~卑劣! 人々がそれを求めぬ理由~

 成長する防具。

 それを作成する条件として、ひとつは宝石だった。

 俺は手切れ金として渡された全ての宝石を提供することで、その条件をクリアする。逆に言うと、俺はようやく重く圧し掛かっていた嫌味みたいなものを引き剥がすことができた。

 まぁ金貨という形で残っている物はせいぜい利用させてもらおう。

 さて、もうひとつ。


「強力な火をあつかえる炉がいる」

「それは、たとえば武器職人が使ってるアレか?」


 周囲にある工房。

 トンテンカンと金属を叩く音が響いているが……金属は形を変えるために高温で熱してから打つ。その際に高温で真っ赤になるまで熱する。

 それに使用しているのが炉だ。

 単なる火を、それこそ単純なる火を高温にまで高める技術。

 なんでも火に風の力を送れば温度が上がっていくそうだが……そう単純な話ではない事だけを理解している。もしもそれだけで温度が上がっていくのならば、この世の火事はもっともっと地獄みたいな様相を見せるはずだ。

 なにより、その高温に耐えられる炉を作成するには、やっぱりドワーフの土と鉱石をあつかう技術が必要となる。


「そんじょそこらの炉では無理だ。蒼の炎に耐えられなきゃならん」

「蒼い炎……?」


 パルが疑問の声をあげるが……残念ながら俺も知らない。


「その炎は、どう違うんだ?」

「火は基本的に赤色をしてるだろ」


 あぁ、と俺はうなづく。常識というかイメージというか……火は赤いもの、と思っていた。

 パルもうなづく。

 火は赤いというのが一般的な見方だ。


「その赤い火をな、どんどん温度をあげていくと黄色になる。その更に上が白色の炎となり、更に上が蒼い炎だ」

「つまり……最上の炎、ということか」


 白龍。

 エンシェントドラゴンと呼ばれる古代から生きる龍のブレス。

 その炎は白色だと、聞いたことがる。

 それよりも更に上の温度が、蒼い炎か……


「当てはあるのか?」


 ドラゴンの炎よりも凄い炎を扱うのは、並大抵の炉ではないはずだ。

 そもそも、そんな炉は存在するのか?

 果たして俺の疑問にヒゲドワーフはうなづく。


「所在は分からねーが、存在しているのは確かだ。ドワーフ王ワック・ピードットの持つ剣。ありゃ『成長する武器』ってやつだ。その剣を打った者がいる。だから、炉はかならず存在するはずだ」


 なるほど。

 実際に作った者がいるのだから、炉が存在していなくてはおかしい。

 ふむ……

 だが、待ってくれ。


「成長する武器を作れるヤツが、そうホイホイいるのか?」


 俺としてみれば、そっちの方が驚きの情報なんだけどな。

 竜の蹄。

 この店の技術は確かだ。王都で一番の具足店となれば、それは世界一だと考えてもいい。

 その職人である彼が、成長する武具の作り方を知っているという話は理解できる。

 しかし、他にも製造法を知っている者がいるとは……

 なんとも考えにくい話だ。


「兄ちゃんは何か勘違いしているかもしれんが、間違いなくいるぞ。ドワーフの中では常識だ、とまでは言わんがな。それでも俺らみたいに古い世代のドワーフなら確実に知ってると思ってもいい。ただ滅多に打たんだけだ。いや、打てないっていうのが現実か。兄ちゃんみたいに、宝石をジャラジャラと持っているような冒険者なんていないしな」


 ヒゲドワーフはカカカと笑う。

 おとぎ話に出てきそうな、そんな笑い方だ。


「そう言われればそうなんだが……それでもさ。こう、普通は噂のように広まったりするもんじゃないか。それが一切もれてないのは、どうにも納得できない」


 人の口に蓋が出来ないように。

 そんな凄い武器が作れるドワーフがいるのなら、もっともっと話題になるはずだ。

 それこそ冒険者なら憧れるはずの武器でもある。

 成長する武器。

 成長する防具。

 誰もが憧れる存在ではないのか?


「いいや。やっぱり兄ちゃんは勘違いしているな」

「俺が?」


 あぁ、とヒゲドワーフは笑う。


「成長する武器も、成長する防具も。その聞こえはいいがな。だがそれらは絶対に――弱い」


 ドワーフは断言した。

 弱い、と。

 あぁ――

 ……なるほど。

 合点がいった。

 理解した。

 確かに俺は、勘違いしていた。


「どういう事ですか、師匠?」

「成長する武器を手に入れられる実力を手に入れる頃には、成長する武具を手に入れたところで、すでに手遅れってことだ。また初めからやり直さないといけない。いま持っている武器より、遥かに弱い武器になってしまう。さっきまで斬れていた魔物が、斬れなくなってしまうんだ。それは、冒険者にとって命取りだ。わざわざ高額なお金を出して買う意味は、ほとんど無い」

「えっと、じゃぁ強い人には無意味な武器とか防具ってことですが?」


 あぁ、と俺はうなづいた。

 意味はあるが、意義がない、という感じか。


「そうだな。俺には不要だ。仮に手に入れたとしても、辛抱強く使う気にもならん。売ってしまうだろうな」


 買い取ってくれるかどうかは分からないが。


「ま、そういう訳だ。それこそ、嬢ちゃんみたいな者にこそ意味のある防具だな」


 武器や防具と共に成長する。

 もちろん整備や補修は必要となってくるが、それでも買い替える必要もなく馴染みある物をずっと使い続けられるメリットは大きい。

 早ければ早いほど、それは有利に働くはずだ。


「俺には意味はない。だが、パルに作ってやるのなら、それが一番だ」


 俺は弟子の頭を撫でながら言う。


「しかし兄ちゃん。悪いが、俺には炉の伝手がない。一応は知り合いに話をふってみるが、ダメだと思った方がいい。悪いが本気で作るつもりなら兄ちゃんの方でも探してもらいたい」

「あぁ、分かった。炉に関しては、ちょっとばかり伝手がある」


 できれば使いたくないが……パルのためだ。仕方がない。


「なんとかなったら連絡するよ。俺たちは今、ララ・スペークラに世話になってる。そっちで何かあったのなら、そこに連絡してくれ」

「……兄ちゃんが何者かは知らんが、どこぞの豪商か何かなのか?」


 ヒゲドワーフの言葉に俺は手をヒラヒラとさせて否定した。


「ただの旅人だよ」

「はっ。そいつはいい。旅人と、その弟子か」


 どう考えても嘘だけど。

 ヒゲドワーフのおっさんはケタケタと笑って追及はしてこなかった。

 さすが商人。

 引き際は、完璧だな。

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