~卑劣! 成長する防具~
意気揚々と、にっかりと笑う老ドワーフ。
ギーギ・ロスベラクは、まるでイタズラ少年のように白い歯を見せて笑った。
「成長する防具を作りたいんだ」
ストレートに、俺は要望を伝えた。
俺の言葉に、ギーギさんは声を出して喜ぶ。
「ほほぅ! ほっほほぅ! なるほど、そりゃぁいい! だが条件は厳しいぞ旅人さん。なにより材料が無い。ついでに言うと、ワシぁ剣や武器が作れるが防具は専門外じゃ」
「そこで俺よ」
コルツクさんは背負っていたバックパックから防具の材料を取り出して見せた。各種、動物の革だろうか。それらが目立つが、金属類も見て取れた。
「なるほど。おまえさん、防具屋か」
「具足専門よ。そこの兄ちゃんの依頼でな。成長するブーツが欲しいと」
「かかか! 変わり者だな、旅人さん」
「それも一等物よ。使うのはこの兄ちゃんではなく、兄ちゃんの弟子の小さな女の子ときたもんだ」
「なんじゃと。自分の物ではなく、自分の弟子に?」
ギーギさんは遮光ゴーグルを外して、俺を見た。
ゴーグルの下の顔は……まぁ予想通りというか、なんというか、お城で見かけた老ドワーフの芸術担当大臣以上に、老いたドワーフだった。
白く太い眉に、老いた小さな瞳。
それでも。
やはりどこか少年のようにも思える表情で、ギーギさんは俺を見て笑った。
「旅人さんよ。おまえさんは、その弟子になにをやらせるつもりじゃ?」
「……なにって」
パルは、俺に弟子入りを志願してきた。それも俺を打ち負かして、だ。
それはブラフだった。
パルの作戦に俺が負けたのだ。
だから弟子にした。
いわゆる『成り行き』というやつだ。
弟子にしたかぎり、俺はちゃんと教えるつもりではある。
不幸中の幸いか、それとも『だからこそ』か。パルはやる気ではあるし、覚えも良い。才能もそこそこある。
だから――
俺の技術を――
「ただ、弟子にしてくれと言われたから……俺の技術を教えてやるだけのつもり……」
「かかか! それだけの理由で、これほどの物を買い与えるものかよ」
言われてみれば……そうか。
宝石を大量に消費して、こうやって別の村まで来ている。
自分のためではなく、弟子のため……
それは――、
それは――。
「――ふむ。分かった。分かったよ。俺自身も、分かっていなかったことだ。わざと意識しなかったのかもしれない。だけど、分かった。俺が……俺自身が無意識で何をしようとしているのか、分かった。理解した」
技術を教えるだけなら。
何も、シャイン・ダガーを使わせる必要はない。
ただの盗賊にするつもりなら。
成長する防具を買い与える必要もない。
それなのに。
俺は、パルへ投資している。
彼女の未来へ、ありえない金額と武器を防具を、投資している。
その目的なんて考えてもいなかった。
でも。
分かった。
聞かれて初めて、意識した。
「俺にできなかったことを、弟子にやらせるつもりだ」
「ほう」
「俺は失敗した。だから、今度は弟子にやってもらう。俺の代わりに、守って欲しいヤツがいるんだ。俺の代わりに、やって欲しいことが山ほどあるんだ。だから、俺は――俺の持っている物を全て、弟子に託すよ。だからギーギさん」
「おう」
「頼む」
「……青いのぅ。青い青い。かかかか! 良く恥ずかしげもなく、そんな青っちょろい言葉を吐けたもんじゃ」
「え、ええええ!?」
こういう場合、すんなりオッケー的な返事があるもんじゃないの!?
ギーギさんも少年っぽいオーラ出してたじゃないですか!?
