~卑劣! 成長するのは防具か人か~
翌日の朝。
「話がまとまりそうだ。明日、もしくは二日後には戻れそうだが、そっちは問題ないか?」
イヒト領主が泊まっていた宿からララの家に来てそう言った。
どうやら交渉は上手くいっているようだ。
我が故郷でもあるジックス街が荒廃せずに済みそうなのは良いことに違いない。もちろん、橋が完成したところで良くなるかどうかの保証はどこにも無い。
ただ、このままイヒト領主が失敗したまま、大損害を発生させた、という情報だけが一人歩きするよりは、よっぽどマシだ。
「俺は問題ありませんが……ララはどうだ?」
「ふひ。ん。だいじょうぶ。残念だけど、大丈夫」
もふもふと朝食のパンをかじっていたララだが、描きかけの絵を見ながらつぶやく。
「なんならララもいっしょに俺たちの街に来るか?」
「それは、とても魅力的だけど……でも、いいや。わたしはここで絵を描いてる。知らないところだと死ぬし。たぶん」
まぁ、お世話してくれる人はゼロになるだろうな。
定期的に確認しないと、ララというドワーフは死ぬ。
確実に死ぬ。
本人も自覚しているくらいだ。間違いない。
「そうか。移住はいつでも歓迎するし、土地と家を提供することも可能だが……仕方がない。世話になったし、いつか作品を買わせてもらおう」
イヒト領主はそういって、最後の大詰めとばかりに出かけていった。
「俺たちも行くか?」
「いえ。もう、だいじょうぶ。泉に行かなくても……描けます。け、けどぉ、やっぱりモデルはお願いしても、いい、かなぁ~? は、はだかで。うん。モデルはやっぱり必須、かなぁ。なんて」
「はい、あたしは大丈夫ですよ!」
「うひひ。ぱ、パルちゃん大好き」
にちゃぁ、と気持ち悪く笑うララ。
ぜったい自分の家に全裸の美少女がいる、というシチュエーションを楽しんでいるに違いない。
うん。
いや、たぶんだけど。別に俺は、専門家ではないので。うん。
とりあえず、何もすることがないので約束の夕方になるまでララの絵が完成していく様を見続けていた。
そして夕方。
夕飯を買ってくるついでに具足店『竜の蹄』に立ち寄る。
「あら、いらっしゃい。待ってたよ」
店員のドワーフ少女が出迎えてくれる。
「ちょっと待っててね」
そう言って奥へとコルツクさんを呼びに行って、すぐにふたりで戻ってきた。
「あぁ、兄ちゃんと嬢ちゃん。待ってたぜ」
ドワーフらしい立派なヒゲを束ねつつ、コルツクさんが姿を見せた。
その手にはブーツ。
しかし普通の形状ではなく、ブーツから太ももまで覆う布が出ていた。また脛や甲に当たる部分には金属の補強があり、丈夫さも見て取れる。
それ以外に関しては、普通のブーツにしか見えなかった。
「きっちり仕上げておいたぜ。さぁ嬢ちゃん」
「これが、成長する防具ですか……?」
おっかなびっくりとパルはブーツを受け取るのだが――
「うわぁ!?」
と、声をあげた。
「どうした?」
「めちゃくちゃ軽いです」
パルに手渡され持ってみるが……確かに軽い。
いや、おそろしく軽い!
