~卑劣! やっぱり泉と少女の組み合わせと言えばアレ~

 無事にギルマンを一匹倒したパルだが……


「まだまだ観察力が足りないな」


 真っ先に飛び出してきた一匹に注意が向き、後から顔を出した残りのギルマンに気づかなかったようだ。

 まぁ、ちゃんとした戦闘という意味ではこれが初めてだったので無理もない。

 地上ではコボルト並に弱いギルマン。

 だからこそパルだけに任せた感じでもあるが……これが普通のゴブリンだったら、ちょっと危なかったかもしれない。

 最初の一匹目にパルが掛かり切りになっていた場合、二匹目からの不意打ちをくらっていた可能性もある。

 まぁ、それはあくまでパルが一人だった場合だ。

 仲間がいたら、その限りではない。というか、パーティを組む意味はそこにある。

 ソロの冒険者など自殺行為と同じだ。

 もちろん。

 パルが危なくなったのなら助けたので、怪我の心配はない。怪我なんて、しない方がいいに決まってるじゃないか。

 人間なんて包丁を持つ指を切った程度で精度が落ちるものだ。最低でも無傷、最高でも無傷というのが基本だと、俺は思っている。


「いえいえ。そんなことないですよ師匠ちゃん。むふ。えぇえぇ、美少女が戦う姿もイイですから、満点ですよ」


 戦うパルの姿。

 その見た目だけで、ララは満点をつけた。激甘な採点だが、俺がどうこう言う話でもないのでスルーしておく。


「師匠! わわわ。ど、どうしましょう。いっぱいです、いっぱいいますよ!?」


 大慌てで戻ってきたパルはナイフを構えながら俺と泉から続々と出てきたギルマンを交互に見た。弱いといっても、さすがに複数を相手するのは難しい。


「交代だ。今度はパルがララを守ってくれ」

「わ、分かりました!」


 頼んだぞ、と俺はパルの頭を撫でてからギルマンの群れに歩いていく。そのままナイフをスローイングすると、まずは一匹。

 外すことなく眉間……で、いいのかどうか分からないが、とにかく眉間と思われる部分にナイフは刺さり、倒れる。

 魔力糸を通してあるので素早く回収、次の獲物へ投げつける。


「パルへ教えるのはスローイングにするか……それとも弓か……」


 しかし、筋力の問題があるからなぁ。

 パルの細い腕ではスローイングでも威力が低い。投げナイフでは致命的なダメージを与えられない可能性もある。

 弓も同じく、引くにはそれなりの筋力が必要だ。扱えるが殺しきれないのでは、不都合が多くなる。


「難しいな」


 と悩みつつ、三匹目と四匹目もスローイングで倒す。面積が大きいのでギルマンは倒しやすいんだ。むしろゴブリンの方が小さくて難しい。


「やはりナイフが一番かな」


 俺は背中のホルダーからナイフを引き抜いた。

 投げナイフではなく、俺のメイン武器。

 シャイン・ダガー。

 盗賊が持つには、これほど不釣り合いな武器もない。

 光の精霊女王ラビアンさまの加護を受けた、いわゆるマジックアイテムだ。光属性を帯びた刀身は微妙に光を放つ。

 暗闇ではランタンやたいまつと並ぶほどの光源となるが……隠密性はゼロ。

 攻撃力というか切れ味は、かなりの威力でもある。精霊女王の加護を受けているだけに刃こぼれもせず、メンテナンスも容易だ。

 だが。

 だけども……

 残念ながらシャイン・ダガーの出番は少ない。

 ほんと。

 目立つ武器なんだよな。


「ほっ」


 そんなシャイン・ダガーを歩きながらギルマンに突き立てていく。トントントン、という感じで、さしたる抵抗もなく刺さっていくシャイン・ダガー。

 キラキラと輝く刀身は、白の軌跡を残しながら容易に魔物を倒していく。

 ギルマンの槍など、今さら刺さるほどの速さもない。なんならシャイン・ダガーで斬り落とせるほど安易な攻撃だ。


「ふん」


 勇者と共に魔物と戦ってきた経験。

 それこそ死にもの狂いで敵の攻撃を避けてきた経験が活きるというものだ。喰らってしまえば、当たってしまったら一撃で死ぬような攻撃の中で、俺はなんとかやってきたんだ。

 ――まぁ。

 それが『気がかり』という名の足手まといだっとは思う。

 後衛である神官や賢者からしてみれば、ちょこまかと動く鬱陶しいヤツ、みたいなイメージだったのかもしれない。

 だからこそ。

 ギルマンの槍なんて、刺さってやる訳にもいかない。


「よいせっ、と」


 地上では動きが遅い。加えて、腕が短く攻撃範囲が狭い。

 そんなギルマンの群れを、確実に倒していき……


「ラストだ」


 最後の一匹――泉の中に逃げようとしたヤツを投げナイフで倒した。


「……よし、大丈夫だな」


 盗賊スキル『気配察知』。

 周囲の魔物の気配を探索するが反応はゼロ。泉の中も注意しつつ覗き込むが、ギルマンや他の魔物の気配はなく、安全は確保できたようだ。


「問題ないぞ、パル、ララ」

「はーい!」


 一応、とギルマンの石を拾っておく。


「手伝います、師匠」

「ありがとう」


