~卑劣! 交渉相手はもちろん――~
具足店『竜の蹄』からララ・スペークラの家に戻った開口一番。
「ララ。俺にも一枚、少女画をくれ」
と、伝えた。
パルの絵のつづきを家の中で描いてたララは、そんな俺に対して生返事をおくる。
「いいよー、その辺の持って行って」
心ここにあらず、という感じか。適当に相槌を打ったように思えた。
「師匠、泥棒し放題です」
「やってみるか?」
スリは技術力のいるスキルだが、泥棒は言ってしまえば力技だ。度胸と速度があれば誰だって出来る。
「コツを教えてやる。まず下調べだ。家の主を調べ上げ、留守か眠っている最中に忍び込む。そうしたら、あとはスピード勝負。目についた金目の物を片っ端から盗め。躊躇はするな。長居はするな。まだ行ける、まだ大丈夫と思った時が潮時だ。スムーズにその場を離れ、二度と近寄るな」
「は、はぁ……師匠はやったことあるんですか?」
「無い」
俺の返答に、どこか安堵した様子のパル。
「言っとくが俺は善人じゃないぞ。あくまで盗賊だ。おまえにも見せてないスキルがまだまだある」
とてもじゃないが見せられないスキル。
例えば『強奪』とか。
「わ、分かってます。あたしは盗賊に弟子入りしたんですから。でも、師匠は優しい人なので……その、なんとなく泥棒が似合わないなって思ったんです」
「似合わないか?」
「はい。師匠はカッコいいですから、こう、もっと華麗に盗む感じです」
ま、誉め言葉として受け取っておこう。
もっとも――孤児の頃はかなり盗んだ。わざわざ俺のイメージを崩す必要もないので黙っておくが……
盗みでもしないと、お腹がすいて何もできなかったんだ。孤児院で提供される食事だけでは、物足りなかったし、つらかった。
だから盗んだ。
もちろん勇者の分も、俺が盗んだ。あいつには、罪を背負って欲しくなかった……というのは、俺の詭弁か。
「ま、それはともかく」
俺はララにもう一度、絵をくれないか、と声をかけた。
「うわ!? いつ帰ってたんですか……びっくりさせないでくださいよ。あ、ごはんはまだですか? なんか買ってきてください」
「それはいいが、俺にも少女画を一枚くれ」
「えー。やだなぁ……」
「じゃ、何を差し出せばいい?」
俺の言葉にララはちらちらとパルを見た。
「ぇっと……ぱ、パルちゃんといっしょに……その、お風呂に入ってみたい……な、なんちゃってー」
「オーケーだ。よし、一番価値の無い絵はどれだ?」
壁に飾られている絵の中から、一番しょぼいのを選ぼうとしたのだが。うしろから聖骸布を引っ張られて首がしまる。
「し、しし、師匠ちゃん! 弟子のことを勝手に決めたらダメ、なんだよ?」
振り返ればララが俺の首をしめるように聖骸布を引っ張っていた。
「めちゃくちゃ嬉しそうな顔をしてるじゃねーか。説得力がないぞララ・スペークラ。というか、別にいいだろパル?」
「あ、はい。なんでもします!」
泉で全裸でモデルになっているんだ。
今さらお風呂程度を拒否する意味はないだろうし、そもそもいっしょにお風呂って女性同士ではよくある光景じゃないのか?
「パルちゃんがなんでもって言っちゃった。じゃ、じゃじゃ、じゃぁ、あの伝説の全裸土下座を……」
なんだその伝説。
土下座っていうのは、義の倭の国の謝り方だ。
それを全裸でするのか……
「あ、はい。分かりました。裸で土下座をすればいいんですね」
安い。
土下座の価値が安い。
ついでに裸の価値も安い。
ありがたさがグングンと下がっていく。
「あ、やっぱりいいです、パルちゃん。自分の身体は大切にして……」
どうやらララは冷静になったらしい。
「でもお風呂はいっしょに入りたいです! い、いいですかパルちゃん?」
「はい。大丈夫ですよ」
なんにしても話はまとまったな。
「ララ。こいつでいいか?」
一番小さな絵で、一筆描きで線を走らせたような少女画を指さす。五分も掛からずに描いたと思われる絵だが……それでも上手い。いや、『巧い』だな。
五分で描いた絵ではなく……今まで描いてきた年月プラス五分だ。ララが芸術家歴二十年としたら、二十年プラス五分。もしも百年描いてきたとしたら、百年プラス五分。
並大抵の五分じゃない。
それが、シンプルな線からにじみ出ていた。
「はい、いいですよ。でゅふふ。そ、その一枚でパルちゃんとお風呂に入れると思えば、ふふ、ふふふふ。安い……安いです。ありがとう、師匠ちゃん」
「そっちが礼を言うのか……」
なぜか立場が逆転している。
その後、憔悴したイヒト領主と美人メイドさんが帰ってきたので、明日は同行したいと伝える。
午前中に手早く済ませるつもりなので、その間はパルはララといっしょにお風呂にでも行ってもらうことにした。
で、問題なく翌日。
イヒト領主と共に城へ向かう。さすがに三日目となれば領主さまも許可をもらえているらしく、そのお供として手早く入城できた。
「私はこっちだ。初日に向かった部屋へ行けば何とかなるだろう。ただし、必ず王に謁見できるとは限らんぞ」
「分かってます。まぁ無理でしたら、その時は俺の仕事を活かしますよ」
「いや、それはどうなんだ……」
「冗談です。素直に諦めますよ」
「順調にいってるんだ。問題は起こさないでくれ」
まぁ、領主さまの邪魔をするのでは本末転倒だ。ダメならば、他の方法を探すしかないが、いまは手持ちの武器を最大限に活かそう。
俺は城の中を移動し、初日にララが訪れた部屋の前へと移動した。
扉をノックし、返事を待つ。
「どうぞ」
と、声を掛けられたのを確認してから俺は扉を開けて、中へ入った。
そこはこじんまりとした部屋で、中にはひとりの老人がいた。
「おや。君は?」
ドワーフの老人――!
