~卑劣! ドワーフ王ワック・ピードット~

 念入りな身体検査。

 兵士である男に身体をまさぐられるのは……少々というか、かなり不快だ。胸はまだしも、股間をそれなりの力で触られるのは不快以外の何物でもない。

 できればドワーフの女性にして欲しいところだ。


「俺も男をまさぐるのは嫌だぜ。おまえさんこそ女になってもらいたいもんだ」

「考えることはみんな同じか」


 くはは、と兵士とお互いに笑ったところで『謁見の間』に通される。

 広く豪華な部屋、という印象か。

 ふかふかの絨毯に、左右に並べられている調度品。それらひとつひとつが一級品だろう。もしかしたらララの作品もあるのかもしれない。

 左側には大きなガラスの窓。透明度が高く、太陽の光が角度によっては差し込むはず。残念ながら今は太陽が見えていなかった。崖をくり抜いて造られた城なので、仕方がない。

 それでも光が充分に入ってきているので特別な明かりは必要ない程に明るかった。

 窓とは反対側の壁に数々の絵画が飾られている。

 その中にはララ・スペークラのサインが入った絵画もあった。彫刻やツボとかと違ってサインがあるので分かりやすい。しかし、ララの絵は少女画ではなく動物の馬の絵だった。

 あまり描く気がなかったであろう仕事の絵ですら、素晴らしい出来栄え。

 趣味と実益が合致している少女画を世に出せば、ララはそれこそ莫大な富を築けるかもしれないな。


「その場で膝をつき、顔を伏せていてくれ」

「分かった」


 謁見の間、その最奥には立派な椅子がある。

 いわゆる『王座』というやつなんだろうか。そこに王の姿はない。

 当たり前の話だ。

 俺が王様を待たせる訳にはいかない。

 俺が待ってこそ、王は王たる威厳が保てる。


「いいか。王が良いと言うまで顔をあげたり動いたりするなよ。俺はおまえさんを牢にぶち込む仕事がしたい訳じゃない。何もしないで金を頂ける最高の立場に甘んじていたいのさ」

