~卑劣! その村までは意外と何事もない~

 城から戻った俺は、待ちかねていたとばかりにララに連れられて泉まで来ていた。


「という訳で、ちょっとメーア村まで行きたいんだが」

「あぁ、はいはい。どうぞ。はい」

「ちゃんと聞いてるか?」

「はい。大丈夫です」

「聞いてないな」

「えぇ。いいですよ」


 聞いてないな、マジで。


「おーい、パル」

「なんですか、師匠」


 相変わらず全裸で泉の中にいさせられているパルだが、退屈はしていないようだ。ジっとして待機するというのは、思った以上に苦痛の作業なのだが……どうやら平気らしい。

 見張りや張り込みの仕事はすでに任せられそうなレベルだな。

 そういう仕事があればパルにやらせてみるのも良さそうだ。


「そういう訳だから、ちょっとメーア村まで行ってくる。あとは適当にやっててくれ」

「え!? い、いま行っちゃうんですか?」


 モデルということも忘れてパルはキョロキョロと周囲を見渡した。そのたびにシャイン・ダガーが軌跡を残してキラキラと輝いている。

 遠くからでも目立ちそうなモデルだ。


「問題ないだろ。もし魔物の姿があったら戦おうとするな。コボルトでもゴブリンでもだ。全力で逃げろ。いいな。服は諦めていいが、武器だけは持っていけ。まぁここまで距離がかなりあるから服を着る余裕はあるだろうけど」

