~卑劣! 報酬を受け取ろう~

 翌日。

 パルといっしょに盗賊ギルドへとやってきた。

 いつものように符丁を合わせ、テーブル下の隠し階段に身を滑り込ませる。狭い階段を降り、ニセモノの壁をすり抜けた先には、ゲラゲラエルフことルクス・ヴィリディが不健康そうな顔で待っていた。


「いらっしゃい。エラント、パルヴァス」


 キセルの先を赤く灯したあと、ルクスは紫煙を吐き出す。

 どうにも眠そうなのは午前中だからか、はたまたいつも通りなのか。

 その判断をくだすには、まだまだ付き合いが浅い。


「領主さまの依頼を終わらせた」

「はいはい、聞いてるわよ」


 はい、とルクスが渡してきた革袋を受け取る。がちゃり、と硬貨のこすれる音が聞こえる。

 中身を検めると、銀貨と銅貨が数枚。そこそこ良い報酬と言えた。

 ギルドが仲介した結果、いくらかはギルドが中抜きをしている。もちろん、俺の取り分の方がはるかに多いが。

 この取り分が多くなっていけば、盗賊ギルドの中でも地位があがっていく。

 今はまだシタッパだが、その内にそこそこの依頼も回してくれるだろう。


「お弟子さんにもあるわよ~。はい、パルヴァス」

「え、あたしもですか!?」


 驚きながらもパルは受け取って中身を検める。さすがに俺よりは少なかったが、それなりの金額をもらえたようだ。


「師匠……あたしがもらってもいいんでしょうか」

「当然の権利だ。なによりお金は持っておいた方がいい。ついでに言えば、どんなお金であろうとも、盗賊ならば受け取っておけ」

「な、なるほど」


 気分の良いお金なら、尚更だ。

 この世には、持っておきたくないお金も存在する。

 それが例え、大量の金塊でも。


「はいはい、重要案件終了――っと。ふたりともご苦労さま。それで……あの橋は架かるのかい?」


 そこそこ機嫌は戻ったらしい。

 やっぱり眠かったのが原因か、話している内に目が覚めたのか、前のめりになって聞いてくるルクスに俺はうなづいた。


「まず間違いなく架かる、と個人的には思うよ。もう情報は得ていると思うが、ドワーフ国の王都から連れてきた職人たちだ。腕は確かなはずだ」


 それでもやはり、自然の驚異というものはある。確率は百に近いが、それでも百に到達したわけではない。

 万が一、なんて言葉があるくらいだ。

 絶対に大丈夫、とは言い切れない。


「なるほどね」


 ルクスは、ふむ、とあごに手を当て思案を巡らせる。


「盗賊ギルドとして一枚噛みたいのだが。エラントは何か案はあるかい?」

「儲け話か」


 もちろん、とルクスはうなづく。


「これから大規模工事が始まる。橋だけでなく街道も敷くだろう。そうなれば、色街がにぎわってくるだろうな。そこを狙うのが一番じゃないか?」


 力仕事の後に美味い飯と酒を飲めば、あとは女を抱きたくなるのは生物として当然の欲求だ。


「ん~、ありきたり過ぎてつまらん。というか、その方向ですでに動いているし。もっと斬新で新しい意見が欲しいのよ。お弟子ちゃんは何か案が無い?」


 むぅ。そうは言ってもなぁ。

 望みは新しい意見と言われても、それは新しい商売の発見レベルじゃないか。いわゆる概念がひっくり返るような意見など、早々簡単に生まれるものか。


「あ、あたしですか」

「そうそう。橋の工事が始まったら、どんな商売ができると思う?」


 え~っと、とパルは考えてから言った。


「先に向こう側にまわっておいて、なにかするとか?」

「その何かが欲しいところ! はい、師匠ちゃん!」

「向こう岸に宿でも作るか?」

「ん~? それ意味ある?」

「……無いな。だが、向こう岸にチャンスはあるとは思う」

「パルパルはもっと無い?」

「え~っと、ドワーフの国で見たんですけど。坑道の中に光が灯る石があったんですよ。それを使えば夜でも働けます」

「……素晴らしいアイデアだけど、ダメね」


 ルクスは首を横に振った。


「ダメですか」

「パルパルは朝も昼も夜も働きたい?」

「……休みたいです」

「でしょう」


 と、ルクスは普通に笑った。さすがにこの程度ではツボに入らないようで助かる。


「俺たちはあくまで盗賊ギルドだろ? 余計な手は出さない方がいい。堅実に女で稼げると俺は思うが。屈強なドワーフたちが少なくとも二十人はいる。ドワーフの美人を確保して、工事現場に酒と料理といっしょに派遣するのはどうだ?」


