~卑劣! 行きは良いヨい帰りは強引~
結局のところ、ブーツを買った日から二日経ってから帰ることになった。
時間が掛かったな、という印象だったが――その真実を知れば逆の意見になる。それはまた後で分かった話だ。
ジックス領に帰ることになったので、お世話になったララ・スペークラにイヒト領主がお礼を言いに来た。
「この度はたいへん世話になった。無事に橋が完成した際には、改めて礼を言いたい」
「いや、いいです、よ? えっと……わ、わたしは何もしてないです。なにも。だから、うん。べつに何もしなくていいです。はい」
ララは相変わらずキャンバスに向かいっ放しだった。ちらりと領主さまを見たきり、すぐに絵に向き直る。
泉にたたずむ裸の少女。
青空の下で、ただナイフの刃を自分へと向けている少女が何を思っているのか。
意味深な少女画となっていた。
まさか思い付きでナイフを持たせて、しかも自分の趣味で脱がせたとは思うまい。
そんなパルの絵も青色と金髪が栄える印象の絵画になっていく。筆には一切の迷いもなく、大胆に絵具が乗せられていった。
適当に描いているみたいなのに繊細に見えるのは、ララがホンモノの天才だから、だろう。
これが天から与えられた才能というものか。
もちろん、そこには努力もあるだろうし、なにより描き続けてきた経験もある。ただ才能の一言で済ませてはいけない積み重ねが、この一枚には込められていた。
もっとも、だ。
研究する側にとっては一苦労どころではなく、まさに五苦労(ごくろう)といったところかな。
「俺からも礼を言うよ、ララ。少女画を一枚もらえたおかげで、パルに良い装備を買ってやれた」
「はい。あたしも嬉しいです。ありがとうございます、ララさん」
領主の言葉と俺の言葉では手を止めなかったララだが、パルの言葉だけはしっかりと手を止めて向き直る。
ほんと、分かりやすいヤツだ。
逆に、分かりやすくて助かったが。
「ふ、ふへ。パルちゃんはいつでも来てくれて、いいよ? 師匠ちゃんがいない時なら……な、なおさら。ふへへ、な、なんちゃって」
何をするつもりだ、ナニを。
「俺の弟子をかどわかすな」
「え~。師匠ちゃんがいたら――あ、いや、なんでもないですよ? ふひ」
ダメだこりゃ。
と、俺と領主は肩をすくめる。
パルは苦笑していたが、美人メイドさんはすまし顔を貫いていた。強い。
「それじゃぁな、ララ・スペークラ。いつかまた、パルの絵を見に来るよ」
「えぇ。それだったら歓迎します、同志」
それっきり、ララはキャンバスに向かったまま。筆を動かし、自分の世界へ旅立っている。
きっともう挨拶をしても無駄だ。まともな返事は期待できない。
「やはり本物の天才となると……難しいんだな」
イヒト領主の言葉に苦笑しつつ、俺たちは外へ出る。
「それで、どうなったんです?」
領主さまとは完全に別行動を取っていたので、建築士の話がどうなったのか聞いてない。交渉は上手くいっている、という状況確認くらいなものだ。
「説明するより、見てもらった方が早いだろ」
そう言って領主さまとメイドさんが先行するままに付いていくと、ふたりは街の外へと向かう。そのまま王都から出て、すぐに右手側へと回った。
そこには――
「おぉ」
「うわぁ、すごい」
大量の資材と共に待機していたドワーフたちが一斉にこちらを見た。
「待ってましたぜ、領主さま」
そう言って声をかけてきたのは、快活なドワーフだ。
長い黒ヒゲではなく、短く切りそろえられており、きちんと整っている。見れば、他のドワーフたちも似たようなヒゲをしていた。
加えて、その筋骨隆々の身体だ。
小さな身体の内側からはち切れんばかりの筋肉の盛り上がり。まるで屈強な戦士ドワーフにも見える職人たちが、にっかりと白い歯を見せて依頼主たる領主さまを見ている。
「今回協力してくれることになったドワーフの建築職人だ。新進気鋭の若手らしく、是非やらせてくれ、とこちらが頼まれた形となった」
「腕は確かですぜ。任せてくれ」
ドワーフの見た目で年齢を判断するのは人間には難しい。
彼の年齢はさっぱり分からないが、どうやらドワーフの職人たちの中でも若いようだ。
「随分と血気盛んなようですが……」
俺はこっそりとイヒト領主に言う。
ドワーフの建築技術が素晴らしいのは理解しているし、常識でもある。しかし、それでも、あの暴れ川に橋を架けるのは並大抵の話ではない。
若手よりも熟練がいいのでは? という疑問に対してイヒト領主もうなづく。
そのやり取りを見て、ドワーフも気づいたのだろう。
「大丈夫だぜ、兄ちゃん。俺を何歳だと思ってる?」
「いや、え~っと……」
「これでも百二十だ」
「……納得」
そうか。