「うぅ。恥ずかしい」
ただでさえ人付き合いが苦手というか、失敗してきたっていうのに。
こういうところかな……
こういう雰囲気にのまれたりして調子に乗っちゃうところが嫌われる要因だったりするのかな。俺なりに精一杯頑張ったんだけどな。
助けて勇者、助けてラビアンさま。
俺、心が弱いっス。
「まぁまぁ、旅人さんの心意気は伝わったよ。遠慮なく作ってやるから、そう落ち込むな。まだまだ若いんじゃろ」
「だったら乗ってくださいよ」
「ワシはもう年じゃ。今さら、そんな青臭いノリにはついていけんよ。だが、うらやましくもある。あと五百年若かったら、おまえさんと一緒に旅に出ていたぐらいじゃ」
といってギーギさんはカカカカと笑った。
そう思うんなら、素直に返事して欲しかったなぁ。
「おまえさんらが来たのは、炉じゃろ?」
「あぁ。借りれるだけで良かったんだが……」
コルツクさんはそう言うが、ギーギさんがカツンと彼の肩を叩く。
「ワシも混ぜてくれよ。これでも腕前は一級品だぜ。ついでに道具も作ってやろうか? 成長する爪切りなんてどうだ? 新しいだろ」
新し過ぎてメリットがさっぱり分からん。成長しても爪切りは爪切りだ。それ以上になれない限り、意味も意義も生まれない。
「どれだけあるんじゃ?」
「これだ」
そう言ってコルツクさんが渡したのは、俺が持っていた宝石だ。革袋に入れられたその内容量を確かめると、ギーギさんはうなづく。
「充分な量だが……ふむ。余剰はあまり出ないな。残念じゃ。旅人よ、小さい物で欲しい物でもありゃせんか?」
小さい物か。
「じゃぁ、指輪なんてどうだ? 成長する指輪……というより、魔力を貯められるんじゃないか? なにか新しい物ができるかもしれん」
宝石が必要な理由が魔力とすれば。
指輪にしておけば、そこに魔力が蓄積できるかもしれない。なにができるか、今はまだ不明だが、そのうち役に立つこともあるだろう。
「ほう!」
「なるほどの!」
ふたりのドワーフが、それはいい、とばかりに声をあげた。
「よし決まりじゃ。いくぞ、具足屋」
「コルツクだ、ギーギさん」
「よし分かったコルツク。手伝え。まずは蒼の炎まで高めるぞ」
「ほいきた!」
ふたりのドワーフがドタドタと準備に取り掛かる。
まぁ、ここから先は俺に出来ることはなにひとつ無いので、素直に見物しておこう。
そう思ったのだが、ギーギさんが話しかけてきた。
「旅人さんよ。ここから先は出て行った方がいい」
「ん? それはアレか。成長する武器や防具を作るのはドワーフの奥義か秘儀か、そういった話か?」
「いやいや、こんなもんは隠してる訳でもなんでもない。単純な種族特性の差じゃ」
「種族特性?」
「おまえさんは人間じゃろ? ここから先は蒼い炎になる。白い炎に耐えるのは中々の素質があるが……ここから先は燃えるぞ」
燃える。
なにが燃えるかは言わなかったが……ようするに燃えてしまうんだろう。
身体が。
「な、なるほど。確かに、今の段階でギリギリっちゃぁギリギリだ。分かった。コルツクさん、俺は先に宿に帰っておくよ」
耐えられるかどうか、ではなく燃えると言われれば退散するしかない。
それこそ、ドワーフだからこそ作れる物なんだろう。
土と鉱石に愛された種族。
だけど、どうやら火の精霊女王にも存分に愛されているようだ。
「申し訳ないが、あとはお願いします」
「あぁ、何も問題ない。兄ちゃんは客で、俺は作り手だ。材料も現物をもらった。あとは、俺の仕事よ」
燃えない内に出ていけ、と言われれば笑うしかない。
俺は素直に工房から出ていく。
「――ふぅ」
外へ出れば、ようやく熱気が遮断された。
光の聖骸布を解除し、赤くなったそれを首へずらしながら冷たい空気を吸う。
「宿で、のんびり待つとするか」
俺は熱くほてった頬を冷やしながら、村の宿へと戻るのだった。
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