~卑劣! 領主さまはうなだれる~
坑道を抜ける頃には完全に日が落ち、ララの家まで戻ってきた頃には完全に夜だった。
相変わらず遠目に見える工房の煙突からは煙が出ているが、さすがにトンテンカンと金属を打つ小気味良い音は控えめだ。
さすがに夜でも金属を打つ音が響いている街となれば、住民はおのずと出て行ってしまう。
夜には、やっぱり静寂がふさわしい。
「ふ、ふふ。うふふ。いい絵が描けそうです」
さすがに数時間で絵は完成しない。
しかし、ララは満足そうにキャンバスを抱えていた。
「パル、寒くないか?」
「大丈夫です。ほら、路地裏では布一枚でしたから」
我が弟子は自慢するように答えたのだが……
それは悲しくなるのでやめてほしい。
まぁ、本当のところ――布一枚で雨や冬を乗り越えていたのだと考えると、泉の中にある岩座で全裸でいるのは、寒い内にも入らないか。
スキル『耐寒』ぐらいは持っていそうな感じでもある。
まぁ、だからといって防寒具なしに雪山や冬の街を歩けるわけではないが。
「まぁ、それでも風邪を引いたら大変だからな。今日の夕飯は温かいものがいいか。どこかおススメの店に行きたいのだが?」
「――ダメです。食べにくいのでサンドイッチにしてください」
ララに却下されたので……
「却下だ」
その意見を却下しておいた。
ララは絵の続きを描きながら食事をするつもりらしい。
こいつに聞いたのが間違いだった。
「どこか食べに行こう。ついでに宿に泊まるか」
「えー!? パルちゃんはウチに泊まりますよね!?」
なぜかララがパルの腕にすがりつく。
ほんと、何歳なんだろうな、このドワーフ。
もしかしたら見た目通りの年齢なのかもしれない。でもそう考えると、恐ろしいまでの天才になるので納得したくもない。
「え、え?」
「パルちゃんの顔を見ないと続きが描けませんよ、師匠ちゃん」
場所は違えど、表情も違えど、モデル本人の有無は重要らしい。
果たしてそれは本心なのか、それとも美少女を隣に置いておきたいだけなのか……
残念ながら判別がつかなかった。
「わかったわかった。夕飯だけ食べたら戻ってくる。パルはそれでいいか?」
「はい、大丈夫です」
「さすがパルちゃん。師匠ちゃんはダメですね」
「なんでだよ。同志だろ? 仲良くしてくれよ」
もう嫌われるのは嫌なので。
「おっと、そうでした。じゃぁ師匠ちゃんもいっしょに……でへへへへ」
何をするつもりなんだ、ナニを。
そんなこんなでララの家の扉をスライドさせる。
中に明かりが灯っているところを見ると……イヒト領主は先に戻ってきているようだ。
「よく考えたら、鍵しめたか?」
「……忘れてましたね。うへへ」
まぁ、おかげで領主さまを外で待たせる心配は無かったので、良しとしよう。
「ただいま戻りました領主さま。遅くなって申し訳な――」
そう挨拶しようとしたのだが。
イヒト領主はがっくりと椅子に座ってうなだれていた。
まるで何もかも精魂を使い果たしたかのような姿に、俺は思わず隣に控えている美人メイドを見た。
「なにが……あったんです?」
もしや大失敗したのか?
絶望的に、致命的な失敗でもしてしまったのだろうか。
そう思ったのだが……
「なに、大したことないさ」
と、イヒト領主みずからが答えた。
「ちょっと予想外のことがあってな……王と謁見することになった……」
「えぇ!?」
パルが驚きの声をあげる。
無理もない。
俺も似たような感情だからだ。
イヒト領主は貴族だが、ドワーフ国とは縁がない。
その点で言えば、ただの客人だ。もっと酷い言い方をすれば、ただのよそ者と変わりない。
にも関わらず、ドワーフ王と謁見したという。
嘘ではない証明が、なによりイヒト領主の疲労だろう。よくみれば、美人メイドの彼女もそれなりに消耗しているようだ。
おそらく、謁見時にはメイドさんは席を外すことになったのかもしれない。イヒト領主のみが何の予定も計画もなく、ましてや覚悟する暇もない程の突然に謁見することになったんだろう。
「モ、モデルやってて良かったぁ……」
パルはつぶやく。
師匠たる俺も、まったくもって同意見。
パルを弟子にして良かったぁ……
もしも、の話になってしまうが。
パルを弟子にしていなかった場合、領主さまと行動を共にしていたと思うので、俺も謁見することになった可能性はある。
まぁ、そんな『もしも』の事なんてどうでもいいけど。
「領主さま。なにか美味しい物を食べに行きましょう。パルに温かい物を食べさせたいのですが、領主さまもいかがです?」
「温かいものか。そりゃぁいいな。肝が冷えたのは間違いない」
えぇ、と俺は肩をすくめながらうなづいた。
「ララはどうする?」
「わたしは続きを描きますので。あ、なにか食べる物を買ってきてください。では、わたしは絵を描きますので」
そう言って、そそくさと続きを描く準備をする。食欲よりも絵画欲、と言ったところか。そりゃ空腹で倒れてしまうのも納得だ。
「このララ・スペークラから良くぞ少女画を手に入れた、と王から直々に褒められたぞ」
「俺が王様でも、褒めます」
「ははは。私も王になぞ成るつもりは欠片もないが、きっと私もその者を褒めるだろうな。はは」
領主は乾いた笑いを浮かべつつ、立ち上がった。
「どれ。美味い店を探そうではないか、旅人よ」
「任せてください」
そう言いつつ、四人で家を出る。
適当な聞き込みをして、店を決めて、温かいスープと美味しい料理を食べつつ、イヒト領主の話を聞いた。
「建築士を紹介してもらえることになった。それが明日の話だ。準備を合わせて……あと三日ほどで帰れるだろう」
「分かりました。パルは、何かしたいことでもあるか?」
「んぐっ……ぷは。あ、あたしですか?」
危ない危ない。
またパルが大量にごはんを食べてしまうところだった。
話を振って適度に食べる手を止めさせないとな。
「あたしは別に大丈夫です。なんでも。美味しいごはんが食べられるだけで、嬉しいです」
「ふむ……あぁ、でも」
俺はひとつ気になっていた装備品がある。
「ちゃんとしたブーツを買っておいた方がいいな」
パルの足元。
それは、裸足よりマシな程度の皮と紐だけのサンダルのようなものだ。
盗賊たる者。
それなりに足元をおざなりにはできない。
「ブーツ……ですか」
「うん。買ってやる」
「ありがとうございます、師匠!」
どういたしまして、とパルの頭を撫でてやりつつ。
食事を進めるのだった。
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