かなりの高齢だと思われる彼は小さな眼鏡に白くなってしまった頭髪と長い長いヒゲ。まるでおとぎ話に出てくるドワーフそのものの姿に、俺は少しだけ感動した。
「初めまして。おれ――私はイヒト・ジックス様の使いなのですが、これを」
実際には『使い』ではない。
そのあたりを突っ込まれてはややこしくなるので、さっさと少女画を取り出して老ドワーフに見せた。
「おぉ! ま、またしてもララ・スペークラの少女画か!」
少女画にララのサインなど入っていない。
それにも関わらず一発で見抜くとは……なかなかの『鑑識眼』だ。
おそらく彼は芸術品担当の大臣みたいなもの、だろうか? お城での役職とか大臣とか、そういうのは良く分からないのだが、芸術を見抜く技術はドワーフらしい一級品だ。
「み、見せてくれないかね」
「どうぞ」
俺は素直に老ドワーフに少女画を渡す。小さな絵だが、ドワーフが持つとそれなりのサイズと勘違いしそうになるな。
「少女画ですら持ち出されるのが珍しいというのに……この下書きとも見える、走り書きとも思える筆使い。しかし、その躍動感たるや今にも動き出しそうだ」
ほほー! と、老ドワーフは興奮気味に絵を観察している。
「素晴らしい……これは研究にも一役買ってくれそうだ」
「研究?」
芸術品には似つかわしくない言葉が出てきたので思わず聞いてしまった。
「あぁ。ララ・スペークラの絵は、研究されている。というか、マネをしたい者が多いんだ。あんなにも素晴らしい絵や彫刻を作れるというのに弟子がおらん。その技術を継承して欲しいものだが……」
「あぁ……あの性格というか、なんというか……」
俺の言葉に老ドワーフも、うむ、と微妙なニュアンスでうなづいた。
「それでな。技術を盗むことにした。模倣は悪だと言う者いるが、それならば全ての芸術家が死んでしまう。誰もが、誰かの絵に憧れ筆を取ったのだからな。幼い頃に適当に描いたラクガキのような絵こそが至高という訳でもあるまい。だからこそ、芸術品は研究される。だが、さすがにララ・スペークラの元に居続ける訳にもいかないし、彼女は極度の人見知りでもあるからな。コミュニケーションすら上手く取れん。おまえさん、どうやってララに近づいたんだ?」
……まさか弟子の美少女を餌にしたとは言えない。
可愛らしい少女を生贄にすれば、誰だってある程度の会話は出来るだろう。
たぶん。
「前に彼女を助けたことがありまして。その縁なので、そう上手くはいかないかと……」
「ふぅむ、残念だ」
たぶん美少女が芸術家になりたいと扉を叩けば……あ、無理だ。途中で絶対にやらかすと思うし、初対面で美少女側が拒否するかもしれない。
可能性はゼロだな。
「で、おまえさんが少女画を持ってきたという事は、なにかしら要望があるのか?」
「えぇ。ひとつお願いがあります」
なんだ、とばかりに老ドワーフはうなづいた。
「ドワーフ王に謁見したいのです」
「――王にか?」
えぇ、と俺はうなづいた。
「どういう用件だ? いくらララの少女画を献上したとは言え、見学程度の理由で会える方ではないぞ」
「分かってます。ひとつだけ質問をしたいのです」
「ほう。それは王だけにしか答えられないことか?」
「……いえ。もしもあなたが知っていれば、問題ないのですが」
「答えられるなら、答えるぞ」
では、と俺は質問する。
「王の剣を打った人物を教えて欲しい」
「……王の剣か。ふーむ……」
老ドワーフは腕を組んだ。
「知っていますか?」
「残念ながら知らん。かと言って城中で聞いてまわるのもちょっとな」
見知らぬ人間がウロチョロとして良い場所ではない。
「分かった。ワシが取り次いでみる。ただし、絶対ではない。その点は注意してくれ」
「ありがとうございます」
ふぅ。
第一段階はクリアといったところか。
王に謁見できて、第二段階。
剣を打った者、もしくは炉の場所を教えてもらえて完全クリアだ。
老ドワーフにしばらく待てと言われので、素直に部屋の中で待つ。
さすがに数分程度では戻ってこず、かなりの時間を待った末に老ドワーフは戻ってきた。
「許可が出たぞ」
第二段階、クリア。
「……き、緊張してきました」
「ハハ。そう縮こまることはないぞ若者よ。失敗しても殺されはせん」
「えぇ」
「ただし、武器は置いて行ってもらうぞ」
……体の各所に隠し持っているナイフ。
どうやら俺が盗賊だとバレているようだ。
「さすが、素晴らしい鑑識眼の持ち主だ」
「暗殺ではないのだろう」
「えぇ。本当にただ質問するだけです」
俺は肩をすくめつつも、身体のあちこちから隠しナイフを取り出して机の上に乗せるのだった。
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