ドワーフは百二十年生きてても、若手なのか……人間の熟練職人が五十歳ぐらいとしても、優に二倍は経験を積んでいるということだ。
「疑うような目を向けて申し訳ない」
俺は素直に謝ったのだが、ドワーフはがっはっは、と豪快に笑って許してくれた。
「俺は『大樽組』のブレビスだ。よろしく頼むぜ、兄ちゃん」
ブレビス(短い)か。
偽名やあだ名というより、自分の特徴を名前にした感じだろうか。これもまた商売人の知恵なのかもしれない。
要は、覚えてもらえる事こそ一番の仕事でもある。
ドワーフなのに短い(ブレビス)ヒゲ。
その特徴がなによりの看板だ。
「エラントです。よろしくお願いします」
「パルヴァスです。エラント師匠の弟子です」
「がはは! こいつは可愛い師弟だ」
俺とパルは握手する。コルツクさんやギーギさんとは、また違った職人の手だ。まぁ、握っただけで技能が判断できるほど、俺は職人ではないので分からないが。
「それで……イヒト領主。どうするんですか?」
どうするか、と聞いた理由。
それは目の前にいる、『大樽組』の皆さんだ。ざっと二十人ほどいるし、橋の建築資材とも思われる石なども大量にある。
もしかすると、先にブレビスさんだけ現地に移動し、その間に資材を陸路で運ぶのか、とも思ったのだが……答えは違った。
「全員で転移するぞ」
「なっ!?」
無茶だ。
合計して二十五人ほどの人間に加えて、資材ともなると……恐ろしく広大な『何も無い空間』が必要となる。
もしも、転移先に何かが重なりでもした瞬間――転移の魔法は発動失敗となる。
そうなっては莫大な損失が発生する上に、転移の巻物を手に入れるところから再スタートとなってしまう。
それはもう博打でもなく、ただの無謀といえる話だった。
「問題ない。すでに手はずは整えている」
領主さまは、ドワーフ国に来る際に俺がやったように、一本のロープを手渡していく。その全てを全員と物資をつなぐつもりだろう。
「だ、大丈夫なんでしょうか?」
パルも不安そうに俺に聞いてきた。そんなパルにしっかりとロープを結んでやりながら、俺は領主さまに聞く。
「確率はどれくらいですか?」
「なに、その確率を今から百にする」
そう言ってイヒト領主が使用したのは転移の巻物ではなく、送言の巻物だった。
送言の魔法――ヌーンチウス。
任意の相手に短い言葉を送る魔法だ。空中に文字として現れるそれは、冒険者にとってはあまり使われない魔法でもある。
転移の巻物よりかは安価だろうが……それでも、高価な品であることには違いない。国と国との戦争に良く使われたと聞いたことがある。伝令に使われたのだろうと予想はできた。
しかし、それ以外にはあまり出番のない魔法と言えた。
冒険者には、縁も興味もない魔法のひとつだ。
イヒト領主が巻物を広げると、それは燃えるように消失する。誰にどんな言葉を送ったのか、確かめる術は無いが……すぐに返事が戻ってきた。
同じく送言の巻物を使ったのだろう。
イヒト領主の前に、パっと魔法が弾けて、魔力が色を持つ。それはすぐに共通語の文字となって、短い言葉を伝えてきた。
『問題ない』
と、短く。
それも数秒間浮かんだあと、すぐに霧散するように消えてしまった。たったこれだけで、それなりのお金が必要だと考えると……やはり、巻物の類は一般的には使えないな、と思わせるに充分だった。
「よし、間違いなく百となった。いくぞ、皆の者。準備はいいか?」
イヒト領主がドワーフ達に告げる。
早い早い。
躊躇というものがイヒト領主にないのだろうか?
いや、確信しているからこそ、か。
俺は自分のロープとパルのロープがしっかりと領主につながっているのを確認した。美人メイドも自分のロープを確かめる。
「問題ありません」
俺とパル、美人メイドはうなづく。
「おまえら問題ないな! ちゃんと荷物にもつながってるか、確認しろ!」
「あいさー!」
ドワーフたちが再確認していく。
それも全て終わり、全員がイヒト領主につながっていることを確認した。
「では、いくぞ」
躊躇なく、確信をもってイヒト領主は転移の巻物を広げた。
空中で喪失する巻物。
そして――
目の前の光景が消え去り、ちょっとした浮遊感を味わう。
どうやら、転移の巻物は無事に発動したようだ。
くらり、と感じるめまいのような感覚。
そして目を開ければ――
「成功だな」
大きく息を吐いている領主と、川の音が聞こえる切り開けた場所。
「喜べ、盗賊。ミッションは大成功だ」
「……そのようです。さすが領主さま」
俺は呆れるように肩をすくめるのだった。
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