 彼らが女を求めるのかどうかは分からないが。

 それでも、あの場所に美味い飯と酒と娼婦を派遣するのは悪くないはず。


「娼館のひとつくらいギルドで経営してるんだろ? そこから料理と酒を手配すれば、いなくなってる商人よりイニシアティブを握れるぞ」

「ふーむ、なるほどねぇ~」


 あまり気乗りしない感じのルクスは、紫煙をつまらなそうに吐き出した。

 もっと凄いアイデアを期待していたのかもしれないが、現実はこれくらいだろう。

 そんなものを思いつけるのであれば、俺は盗賊ではなく商人になっているはずだ。

 まぁ、商人だと勇者を助けることは無理だったけど。


「じゃぁ、女の人じゃなくて男の人を派遣するとか?」


 パルがそう言うのだが……

 どういうこと?


「どういうこと?」


 ルクスも同じことを思ったらしく、パルに聞いた。


「男の人が好きなドワーフもいるかもって思ったんですけど……」


 あぁ、と俺とルクスは納得した。


「男娼かぁ~……どうだ、エラントちゃん。抱いたことある?」

「無い。というか、娼婦も買ったことないよ」

「ぴぎゃ!」


 なんの音だ?

 と、思ったらルクスが笑った声だった……

 しまった。

 こいつに冗談とか、笑えるネタを言ってはいけないんだった。


「お、おま、おままま、どどどど、童貞ぇえへへへえっへっへへへはははははははは! パルちゃんパルちゃん! おまえの師匠、童貞だってよおおおおおおほほほほほほ!」

 ルクスは壊れたようにカウンターをバンバン叩いて笑う。

 失礼なエルフだ。


「いやいや、娼婦を買ったことないだけで童貞とは限らんぞ」

「ふひひひひひ、そ、そうだった。んぐ。ご、ごめん。つい。はやとちりでへへへ、ふへへっへへへ。と、止まらない……ん。ふぅ……よし、落ち着いたぞ」

「まぁ、童貞だがな」

「ひぎぃ! ぃぃぃいいいひひひひひひっはあはははははははあっはははははあははははは!」


 椅子からルクスは転げ落ちた。

 わざとトドメを刺す感じで言ってみたのだが、本当に刺せるとは思ってもみなかった。正面からクリティカルヒットを叩き込んだ気持ち良さのようなものを感じる。

 まぁ、相手がコボルトレベルで弱いんだけどな。

 今日はもう、これ以上の会話は無理だろう。


「師匠、童貞だったんですね。あたしといっしょです」


 えへへ、と美少女の処女は笑った。


「――いや。実はぜんぜん価値が違うんだ、うん。パルのそれは美しいが、俺のそれは情けない部類に入る」


 ちなみに勇者も童貞だ。

 俺は知ってる。

 あいつは間違いなく童貞だ。

 断言できる。

 なにせずっといっしょだったからなぁ……あ、いや、今頃は神官か賢者に喰われてるかもしれん。かわいそうに。

 まぁ、俺は本気であいつらの事は好みじゃなかったし……たぶん、勇者も違うと思う。

 この場合は、本当の意味で同情してしまうパターンか。

 かわいそうに。

 うん。

 守ってやれなくて、ごめんな勇者さま。


「じゃ、じゃぁ師匠の童貞は、あたしがもらえるんですか?」

「どうなんだ……? というか、俺はパルを抱く気になれないんだが……」

「え!?」


 なんで、という顔をされても困る。


「もうちょっと肉付きが良くなったら、そういう気分になるのかもしれん。それまではあんまりだなぁ……」

「がんばって太りますからぁ。師匠がいいです!」

「分かった分かった。じゃ、予約な」

「はい!」


 といった会話を床で転げまわりながら聞いてたエルフはなんとか立ち上がった。ぜぇぜぇと肩で息をしている。


「そ、それは師弟愛なのかどうか。ふぅ。わ、分からん。はぁ。よし、落ち着いた」

「ルクスさんは処女?」

「わたし?」


 ルクスは自分を指さす。


「ちゃんと卒業してる。大人の女だよ」

「いいな~。あたしも大人になりたいです」

「師匠に頼めばすぐじゃないか。ぷふ、ど、どど、童貞の師匠にひひひひひひひははははははははは!」

「なんで自爆するかなぁ……」


 自分で言って自分のツボを刺激してちゃ世話がない。


「エロエロエルフじゃなくて、ゲラゲラエルフです」

「確かに。エロエロの方がマシに思えるとは」

「ひぎぃ! や、やめ、やめて、えへへへへへへはははははっは。もれるもれる! もれちゃうから! あはははははははは!」


 やっぱダメだ。

 俺とパルはお互いに肩をすくめて、盗賊ギルドを後にするのだった。

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