「だ、大丈夫でしょうか……」

「おんぶに抱っこでもいいが。それにも限度があるだろ」


 甘く育てるのも限度がある。

 いつまで経ってもひとり立ちできないのでは意味がない。


「は、はぁ。あたしはおんぶと抱っこがいいです」

「嬉しいお誘いだが、パルのブーツを作りに行くんだ。こいつは抱っこ案件だと思うが、それでもおんぶして欲しいか?」

「うぅ」


 さすがに自分のために、と言われてしまってはパルも言い返せないようだ。

 激甘修行もいいが、適度に辛み経験は積んでおくべきだ。

 もっとも――

 魔物が一匹も現れないような場所で積める経験値など、たかが知れているが。


「分かりました、頑張ります!」

「おう。全裸で逃げた後、街の中で襲われないようにな」

「はい! 師匠もお気をつけて」


 相変わらず冗談が通じないようだ。


「ララも、あとは頼んだ」

「はい。ばっちり描きますから気にしないでください」


 ダメだこりゃ。

 俺は肩をすくめつつパルに手を振って来た道を戻り、具足店『竜の蹄』へとやってきた。

 カランコロンと鳴るドアベルを開け、ドワーフ少女に挨拶をする。


「こんにちは」

「あら、いらっしゃいお客さん。ということは、何か分かったのね」

「えぇ。ご主人はいますか?」

「ちょっと待っててね」


 作業中なのだろうか、カウンターにヒゲドワーフの姿はない。店員のドワーフ少女が店の奥へと移動すると、すぐにヒゲドワーフが顔を見せた。


「何か分かったのか、兄ちゃん」

「えぇ。メーア村にいるギーギ・ロスベラクという者が成長する武器を作ったらしい」

「確かな情報か?」


 俺はハッキリとうなづく。

 なにせ、王から直接聞いたのだ。間違いない。


「メーア(鉱山)村か、なるほど」


 俺の情報にヒゲドワーフはうなづく。それを聞いて合点がいったらしい。


「今から向かいたいんだが、店主……あ~っと、名前を聞いてなかった」

「俺ぁ、コルツクだ。兄ちゃんは?」

「エラントだ」


 ふたりのドワーフは俺の名前に少しばかり奇妙な顔をしたが、すぐに受け入れたようだ。

 彼らはさまよう。

 事情を知らない者にとっては意味不明な名前だろうな。まさか、皮肉だとは思うまい。


「コルツクさん、今からそのメーア村に行きたいんだが……」

「いつでもいけるぜ」


 コルツクはニヤリと笑って、大きなバックパックを見せた。中には、おそらく制作に必要な道具類が入っているのだろう。

 それなりに大荷物で重そうだが、ドワーフはひょいと軽々しく持って見せる。


「メーア村は近いのか?」

「あそこは枯れた鉱山の村でな。すでに人の行き来は少なくて乗り合い馬車もない。だから、足を借りんといかん。兄ちゃん、馬は乗れるか?」

「もちろん」


 乗馬は何度か経験している。

 加えて、盗賊職を名乗っているのだ。職業『騎士』までのスキルはないが、そこそこの騎乗スキルは持っている。


「よし、話は早い。ちょっとばかり留守にする。あとは頼んだぞ。注文が来たら断っておいてくれ」

「はいはい、分かりましたよ。エラントさんも、気を付けていってらっしゃい」

「えぇ、迷惑をかけます」


 俺の言葉にドワーフ少女は、ふふ、と笑う。


「気にしないで。こんな楽しそうなのは久しぶりだもの。私ものんびりできそうだわ」


 やはり、夫婦なのかもしれない。

 そんなドワーフ奥さんに礼を言ってから店を後にする。


「知人から馬を借りる。こっちだ」


 コルツクさんは足早に移動していく……といっても、そこはドワーフ。体格の違いで、そこまで速いわけでもないので、俺は大人しく後ろをついていった。

 彼の知人は宿で働いているらしく、表で待っていると裏から馬を二頭つれたコルツクさんともうひとりのヒゲドワーフがやってきた。


「あんまり無理はさせんでくれよ」

「分かっておるわ。いくぞ、兄ちゃん。急がねばならん」


 コルツクさんが馬に乗るのを手伝ってから、俺も馬に乗る。久しぶりの乗馬だが、それでも乗ってしまえばいろいろとコツを思い出すものだ。

 身体が覚えている、というやつかな。

 しかし――

 俺だけ乗せてもらえなかった記憶がよみがえってきたので……なんか吐きそうになってきた。

 今思えば……嫌われていたというか、嫌がらせを受けていたようなものか。

 まぁ、走って追いついたけど。

 光の聖骸布が無ければ、不可能だった。

 ありがとう、精霊女王さま。


「どうした兄ちゃん。もしかして馬は苦手だったか?」

「いや、大丈夫。ちょっとしたトラウマがあって」


 落馬でもしたのか、というコルツクさんの言葉に適当にうなづいておいた。


「出発するぞ。魔物がいた場合は逃げる。いいな?」

「その方針で了解です」


 うなづき、馬を走らせる。

 パカラパカラ、と小気味よい蹄の音を鳴らしながら街中を移動し、門から出た。

 そのまま街道まで出ると速度をあげて走らせ、分かれ道を左方向へ……つまり、北に続く道へと進んでいく。

 道中は幸いにも魔物に出くわすことはなかった。街道といっても安全ではないし、なんなら盗賊だって出る可能性がある。

 何度か小休止をはさみ、夕方になる頃には特徴的な山が見えてきた。


「あそこがメーア村だ」

「なるほど。確かにメーア(鉱山)だ」


 見えてきた山には植物など一切ない。剥き出しの岩肌が見えているのだが……その全てが削られたように縞模様となっていた。

 更に特徴的なのは山の形が『凹』になっていること。山の真ん中が見事に削り取られ、奇妙な形の山だけが残っている。

 およそ自然にできたとは思えない人工的な山。

 まさに鉱山の成れの果てとも言える姿が遠目に見えていた。

 そのまま馬を走らせると、ほどなくして村へ到着する。王都とは違って活気はまるで無いが、それでも人の気配はゼロではなかった。

 村の境界線を示すような柵と門をこえて村の中へ入る。そのまま近くの宿に馬をつないで、さっそく部屋の手配と聞き込みを開始した。


「すまない、馬の世話と部屋を借りたい。頼めるか?」

「はいはい問題ないですよ、旅人さん。ようこそいらっしゃいまして」


 出迎えてくれたのは、ドワーフの老婆だった。にこやかに笑うおばあちゃんが丁寧に対応してくれる。

 おそらく、俺よりもはるかに年上だ。確実に五百年以上は生きていそうなおばあちゃんが、にこにこと応対してくれた。


「それからひとつ訪ねたいのだが。ギーギ・ロスベラクという者を探しているのだが、知っているか?」

「えぇえぇ、知っていますとも。ギーギさんなら、ほれ。あの奥の工房で毎日まいにち働いていますよ。この村で彼にお世話になっていない人はいませんからね」

「ほぅ、そうなのか」


 コルツクさんも興味深く聞いた。


「えぇ。鍋から包丁までいろいろと作ってくれますから」


 鍋?

 包丁?

 てっきり武器屋でもやっているのかと思ったが……?


「とりあえず、訪ねてみるか」


 コルツクさんも俺と同じことを思ってか。

 立派なヒゲを束ねるようにして、うなづくのだった。

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