~卑劣! 始まる治水と帰り道の修行~

 転移の巻物による集団移動。

 その条件を満たしてくれたのは――


「おかえりなさいませ、旦那さま」


 慇懃に礼をする執事と、数人の男たちだった。

 執事は領主の館で見た人物だ。背筋をハッキリと伸ばし、綺麗に足をそろえて立っている。見るからに優秀だった彼は、やはり優秀だったのだろう。

 転移を成功させたのは執事の力であると言っても過言ではない。

 そんな執事の後ろに控えるのは力自慢の男たちだ。見るからに筋肉をアピールする短い袖の布服はパツパツにはち切れそうなほど。その手に持つ普通の斧が歴戦の武器にも思えた。


「うむ。無理を言って作業を急がせたのは悪かったな。感謝する」


 領主さまは頭を下げて、執事だけでなく作業を行った男たちに礼を言った。


「まさか、あの林を切り開くとは……」


 俺たちが転移してきたのは、暴れ川の近くにあった林だ。

 パルが初めてコボルトを倒した、あの林は……今や大規模に整地されており、切り倒された丸太が近くにまとめて積まれている。切り株すらも残さないほどに綺麗な区画となっていた。

 なるほど、一石二鳥というわけだ。

 橋を作るには、もちろん木も必要になってくる。それらを遠くから運んでくるよりも、現地で調達するほうが早い。

 加えて、橋を通すとなるとこの場所にも街道が敷かれるのは間違いない。隣街への利便性を求めて橋を作るのだから、街道もしっかり作るはずだ。

 その際に林を切り開く作業は必須。わざわざ迂回するより、真っ直ぐの方が良い。

 林が綺麗になくなれば、その開いたスペースに集団で転移することは可能だ。

 切り株ひとつ残せない上に、規模の把握が難しいところではあるけど。

 それでも。

 現地で待機している執事さんと送言の巻物でやり取りができるのなら――

 なるほど。

 確率は百となる。


「エラントとパルヴァスにも世話になった。ふたりがいなくては成し遂げられなかったと思う。最良を超えて、最上の結果を得られたと私は思っているよ」


 イヒト領主は改めて俺たちに礼を言った。


「ギルドには使いを出しておく。明日にでも報告に行ってくれ」

「分かりました。それでは俺たちは帰ります。また何かあればギルドを通じてでも、直接でも」

「ふふ。できればギルドを通さない仕事がいいな」


 ま、盗賊ギルドを通す仕事など領主にとっては無い方がいい。

 個人的に仕事として請け負う方が、俺としても気分が良い依頼に違いない。


「お世話になりました」


 美人メイドも頭を下げ、それに続いて執事も頭を下げた。

 俺はそれに軽く手をあげて答えて、街へと戻るために歩き始める。


「ふぅ。終わった終わった。無事に依頼達成だな」

「はい! 良かったですね師匠」


 橋が無事に架かるかどうか、果たして治水が上手くいくかどうか。

 それは俺のあずかり知らぬ事だ。

 なによりドワーフの専門家が対応してくれるのだから、これ以上は何も出来ることは無い。イヒト領主が言うように、最良を超えた最上だと思う。

 あとはドワーフたちに頑張ってもらうしかない。

 彼らが上手くやってくれるのを願いつつ、光の精霊女王に祈りを捧げながら街へと歩く。

 だが、しかし……

 俺の後ろをパルが付いてくるのだが……


「やっぱり凄いな、そのブーツ」

「へ?」


 どうやらパル自身、気づいてないらしい。


「足音がかなり消されてる。忍び足でもしていたか?」

「いいえ、ぜんぜん」


 ちょっと歩いてくれ、と俺はパルに頼んだ。


「え~っと……こうですか?」


 ゆっくり、そろり、とパルは歩いてみせる。それだけで、パルの足音は完全に消えたように思えた。

 まぁ、衣擦れの音とか気配とかは消せてないので注意が必要だが、それでもルーキーとしては充分な消音だ。


「ふぅむ。あまりブーツの性能に頼り切るのは良くないが……それでも今後ずっとお世話になると考えれば別に大丈夫か」


 たまには裸足で練習するように、とパルに伝えておく。


「よし、パル。ついでに練習だ。街までの間、できるだけ足音を消して歩け。ただし、ペースは俺についてくること。速度は上げたり下げたりするから、注意しろよ」

「は、はい!」


 ではスタートだ、と俺は歩き出す。

 その後ろをパルが静かに付いてきた。

 ゆっくり歩いたり、大股で歩いたり、突然立ち止まってすぐに小走りになったり、といろいろなペースで歩いてやる。

 舗装された道ではなく、あくまで草原。

 なかなか厳しい条件ではあるが、まぁゼロ点じゃないだけマシだろう。


「はぁはぁ……師匠、めちゃくちゃ疲れます」

「たかが歩くことだが、難しいぞ。足運びにこそ奥義がある、と言った人もいるぐらいだ。忍び足に加えて気配を絶ち、衣擦れの音も消せれば合格だ。そのレベルまであがって、ようやく完全な尾行や斥候が出来ると思え。頑張れよ、パル」

「が、頑張ります。えっと……師匠は、どれくらいできるんですか?」

「おっと。俺を試すとは中々に生意気な弟子だな」

「う……ごめんなさい」


 大丈夫だ、と俺はパルの頭を撫でてやる。


「できない人間にあれこれ言われても納得できないだろ。見本を見せてこそ教える人間の価値がある。パル、ちょっと前を歩いてみろ」

「はい」


 俺を追い抜いて、パルは前へ移動した。


「行きます」

「おう」


 その後ろを気配を絶ち、呼吸を消し、音をすべて殺して付いていく。さすがにパルの歩幅は俺とぜんぜん違うので難しいが……それでも、やってやれないことはない。

 ぴったりとくっ付くようにパルの後ろを歩いた。


「師匠?」

「なんだ?」

「ひぃ!?」


 振り返ったパルが悲鳴をあげた。


「び、びっくりした……師匠が付いてきてないのかと……」

「はは。気配遮断に合わせて完全に後ろに付いてたからな。どうだ、納得したか?」

「はい。やっぱり師匠は凄いですね」

「死ぬほど練習したからな」


 むしろ、できなければ死んでいたかもしれない。


「あたしも頑張ります!」

「おう、頑張れ」


 俺はパルの頭を撫でてやる。

 そんな風に修行しながら、数日ぶりにジックス街へ戻ってきたのだった。

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