「そいつは同感だ」


 彼の仕事を増やす訳にもいかないので、俺は言われた通りに片膝をつき、頭を下げた状態で王を待つことにした。

 兵士は部屋の後ろまで下がり、静かに待っている。

 しばらくして、前方の右奥の扉が開いた。

 ピリリとした空気に、思わず喉が張り付きそうになる緊張感が漂う。カツンカツン、と床を叩く靴音。さすがに良い音をしている。

 それが王座の前まで移動し、衣擦れの音と共に座る音がした。


「良い。顔を上げてよいぞ旅人よ」

「はッ」


 正直言って、作法なんて知らない。

 それこそ『仁義を切る』訳ではないが、王を前にしたドワーフ特有の作法は果たしてどうすれば良いのか。

 いきあたりばったりだが……逆に言うと知らないということは、情報として知れ渡っていないことを示す。

 つまり、バカ丁寧に対応すれば、なんとかなる……はず。

 と、思いたい。

 俺はゆっくりと顔をあげた。

 そこには――なるほど、ドワーフの王がいた。

 小さな体躯ながら、若々しい姿をしている。茶色の髪をオールバックにまとめあげ、同じ色のヒゲも見事に整えられていた。

 凛々しい表情は、それこそ俺が見てもイケメンの類だと分かるほどに端正な物。加えて服も煌びやかにほどに立派だった。

 ドワーフの王。

 ワック・ピードット。

 彼こそ、間違いなくドワーフの王だ。


「時間を作っていただき、ありがとうございます、ピードット王」

「いや、時間が惜しい。ララ・スペークラの少女画を献上してくれた礼を尽くしたいのだが、都合が悪くてな。短めに頼む」

「分かりました」


 むしろ、ありがたい。

 育ちの悪さが出てしまう前に情報を聞き出せるのなら、それこそ本望だ。


「ピードット王がお持ちの剣。私が聞き及んだところ『成長する剣』であると。その一振りを鍛えた者をぜひとも御教え願えないでしょうか?」

「ほう」


 ドワーフ王の表情が笑みに変わる。


「それを聞いてどうする、若者よ。成長する剣を求めるのか? アレはそれほど素晴らしい物ではないぞ。むしろ面倒な類だ。それとも『情報』こそが目的か?」

「弟子です」


 俺の答えにドワーフ王は、ふむ、と表情を真面目な物へと変えた。


「旅人よ。私の見立てでは、人間種にしては若い方ではないのか。それにも関わらず、もう弟子を取っておるとは……貴様、人生をあきらめたか」

「……はい」


 俺は素直にうなづいた。

 もしも、人生を最大限に使っているとすれば、それは勇者パーティの一員を指すはずだ。でも、俺は追放された。役立たず、と追い出されたのだ。

 もう残りの人生は消化試合と変わらない。

 すでに、俺は俺の人生を諦めている。

 だから。

 俺は素直にうなづいた。


「なので、弟子のために成長する防具を作ってやりたいのです」

「そうか……ふむ。理解した」


 ドワーフ王は嘆息してから、場所を告げる。


「この王都より北へ進んだ場所に、メーアと呼ばれる鉱山があった。その麓にあるメーア村にいるギーギ・ロスベラクという男を訪ねるが良い」

「はッ。ありがとうございます、ピードット王」

「少女画と比べれば安いものよ。他に何か望みはないか?」

「いえ、それだけで――」

「つまらんな。少しは面白い話をしてみせろよ、勇者の盗賊」

「――」


 どうやら、バレていたらしい……

 俺はこういう場からは逃げていたんだけどな。もっぱら、王族や貴族とのやり取りに矢面に立っていたのは勇者だ。俺みたいな盗賊が前に出るわけにもいかない。

 しかし――

 さすがは王族ということか。情報の扱いもまた、盗賊のそれを凌駕しているのかもしれない。


「私は……もう――違いますよ、ピードット王。ここにいるのは、ただの盗賊です。勇者とは何の関係もない、ただの盗賊ですよ」

「そうか。何があった?」

「女性に嫌われていたようです」


 その言葉を聞いてドワーフ王の顔が愉快そうにゆがむ。

 というか、興味津々じゃないか。


「あの賢者と神官か。風呂でも覗いたか?」


 俺は首を左右に何度も動かした。


「なんだ違うのか」

「俺の好みからは外れます。デカい年上の女は嫌いだ」

「では、おまえの弟子とやらは?」

「十歳の少女です」


 と、答えた瞬間に――王は破顔した。


「カッカカカ! なるほど、そりゃ好みに合わんわ! くくくく、これは良い情報を得た。今度勇者が戻ってきた際には、おまえのことでイジめてやろう」

「よろしくお願いします、ピードット王」

「まかせておけ」


 ではな、と王は立ち上がり謁見の間を後にした。

 それを見送るように俺は再び顔を下げ、気配が遠くなったのを確認してから思いっきり息を吐いた。

 どっと疲れた気がする。

 やっぱり、こういうことは勇者に任せていて正解だったよ。途中、素で対応してしまった気がするが……見逃してもらえたのだろう。助かった。


「……おまえさん、勇者パーティの盗賊だったのか」


 立ち上がり、退室しようとすると兵士が驚いた顔で俺を見ていた。


「あぁ。すまないが恥ずかしいのでナイショにしてくれないか」


 と言いつつ、俺は兵士に銀貨を握らせる。

 世の中、金が解決できることは、金で解決してしまうのがイイ。


「ふむ。俺は口はもともと岩石のように硬いが、こいつで宝石みたいな硬さになった」

「そいつはありがたい」


 ありがとよ、と彼の鎧をコツンと叩いてから――

 俺は疲れた足取りで謁見の間を後にするのだった。

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