~卑劣! 絵と約束とブーツと~
翌日。
宿屋で一泊したイヒト領主と美人メイドが戻ってきた。この場合、戻ってきたという表現が適切かどうかはちょっと分からん。
もしかしたら、やってきた、の方がふわさしいのか。まぁ、学がないので言語表現には自信がない。
そんなことを思っていると、もそもそとパンを食べていた俺たちに領主さまが言う。
「私たちは城へ行くが、行き違いになるやもしれん」
と、宿の名前と場所を教えてくれた。それだけを告げると、ふたりは足早に城へと向かっていく。やはり時間を惜しんでいる様子だ。
それはそれとして、こちらも出掛ける準備は整っている。
「さぁ、行きましょう!」
一日経てば、もう他人ではない。
みたいな様子で、ララ・スペークラは明るく言って、今日こそ鍵を閉めて昨日と同じ道をたどった。
「師匠」
その途中に、パルが聞いてくる。
「昨日のギルマンは……どこから来たんでしょう?」
泉の中に潜んでいたギルマン。
周囲に海などは無く、どこからか移動してきたと考えるのが……まぁ普通か。
「魔物は、自然発生するんだ」
「自然……急に生まれるってことですか?」
俺はうなづく。
「人がいない場所、特に暗い場所で発生する。そう言われているが……まだ闇から魔物が生まれてくる瞬間を目撃した者は残念ながらいない。でも、そうじゃないと説明できない事が多いんだ。あの地上が苦手なギルマンが、遠い水のある場所から、わざわざ泉まで歩いてきたとは考えにくい」
見渡す限りの平原で、ピンポイントで泉を見つけるのも難しい話だ。
水に住む生物が、未知の平原を冒険するにはリスクがありすぎる。
「はい。あんなに弱いのだから、不思議でした」
「どこからか歩いてきたんじゃなくて、あそこで生まれたんだ。泉は広く、深い場所があっただろ? 日も当たらない場所で、尚且つ人が滅多によりつかない。そういう場所に、魔物が自然発生する……と、言われている」
「はっきりしない師匠ちゃんだ」
ララが横やりを入れてきた。
「しょうがないだろ。ホントにそう言われてるだけで、実は魔王が転移魔法でバラまいてる可能性だってある。まぁ、そんなことが出来るんだったらとっくに街に攻め入ってるはずだしな。それに、魔王領は暗いんだ。太陽の光が届いていない世界だから、魔物が多く生まれるとも考えられる」
「師匠は魔王領に行ったことあるんですか?」
……しまった。
つい、話過ぎた。
「ある。でも、魔王領に入ったことはない。遠目で見ただけだ」
「ほへ~。やっぱり凄いんですね、師匠は」
ありがとう、と俺はパルの頭をなでる。
「…………?」
何か思い出すような、そんな表情でララが俺を見るのだが、適当に顔をそむけておいた。
今さら勇者のことを思い出してもらっても困る。
ごまかすように、俺は先頭を歩くことにした。
坑道を抜け、丘を下り、泉に到着する。本日はギルマンもいないので、早々とパルは全裸になって泉に飛び込んだ。
「ふむ。昨日より良くなってる。良くなってるよパルちゃん。ふひひ。師匠ちゃん、ナイス」
パルの体型のことを言っているんだろう。
まだまだ骨が浮いてるが、多少はマシになってきている。
「俺じゃなくてイヒト領主に言ってくれ。お金は領主さまが払ってくださったぞ」
「さすが領主しゃま。貴族らしい振る舞いです。ふへへ」
噛んだことには一切触れないで、ララはキャンバスに向かう。こうなってしまっては、もう彼女は芸術家だ。
しばらくは集中してしまって、こっちの話はまるで届かない。なので、俺は周囲の警戒をする。
といっても、魔物の姿はまったく無かった。
久しぶりの休暇を味わうように、ノンキに過ごさせてもらうことにしよう。
「――ふぅ。キリがいいので、このあたりにしておきます」
午後を少し過ぎたところでララは筆を止めた。
パルといっしょにキャンバスを覗き込むが……この段階ですでに恐ろしいほどの美術性を感じる。なにが違うのか、と聞かれればうまく答えることは出来ないのだが、それでも凄いものは凄い。
