に出る。
その道中で仲間を増やすのが、どんな英雄譚でもお決まりの話だ。
だったら――
「俺もついていく。勇者のお供だ。力は無いし、魔力もたぶん無いけど……そうだな、盗賊の仕事なら任せとけ」
神さまの前でおおっぴらに言えないが、盗みもスリもやってきた。未だバレたことはないのが、自慢しちゃいけない自慢でもある。
「だからラビアンさま! こいつを勇者にしてやってくれ。俺が全力でサポートして、立派な勇者にしてやる。でもって、魔王を倒してどっかの国のお姫様と結婚したら、俺をパーティに呼んでくれ! みんなの前で今日の話をしてやる。俺もみんなに自慢できる! 親もいない孤児だけど、ハッピーエンドを迎えられるんだ。なぁ、そうだろ!」
俺はにっかりと笑って、友人を――
いや。
「勇者さま!」
勇者となった、友人を見た。
そして、光の中で神さまは笑う。
とてもとても優しい笑顔で、彼女は笑った……
それはそれは――
懐かしい思い出――
「ん……」
真っ白だったはずの光景は、目を開ければ真っ暗だった。
夜。
ベッドの上。
隣に人の気配がして……見れば、金色の綺麗な髪がはらりとこぼれた。
「……夢か」
懐かしい夢を見た。
あれはもう、十年ほど前か。
「ハッピーエンドね……」
もしも。
もしもあいつが英雄譚になったのなら……
「俺の存在は最初から無かったことになるな」
苦笑する。
物語とは、都合の良い物に書き換えられてしまうものだ。
性格の悪い賢者も、反りが合わない神官も。
英雄譚にふさわしくない盗賊も。
「きっと登場しないんだ」
俺はいつの間にか流れていた涙をぐしぐしと拭いて、金髪美少女の頭を撫でながら。
もう一度、まどろみの世界へ旅立つのだった。
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