~卑劣! 成長するのは人かモノか~
俺がいま履いてるブーツは、この店……『竜の蹄』で買ったものだ。採寸からの特注であり、俺の足にジャストフィットしている。
以前、このドワーフ国の王都を訪れた際に情報を収集し、この店で作ってもらったものだ。
あまり防具を装備しない盗賊だが、ひとつだけ例外がある。
いや、こだわりと言った方がいいか。
それは具足。
いわゆる足回りの装備品であり、ブーツだ。
まぁ、ブーツに限定する訳じゃないので、別に靴でもいいのだが。
とにかく足だけはこだわらなくてはいけない。
理由はいくつかある。
まずひとつが足音。
できれば空中を飛んで移動したいくらいに、盗賊という生き物は足音を立てたくない。
潜入だけでなく、洞窟や遺跡など、人間だけでなく魔物にだって耳があるので、音はゼロに近いほうがいい。
加えて、滑り止め……グリップ力、というべきか。
素早く動くためでもあるし、相手の攻撃を避けるためでもある。
あとは、それこそ盗賊の命たる足を守るための防御力でもある。尖った石を踏み抜いてしまっただけで機動力を落としたくないものだ。
ただし、防御力を上げれば上げるほど重くなる。逆に軽くすればするほど防御力はゼロに等しくなっていく。
防御力と機動力。
それらのバランスが極めて優れているブーツを作ってくれる店は、この『竜の蹄』が一番だった。
「いらっしゃい。今日はどういったご用件でしょうか……あっ、修理ですか? それとも新しくします?」
店員のドワーフ少女が俺の足を見て言った。
別に特徴的なロゴでも入ってる訳ではないが……さすがに自分のところで作ったブーツは見抜けて当然か。
ドワーフ少女に見えるが……年季の入った熟練少女の可能性が高い。ブーツを見抜く眼も、具足商人には必要な能力だ。
「修理ではないが、メンテナンスは頼みたいところだ。それから――」
俺はパルに視線を送る。店内に飾られている靴やブーツ、サンプルとして展示されている靴底などを物珍しく見物していた。
「あの子のブーツを作って欲しい」
「ふむふむ。見たところ……人間のお嬢ちゃんだけど、いいのかい?」
店員が良い淀んだ理由は簡単だ。
人間の少女は、まだまだ成長途中という事だ。
つまり、すぐにサイズが合わなくなってしまう。そうなると、せっかく作ったブーツが無駄になってしまう可能性があった。
「そこは承知の上なんだが……なんとかなる方法はないかい?」
俺はダメ元で聞いてみる。
店員さんはカウンターで頬杖をついていたヒゲドワーフに視線を送った。
「難しい注文だな、兄ちゃん」
「さすがに無理か?」
「小さくなっていくならまだしも、大きくなるんではなぁ。余裕を持たせて作ったら今が合わないし、危ねぇ。だからといってジャストサイズにすると、成長した時に合わなくなる。都度、店に来てもらうなら方法が無いわけでもないが……」
俺は肩をすくめる。
「残念ながらここまで転移の巻物で来た。そう頻繁には来れないな」
俺は素直に情報を開示する。
言ったところで不利になるわけでもなく、むしろ経済状況や立場みたいな物を伝えることによって、引き出せる情報があるかもしれない。
「転移の巻物。ふむ」
よし。
餌に引っかかったぞ。
転移の巻物が使える立場や財産がある。
それだけで引き出せる情報のランクが上がるというものだ。
相手は商人。
お得意様をむざむざ見過ごす手は無い。
「兄ちゃん、『成長する武器』の話は聞いたことがあるか?」
ヒゲドワーフがぼそりとつぶやくように言った。
「――ふむ。聞いたことがあるな」
俺は、少しだけ間を置いてうなづいた。
「師匠……それって?」
パルが不思議そうな顔で聞いてくるので説明してやる。
「簡単な話、使えば使うほど強くなる武器だ。おおざっぱに例えると、毎日じゃがいもを切り続けた包丁は、じゃがいもに対しての切れ味があがる。ただし、にんじんの切れ味は最初のままだ。まぁ、全ての『成長する武器』がそうだとは言わないが……俺の知っている武器は、そうだったな」
勇者の持っていた剣。
それが、成長する武器だった。
経験を積めば積むほどに魔物に対しての攻撃力が上がっていく。その代わり、人間やエルフ、ドワーフといった魔物以外を対象とした時、まったく斬れなくなっていく。
今頃は、人間に対して傷すら付けられなくなった剣になっているはずだ。
勇者が持つのに相応しい武器だった。
「そ、そんな凄いのを作れるんですか?」
