~卑劣! 完成したので帰りましょう~
コルツクさんが宿に戻ってきたのは夜中に近かった。
もそもそとパンをかじりながら部屋に戻ってきた姿は、一仕事を終えたあとの軽い栄養補給だろうか。
なかなかにドワーフらしいと言える姿になっている。
なにせ、肌が黒く焼け剥き出しの筋肉がムキムキに躍動していたのだ。いったい何があったんだ、というぐらいに姿が変わってしまっている。
これが蒼い炎の力なのか。
もしくは、ドワーフという種族の特性なのか。
なんにしても、人間の身であの場に居続けるのは到底無理、というのが納得できる姿ではあった。
「ほれ兄ちゃん」
そう言って投げ渡されたのは腕輪。
「腕輪?」
「思った以上に余ったんでな。捨てるのももったいないし指輪じゃなくて腕輪になった」
と言ったきりベッドに倒れるようにコルツクさんは眠ってしまった。
「ふむ」
なんの装飾もないシンプルな金属の腕輪。銀色で、不思議なことに重さを感じない。成長する道具、というよりもマジックアイテムに近い感じだろうか。
ただし、何の効果も付与されていない。
真っ白な状態の本のようなものだ。
「魔法でも封じることができればいいが……」
例えば、素早さを上げる魔法『チェレリタス・アウタム』を付与できれば。装備するだけで身軽さがアップするマジックアイテムになる。
他にも、筋力アップや攻撃力アップの魔法を付与できれば使い道が生まれるかもしれない。
だが……
「コストが高すぎるな」
そういったマジックアイテムは遺跡からそこそこの数が発見され、冒険者のベテランから少し経験を経た中級者レベルになれば、なにかしら装備している。
大量の宝石を犠牲にしたわりには、普通のマジックアイテムになってしまう。
それは、かなりもったいない使い道だ。
「何か上手い使い道を考えるか」
ふあ~ぁ、とあくびをしながら考えてみる。
そういえば南方にあった学園都市で魔法を研究していた魔法使いがいたな。彼女に相談してみるのもいいかもしれないが……早々といける距離でもない。
パルの修行がてら、目指してもいいが――
「まだまだ先の話だな」
それまでは、おあずけか。
はたまた、別の使い道を発見するか。
……と、考えている内に眠りに落ちてしまった。
翌日。
すっかりと肌の色が元に戻ったコルツクさん。むしろ筋肉の隆起までおさまっているのが、なんとも神秘的だった。
「どうなってるんですか……?」
「何がだ?」
蒼い炎の高揚感から覚めた――いや、冷めた今、コルツクさんは昨日の自分の姿を覚えていないらしい。
なんとも怖い話だ。
宿で手早く朝食を食べてから、メーア村を後にした。
「それで……成長するブーツは出来たんですか?」
「あと少しの調整が必要だ。明日の夕方には完成してるだろうから取りに来い」
「分かりました」
という会話だけして、あとは黙々と馬で走り続けた。
まぁ、小休止では雑談くらいはしたけど。
王都にたどり着いてコルツクさんと別れると、ララの家へと戻る。
「む」
しかし、鍵が閉まっていて開かない。
ララもパルも、領主さまと美人メイドもいないようだ。
「そろそろメイドさんの名前は聞いておくべきか」
なんて思いながら城の横を抜け、坑道を通り、丘の上へ出ると、遠目に見える泉にふたりの人物が見えた。
どうやら無事のようだし、パルだけでもちゃんとやっていけてるのに安心する。
まぁ、子どものお使い未満の内容なので安心も安堵もあったもんじゃないけど。
「あっ、師匠! おかえりない!」
パルもこちらに気づいたらしく、少し遠い段階でブンブンと手を振った。モデルがそんな様子だからララも気づき、こっちを見た。
「……どう見ても歓迎している目じゃないな」
俺はため息をつく。
大方、俺が早く帰ってきたせいでパルとのふたりっきりを邪魔されたとか思っているんだろう。
そう思うのなら、手を出してみたらどうか?
「き、嫌われるに決まってるじゃないですか、そんなの」
「分からんぞ。案外、仲良くなってるじゃないか。無理やり迫ったとしても、パルに嫌われないだろ」
成功するか失敗するかは置いておいて。
「で、でも。パルちゃんはぜったいに師匠ちゃんを選びますよ? そうしたらわたし、フラれるじゃないですか。もう二度とパルちゃんといっしょにお風呂に入れなくなってしまいます」
「なんでだ? 入ったらいいじゃないか」
「いや、だってぇ……」
気まずいのは分かるが、友達として付き合うのならいいんじゃないかなぁ。
それとも、無理なのが普通か?
そのあたりが分からないから、賢者や神官に嫌われたのかもしれない。
むぅ。
「どうしたんですか、師匠?」
「パルは俺のこと好きか?」
「はい! 大好きです!」
「じゃ、ララのことは好きか?」
「はい! ララさんも好きですよ!」
「うひょー!」
ララの機嫌が一発で治った。
ついでに、俺の機嫌も良くなった気がする。
まぁ、パルを勇者のもとに送り込むのは……きっと数年後の話だ。
それまでに、あいつらが魔王を倒せば問題ない。倒せてなかったら、俺の技術を継承したパルを送り込む。
ただ、願うのはひとつだけ。
「死ななければ、いいな」
ぽつりとつぶやいた言葉に、ララは反応した。
「なんでもない」
そう答え、俺はどっかりと腰をおろした。
完成へと近づいているララの少女画は、色が付き始めていた。かなり特急で描いているのだろうが、それでも荒いことはなく、丁寧で繊細だ。
モデルがいいのか、はたまたララ・スペークラの調子が良いのか。
それは判断できないけど、未完成の状態ながら素晴らしい絵になることは理解できた。
「明日の夕方には、パルを連れていきたい。それから、明後日には帰るかもしれん」
「……分かりました。間に合わせます」
ララはうなづき、筆を走らせる。
俺は泉の中でたたずむ少女を見て。
「まぁ、こんな残りの人生も悪くないよな」
ちょっとしたしあわせを感じて笑うのだった。
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