~卑劣! 頑固親父の超反対~

 宿のおばちゃんだけでなく、村人にたずねればすぐに情報は返ってきた。


「ギーギさんなら、あそこだ。ほれ、あの大きな工房の」

「おまえさんも鍋でも買いにきたんか? いい鍋で、重くもないし使いやすい」

「いい包丁だぞ。百年は持つ」

「ギーギさんのフライパンはすごいわよぉ。焼いてよし、煮てよし、旦那を叩いてよし。うふふ、最後のはナイショね、ナイショ」


 などなど。

 どうやら包丁や鍋を作っているというのは本当らしい。刃物である包丁はまだ理解できるのだが、フライパンや鍋となると、またジャンルが違うんじゃないのか。

 そう思うのだが……

 しかし、その誰もが出来栄えを高評価している。


「腕前は確かなようだな」


 コルツクさんは、うむぅ、とうなるようにつぶやいた。


「とりあえず行ってみますか」

「そうだな。話してみないことには何も分からん」


 メーア村で唯一の工房。

 唯一にして、最大の工房か。

 おそらく鉱山がまだ枯れるまでは多くの工房が並んでいたと思う。

 しかし、新しく王都に鉱山が見つかってからは段々と廃れていったのだろう。

 もしかすると、唯一残ったのがギーギさんなのかもしれない。


「残った理由はなんだろうか」


 もしかしたら、『炉』こそが原因なのかもしれない。

 たやすく作れない炉が、彼の工房にあるのならば……ギーギさんが蒼の炎を扱えるのも理解できる。


「ここか」


 村の奥の、鉱山に一番近い場所に、その工房はあった。

 近づいてみると、その特徴が分かる。

 ただの壁ではなく、金属が使われていた。それが長年の風雨で錆びや変色を繰り返しているので、遠目からは金属とは分からなかった。

 大きさは王都にある工房の二倍か三倍ほどか。

 とにかく大きい工房であるのは、間違いない。

 周囲には燃料となる炭や薪がうずたかく置いてあり、材料なのか鉄くずや金属などが乱雑に集められている。


「これがギーギさんの作ったものか」


 工房の前には簡素な横長のテーブルの上に鍋やフライパン、包丁が置いてあった。サンプルのような展示品かとも思ったが、どうやら売り物らしい。

 料金を入れる箱が適当に置いてあるので、そこにお金を入れて持って帰るようなシステムになっていた。


「……盗みたい放題じゃないか」


 そこまで素晴らしい道具なのであれば、それこそ盗んでしまえと考える人はいないのだろうか……

 不用心というか、なんというか……判断に困る。


「百年持つ、と言っていたからのぅ。もしかしたら、誰も必要としてないんじゃないか?」

「あぁ……みんなすでに持ってるから、それ以上はいらない、と」


 そんなことある?

 でも、もしかしたらそれこそが真実なのかもしれない。


「もしくは、村人が全員お人好しなのかもしれん。みんな笑っとったしな」

「確かに」


 嫌な顔ひとつせずにギーギさんの情報を教えてくれた。

 なにより、ギーギさんが村人に慕われているのが分かる。


「ま、話を聞いてみよう」


 入り口である扉をゴンゴンと叩く。金属製の扉なだけに鈍い音が鳴るが、中からはいっこうに返事が無い。


「留守か?」


 俺は試しに扉を確かめると、どうやら開いているようだ。

 しかし――


「重たっ!?」


 開いているには開いている。

 だが、その扉の重さは想像以上の物があった。ぶ厚い金属の扉は重工であり重厚だ。非力な種族であるハーフリングには開けられないんじゃないか、と思えるほどに重たい扉だった。


「んぐぐぐ!」


 スライド式の扉を少しだけ開けた瞬間――


「ぐっ」


 おもわず顔をそむけてしまうほどの熱気が飛び出してきた。


「こ、これは……」


 とてもじゃないが近づけない。

 目や口の水分が一気に蒸発してしまうような、まるで火山のマグマに落ちかけたのを思い出すような熱気だった。


「どうやらホンモノらしいな」


 俺とは違ってコルツクさんは平気な顔で扉を開け、そのまま工房に入っていく。

 これが種族特性の違いか。

 人間とは、火の精霊に愛されていないのをマジマジと見せつけられるようだ。


「仕方がない」


 火の精霊女王に愛されないのであれば、光の精霊女王に懇願するしかない。聖骸布を口に当て、発動させる。真っ黒に染まる聖骸布が能力を引き上げてくれた。

 一応は熱気耐性も上がると信じて。

 ついでに肺の中に熱気が入るのも防いでくれる。


「あつ――」


 扉の隙間から身体を滑り込ませ、なんとか工房の中に入ることができた。

 まるで熱気が暴力のように襲ってくる。とてもじゃないが、まともに息ができる気がしない。

 汗が即座に乾いていく感覚は砂漠以上の物があった。

 喉と肺が焼け付くような空気の中で、工房の中を見渡す。

 そこには、ふたつの炉があった。

 ひとつは俺も見たことがある普通の炉だ。勇者の仲間たちの武器や防具を調整する際にも見たことがある。

 特に戦士の剣はしょっちゅう傷んでいたのでお世話になっていた。

 それとは別にもうひとつ。

 それ自体が、まるで金属の城のような――鋼鉄の砦にも要塞にも見える炉があった。

 熱気の正体は、そちらだ。

 少しばかり炉の窓から漏れ出た光が見える。

 そこにまばゆく輝くのは、白い炎。

 赤と黄を超えた、白龍の吐くブレスと同じ超高温の炎があやしくも神々しい光を放っていた。


「ほう、客人とは珍しいな。しかもドワーフと人間の組み合わせなんて何百年ぶりじゃの」


 かかか、と笑う声が聞こえた。

 工房の中にいたのは、小さな老ドワーフだった。

 白い頭髪に白く立派なヒゲ。

 義の倭の国に伝わる伝説『仙人』のような出で立ちのドワーフがにっかりと白い歯を見せて笑った。

 ただし、彼の顔は分厚く黒いゴーグルに覆われていて見えない。白い炎を見るために必要な遮光グラスなのだろうか。

 それが意外にも老ドワーフに似合っている気がした。


「お邪魔しています。あなたがギーギ・ロスベラクさんですか?」

「間違いなくワシがギーギじゃよ、旅人さん」


 ギーギさんは分厚い手袋のまま握手してきた。

 俺はその手を握り、コルツクさんも握手する。


「ほぅ」

「おぉ」


 ドワーフふたりは、そこで何かを感じ取ったようだ。

 俺には分からない職人の『手』に、なにか感じるものがお互いにあったのだろう。


「ギーギさん、お願いがあるのですが――」

「いいぞ」

「え?」


 いや、俺はまだ何も言っていないのだが。


「いいぞ、何を作る? 何が作りたい? カッカカカカ! ちょうど退屈していたんじゃ。さぁ、何を作る? 何を作ればいいのか、教えておくれ旅人さん」


 にっかりと。

 まるで工作に夢中になっている少年のように。

 ギーギ・ロスベラクは笑うのだった。

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