 パルもいっしょにギルマンの石を拾ってくれた。まぁ、リンゴ一個分くらいにはなったんじゃないかな。わざわざ冒険者ギルドに持ち込むには面倒だけど。

「これで絵が描ける。ふひ、ひひひひ」

 魔物の脅威なんてどうでもいい、という具合にララはさっそく持ってきていたキャンバス一式を広げ、絵を描く準備を始めた。


「ところで師匠。そのナイフ……」

「これか?」


 俺はパルにシャイン・ダガーを持たせてやった。


「おぉ~」


 キラキラと輝く刀身は、振ると綺麗な軌跡を残す。まるで空中に白い線を引いたように見えるので、パルは遊ぶようにぶんぶんと振り回した。


「欲しいか?」

「え!?」

「いや、楽しそうだったから」

「だ、だってこれ……すごい武器ですよね? 強いんですよね?」


 あぁ、と俺はうなづく。


「でも使いにくいんだよ。それ、めちゃくちゃ目立つだろ? というか使ってるとちょっと恥ずかしい」


 それこそ、美少女が使う方が『っぽい』んじゃないかな?


「いいんですか?」

「あぁ。考えてみたら弓も引けないだろうし、ボーガンの装填も筋力がいる。パルが使える武器は今のところナイフしかないと思ってな。だったら、軽くて使いやすいそいつが一番だろ。果物ナイフから始める理由なんか無いぜ」


 消耗品である投げナイフとシャイン・ダガー。後者の方が圧倒的に強いが……重さに差はそれほど無い。だったら、パルに持たせてやるのが一番だろう。

 筋力が上がれば、また別の戦い方ができるかもしれないが、コボルトとギルマンとの戦闘を見るかぎり、パルにはナイフが合ってそうだ。

 教えてもいないのに、ナイフの柄を踏みつけてトドメを刺したのは……それこそ、本能というやつだろうか。

 ちょっと教えてやれば充分に実戦で使えるレベルになれるはず。

 まぁ、あくまでレベル1程度、みたいなものだけど。

 そこから上に行くには、やっぱり経験を積まないといけない。どれだけ練習しようが、超えられないモノが実戦にはたくさんある。


「ふ、ふふ、ふふふふへ。なるほど、なるほど! うんうん、師匠ちゃん素晴らしいです。構図が、構図が湧いてきた。いえ、降ってきたというべきでしょうか。ふふ、少女とナイフ。しかも光るナイフ。これはいけません。いえ、イケます。ふ、ふふふふ」


 なぜかララがたぎっていた。

 分厚いレンズの眼鏡が曇っている。熱でも発しているのだろうか。いや、発しているんだろうな。

 正直言って……怖い。


「さ、ささぁ、さぁさぁ、弟子ちゃん。パルちゃんでしたっけ。ふふ、名前、名前を覚えましたよ。いいですか、いいですね、いいですよね」

「へ。あ、は、はい」


 押し迫るドワーフ少女の迫力に圧され、パルは訳も分からずうなづいた。

 いたいけな少女をかどわかす瞬間である。

 ……うん。

 俺は今、『言いくるめ』という名の犯罪行為を目撃している。


「い、いやだったら、ぜ、ぜぜんぜん断ってもらってもいい、んですけどー?」

「はぁ」

「ぬ、ぃで……」

「え?」

「ぬ、脱いで、ぃただけますかぁ……」


 なぜさっきまで強引だったのに、急にしおらしくなってしまうのか。強引にいけばすんなりと押し通せただろうに。

 いや。いやでも……

 ……うん。


「脱ぐんですか? はい」

「おっふぉー!」


 パルが簡単に了承したせいで、ララが奇妙な声をあげてしまった。

 ララ・スペークラが女性であって良かったとつくづく思う。

 こいつがドワーフの男であってみろ。

 ニヤけた顔で少女に脱げと迫るヒゲ面のドワーフだ。にちゃぁっとした笑顔に、唾液がねばつくようなイメージ。

 どう考えても最低な情景になってしまう。

 宮廷芸術家だろうが世界一の少女画家だろうが、俺が斃していた。

 間違いなく、俺が滅ぼした。

 うん。


「そ、そそ、それでですね。パルちゃん。にゅふ。えっと、裸になって……あの泉の中にある島? 岩場?  あの岩場に座って、ナイフをこう、顔の前あたりに持ってもらえる、かな。かな?」

「はい、分かりました」


 パルはうなづいて遠慮なく服を脱いでいく。

 ちょっと前まで布をまとっていただけの少女だ。まだ、裸というものにそれほど羞恥を抱いていないだろう。


「おー、ほほ、ほ……えー?」


 歓喜の声をあげるララだったが……残念だったな。

 そう!

 パルの身体は、まぁ見るも無残なガリガリだ!

 色気なんてゼロ!


「師匠ちゃん!」

「なんだ?」

「おまえ、ちゃんと喰わせろよ! それとも何か! ナニか! ナニしか食べさせてないのか、このロリコン野郎が!」

「そりゃおまえの発想だ、変態少女画家が!」


 といった具合にケンカになりましたが。

 それでも。

 ララ・スペークラは日が暮れるまで喜々として、危機迫る勢いで狂喜乱舞しながら、パルの裸体をキャンバスに描いていくのだった。

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