パルの瞳がキラキラと輝くが……その目を直視できないのか、ヒゲドワーフは手を横に振った。
「よしてくれ、嬢ちゃん。オレぁ、そこまで立派なもんじゃない。ただの靴屋だよ」
「ただの靴屋がそんな話をするもんかね」
ドワーフ少女がケラケラと笑った。
やはり、熟練の少女なのだろう。おばちゃん、という雰囲気を感じる。
「しかし店主。本当にそんなものが作れるのか?」
俺としては半信半疑だ。
成長する武器に対して、成長する防具。有り得ない話ではないが、そう簡単に作れるようなものではないはず。
もしも作れるのだとしたら、それこそ冒険者がこぞって装備しているはずだ。
ましてや、そんな技術があるのなら――こんなところで靴屋などやっているはずが無い。
王宮に抱えられてもおかしくはない。
「ふん。実際のところ『知っている』だけだ。知識があるだけで、実力はないぜ」
含みを持たせるヒゲドワーフの言葉に、俺はうなづいた。
「必要なものは?」
おそらく、店主は『成長する防具』の作り方を知っている。
いや、知識として得ている。
だが実行していない。
その理由は、簡単に予想できた。
材料だ。
製造方法があるのに実行していない理由など、それぐらいしか思いつかない。
もしくは、製造に必要な道具だろうか。
どちらにしろ質問はひとつで済む。
必要なものは?
それに対するヒゲドワーフは分厚い革手袋をはめた手の人差し指と親指を立てる。
「ふたつ」
必要となる物はふたつ。
「ひとつは宝石だ。魔力をため込む必要があるから、大量の宝石がいる」
古来より、石には魔力を封じる力があるという。特に宝石には魔力が貯めやすく、魔法使いたちや学者たちが研究に大量の宝石を必要としていると聞いたことがあった。
坑道で見かけた光を貯める鉱石も、その一種だろう。
宝石が必要となれば――手切れ金として持たされたのが役に立つ。
「ならば、問題ない」
俺はポケットに放り込んでいた宝石を取り出すとカウンターの上に適当に置く。
「……兄ちゃん。これはアレか? どっからか盗んできたか?」
「だとしたらどうする? せっかくのチャンスを見逃すことになるが」
「ぬぅ」
ヒゲドワーフは腕を組んで唸るように考える。
だが、そんな店主にパルは大丈夫だとばかりに声をかけた。
「師匠はそんな悪いことしてません! あたしを助けてくれたんですから。というか、師匠……こんな高いブーツ、あたし履けませんよ」
まぁ、普通に考えて最低でも宝石分の価値がそのブーツにあることになってしまう。
世界一高いブーツだろうな。
たぶん。
「成長に合わせて何度も転移の巻物を使うわけにもいくまい。それこそ二回ほど往復したら、その宝石分にはなるんじゃないか」
ただでさえ手に入らない物だ。
旅費的な物に換算すると、まだ宝石類の方が安い。
「兄ちゃんと違って嬢ちゃんはいい子だな。で、盗んでないのは本当か?」
「手切れ金なんだ。仲間に嫌われた」
俺は肩をすくめる。
これは本当のことだ。
それを疑われては、もうどうしようもない。
「ふん。嘘をつくから嫌われるんだぞ、若いの」
「そうだな。これからは正直に生きていくよ。そのブーツも俺じゃなくて、パルのだからな」
「ふぅむ。そうか」
ヒゲドワーフは、どうしたものか、とヒゲを束ねるようにいじる。
そんな店主に対して、熟練のドワーフ少女はにこやかに声をかけた。
「こんなチャンスもう二度と無いと思うわ。悪いことはしてないんでしょ、お客さん」
俺はうなづく。
「あぁ、光の精霊女王ラビアンさまに誓って」
「おや。信徒だったのかい」
変わった人間だねぇ、とドワーフ少女は笑う。
「ほら、大丈夫よ。神さまに誓って清廉潔白と言えるんだから、信用していいと思うわ」
いや……清廉潔白とまでは……
だって、ほら。
盗賊だし……
「分かった。兄ちゃんを信用しよう。それに、もともとお客さんだしな」
「そんなこと言って。ホントは作りたくてウズウズしてたくせに」
「う、うるせぇ!」
……なんだろう。
このヒゲドワーフとドワーフ少女。
実は夫婦なんじゃないか?
そんな気がしてきた。
「……それで、もうひとつは何がいるんだ?」
「炉だ」
炉。
「強力な火があつかえる炉がいる」
ヒゲドワーフは自慢のヒゲを束ねながら、俺に告げるのだった。
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