「ララさん、凄いですね」
「ふへ。もっと褒めてもいいですよ?」
「天才です!」
「ふひひ。ありがとう。でも、パルちゃんが美少女のおかげです。わたしの想像だけでは、ここまで描けませんので。できればもうちょっと肉付きが良ければ」
キャンバスの中のパルは、現実とは違う。あばら骨は浮くことなく、悲壮な感じは微塵も感じられない完璧な肉体をしていた。
それは、写実性の中に含まれている嘘だ。
現実には無い要素。
それでも、絵の中の少女に違和感なんてない。
このまま数日経てば、パルが見せてくれる姿でもある。未来予想図のような姿を、ララはいまの時点で描いていた。
「もっと太ってれば、もっと上手く描けました?」
パルの言葉に、果たしてララはうめく。
「ん? ん~。いや、それはそれでヤバイかもしれない。そうなると直視できず……ぐふふ」
なぜかよだれをぬぐうララ。
その眼鏡の奥に見える瞳は、何故か非常に濁って見えた。
「気を付けろ、パル。あんまり近づくとララに処女を奪われるぞ」
「えっ!? ダメですから! 師匠のものですから!」
冗談なのに、本気にされてしまった。
「え、なにそれうらやましい。に、二番はわたしでいいですか!?」
冗談だったのに、ララも本気にしたらしい。
というか、どんなお願いだ、それ。
最低だぞ、ララ・スペークラ。
冗談でも言って良いことと悪いことが――
「師匠がいいのなら……」
「ダメだ」
いくら俺でも、パルの身体の自由を奪うつもりはない。という意味の『ダメ』だったのだが、そのままの意味になってしまった。
「ズルイぞ、師匠ちゃん! って、パルちゃんめっちゃ喜んでるし。ぐぬぬ。お、お金はらうから、ダメ?」
「やめろ。教育に悪すぎる。あとそういう意味じゃない。俺の許可とか、そういう問題じゃなくて、パルの問題だ」
「え~、師匠の物ですから、あたし!」
「し、しし、師匠ちゃんにお金を払えばいいかな? いいよね! いいんだよね!」
「師匠に払ったのなら、いいかな?」
「やった~。やりました。ふひ。楽しみだね、パルちゃん」
「はい!」
ダメだこりゃ。
まぁ、なんだかんだ言って普通に女の子同士が仲良しと思えばいいか。
ララの性格上、まったく打ち解けずに終わるかと思っていたが……案外ララから歩み寄っている感じがある。
まぁ、歩み寄り方が気持ち悪い方向なのでちょっとアレだが。
パルも路地裏で生きてきたので、ちょっとアレな方向に耐性が強すぎるが。
「うーん……」
やっぱり問題だらけなのか?
まぁ、いいや。
どうせ数日もすればドワーフ国から帰るし、気にする必要もあるまい。
そんな感じで、早めにララ家に戻ったこともあり、俺とパルは約束通りブーツを買いに行くことにした。
ドワーフの作る装備品はどれもこれも一級品だ。値段は高いが、買って損はしない。
冒険者たちの姿が多くある武器・防具店が並ぶ通りに移動すると、やはり活気にあふれていた。
血気盛んな冒険者たちだ。
装備品に命を預けるとあってか、その顔は真剣そのもの。生半可な物には目もくれないが、ここはドワーフ国の王都。その全てが一級品とあって、逆の意味で生半可では済まされない。
「確かこの辺りに……お、あったぞ」
パルを連れて、以前に訪れたことのある店を見つけた。
カランコロンとドアベルを鳴らして、入ると……
「いらっしゃいませ」
と、ドワーフ少女が出迎えてくれる。カウンターにはヒゲを生やした威厳たっぷりの男性ドワーフ。ふたりは夫婦なのか、それとも店長と従業員の関係なのかは分からない。
それでも、ドワーフの作る具足専用の店で、最高峰なのは間違いない。
「ようこそ『竜の蹄』へ」
果たして竜にヒヅメがあるのかどうか。
それは分からないが……
ここで取り扱っているブーツに、間違いはない。
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