投げナイフ一本分の重さすら感じない。
まるで幻を持っているような、そんな奇妙な感覚だ。パルが悲鳴にも似た声をあげたのも理解できる。
目で見ている情報と手で持っている情報に乖離があるような、認識に齟齬が発生している感じだ。
「こいつは、凄いな……見た感じでは全面を防御するこの金属もしっかりとしているし。うぅむ、しかし見た目と重量が合っていない。はは、こいつは凄いぞ、パル」
金属部分をコツンと叩いてみるが、薄っぺらい物ではない。ナイフの刃はそう簡単に通さないだろうし、上から岩が落ちてきても足先を守ってくれそうだ。
それこそ普通のブーツより、よっぽど良い物として完成している。
「ふむ。靴底もしっかりしているな。パル、さっそく履いてみてくれ」
「は、はい」
パルは紐で縛っただけのようなサンダルを脱ぎ捨て、ブーツに足を通す。太ももまで覆う布には細いベルトが付いており、それを緩まないように締めた。
「ひゃう!?」
その途端――ブーツに変化が起きる。
少々大き目だったブーツが、まるで引き締まるように縮んだのだ。それこそ、パルの足にぴったりと合わさるようにブーツが自動的に形を変えた。
成長する防具たるブーツが、自分の主をパルと認めた瞬間だ。
「す、すごい……」
「違和感はないか、嬢ちゃん?」
「だ、大丈夫です……というか、まるで何も履いてないみたい」
パルはジャンプしてみる。もちろん高さは相応の物で跳躍力は『まだ』上がっていない。それでもその着地音は見事なものだ。
何の音もしなかった。
パルは意識せずに飛んで、着地したというのに。
その着地音を消してみせたのだ。
これは成長する防具だからこその能力ではなく、コルツクさんの技術だ。おそらく並大抵の具足屋ならば、ここまでの出来栄えではなかっただろう。
彼だからこそ、成長する防具を『初めから』ここまで昇華できたのだ。
「ブーツの中なのに、指がちゃんと動く感じがする。地面の感覚みたいなのが、伝わってくる。なのにぜんぜん緩いわけじゃなくて。ほら師匠、普通につま先でも立てますよ。すごい」
甲の部分にある金属が邪魔することなく、背伸びができる。逆もまた可能で、パルの邪魔をすることなくしゃがむ事もスムーズにできた。
これもまた、技術力だろう。
金属が干渉することなく、足の動きをスムーズにさせている。防具自身が成長すれば、パルの動きをバックアップしてくれるに違いない。
「期待以上の物のようだ。ありがとう、コルツクさん」
「なぁに、俺も大満足の出来だ。こっちこそ礼を言うよ。ありがとう兄ちゃん」
俺はうなづき、革袋から金貨を一枚さしだす。
「料金の話はしてなかったが……これでいいか?」
「金貨一枚って……そりゃもらい過ぎだ」
コルツクさんは驚く表情を浮かべ、首を横に振った。
「いや。注文以上の品であるのは間違いない上にメーア村までの馬まで世話になった。遠慮なく受け取ってくれると嬉しい」
「……そうかい?」
あぁ、と俺はうなづいた。
もっとも――そのお金は手切れ金が換金された姿なので、あまり綺麗なお金とは言えないことは黙っておく。
あの金貨も嫌々俺の懐に留まり続けるより、コルツクさんに使われた方がよっぽどマシだろうさ。
「ふむ……ありがとよ兄ちゃん。遠慮なくもらっておく」
コルツクさんはそう言って、金貨をカウンターの奥へしまう。なによりその後ろで店員であるドワーフ少女がガッツポーズを決めていたのだが、俺は見なかったことにした。
「大事に使ってくれよ、嬢ちゃん。もし破れたり不具合があったりしたら、見せに来てくれ。金貨をもらっちまった限り、無料で見させてもらう」
「はい、ありがとうございます!」
「あぁ……コルツクさん。すっかり忘れてたんだが、もうひとつだけいいか?」
「おう、なんだ?」
「俺のブーツの修繕も頼む。すっかり忘れていた。ちゃんと預けておけば良かった」
「そういや、そんな話もしてたな。まぁ、今晩中に見ておくよ。代金はもちろんいらないぜ?」
「助かるよ」
パルが脱いだ簡易サンダルに履き替える。小さいが、まぁ問題はあるまい。もし必要になれば脱ぎ捨てても良いくらいのものだ。
俺は自分のブーツをコルツクさんに預けた。
「頼んだ」
「任せとけ」
俺は片手をあげ、パルは丁寧に腰を折って礼をする。
想像以上の出来栄えだ。
さすがドワーフ一の具足屋だな。
「おう、毎度あり」
「またいつでも来てくださいね」
と、ドワーフふたりに見送られて。
俺とパルは竜の蹄を後にした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます