~可憐! 半魚人じゃなくて、魚半人?~

 師匠に言われて、あたしは周囲を見渡していた。ホントは泉の方を見ていたかったけど、そういう訳にもいかない。

 だって泉も怖いけど周りも怖いんだもん。

 見える範囲では泉以外には何もない平原だった。

 師匠の言う通り、魔物を発見してからでも充分に対処できるくらいには見渡せる。それでも、今いる場所が街の外っていうのは変わりなくて。

 なんだろう。

 裸で外にいる気分に、ちょっと似てる。

 壁一枚、布一枚あるだけで、なんかぜんぜん気持ちが違う。

 魔物は怖い。

 でも。

 そんな弱気なことを言っている場合じゃなかった。


「なんだろうね。なんだろうな。ちょっと楽しみ」


 ララさんは、なんというか不気味な人だ。人っていうかドワーフらしいんだけど、あたしとそう変わらない年齢の人間にも見える。

 ドワーフの女性っていうのは、みんなこんな感じみたいだ。王都でも、子どもみたいな女の人がたくさん働いていたのを見かけた。

 ヒゲは生えてないんだ、なんて思ったけど……よく考えたらドワーフの赤ちゃんとか少年はヒゲが生えてないんだから、女性にヒゲがないのは当たり前か、なんて思う。

 だって、人間も女の人はヒゲが生えてないんだから。

 あたしだって、髪の毛以外はなんにも生えていないんだから。

 ドワーフの女の人にヒゲがないのと、きっと同じ。

 きっと似たような物なんだ。

 そんなことを考えながら周囲を警戒していると、前から師匠が降ってきた。


「ふえぁ!?」


 びっくりしちゃって、あたしは大声をあげてしまう。


「どうした?」

「いえ、まわりばっかり見てて……そしたら師匠が上から降ってきたのでびっくりしました」

「後退しただけだ。これぐらいしか跳んでないぞ?」


 師匠はジャンプしてみせてくれる。

 だいたいあたしの頭ぐらい。軽く飛んでるだけだけど……これってめちゃくちゃ凄いんじゃないのかな……

 試しにあたしもジャンプしてみるけど……師匠の頭に手を届く程度しか跳べなかった。


「おお。師匠ちゃんはバッタの親戚?」

「残念ながら俺は孤児だ。もしかしたら父親がバッタだったかもな」


 そう言って師匠は肩をすくめる。

 バッタと結婚した女の人は、あまり想像したくないなぁ。


「それで、師匠。なにかいたんですか?」

「ギルマンだ」

「ぎるまん?」


 聞いたことあるような、無いような……?


「魚の魔物だな。通称『水ゴブリン』とも言われてる。そんなに強くないから、パルでも倒せるぞ」

「そ、そうなんですか」


 この流れは……たぶん……


「ほら、行ってこい。ララは俺が護衛してやるから、後方は気にするな。全力でやってみろ」

「わ、分かりました」


 師匠が大丈夫って言ってるんだから、大丈夫な相手なんだろう。

 魚の魔物で、水ゴブリン?

 ゴブリンはコボルトと同じくらい弱い魔物っていうのは知ってる。その水バージョンってことは、やっぱりそんなに強くないのかな。

 あたしは、ゆっくりと泉に近づいた。


「……う」


 コボルトの時と違うのは、バックスタブじゃないってこと。

 正面から魔物と戦う。

 心臓が、高鳴っていく。ドキドキして、息を吸うのが苦しい。

 手に力が入らない気がして、足元がおぼつかない。路地裏で、知らないおじさんに追いかけられた時も、こんな風に足に力が入らなくて、フワフワする感じがあった。

 怖い。

 でも。

 やらなくちゃ。


「――ふぅ」


 息を吐き、あたしは後ろ髪を払うようにしてホルダーからナイフを引き抜いた。

 小さな投げナイフの柄を掴むと……自分の手汗に気づいた。


「……」


 なにか、失敗してしまう気がしたので……先に対処しておく。

 魔力糸を顕現させて、柄に開けられた穴に通した。まだまだ太い魔力糸だけど、手のひらにぐるぐると巻いておく。

 これで、ナイフを落としたりしても拾えるはずだ。


「ふぅ」


 もう一度、深呼吸。

 できるだけ忍び足で泉へと近づく。まだまだスキルにも昇華できてない足運びだけど、しないよりマシだから。


「……いた」


 というより、目が合った。

 泉から頭……頭? 頭というか、身体というか……魚がこっちを見てた。薄い身体で、目が両端に飛び出すように付いて、こっちを見てた。


「きもちわるっ」


 魚の魔物。

 師匠の言葉通りの魔物だった。

 あたしぐらいの大きさの魚に、人間の腕が横から生えていた。その手が妙に生々しくて、気持ち悪い。

 そんなあたしの悪口が聞こえたのか、ギルマンっていう魔物が泉から飛び出してきた。バシャンと水を跳ねさせるように、魚人間が出てくる。


「パパパパパパパ」


 その姿は、更に気持ち悪かった。

 ぱくぱくと口をあけて呼吸しているのが気持ち悪い!

 ガニ股で地上に立っているのが気持ち悪い!

 その取って付けたような手で槍を持っているのが気持ち悪い!


「うへぇー」


 なにもかもが、気持ち悪い!


「ぱぱぱぱぱぱぱ」


 何事か言ってるようだけど、それって言葉なんだろうか。高速で魚の口が開け閉めされているだけで、喋っているようには思えない。

 と、とにかく。

 攻撃……してみよう?


「うわぁ!?」


 どうしようか、と考えていたら、ガニ股でギルマンがこっちに走ってきた。めっちゃ気持ち悪いし、怖い!

 あたしは持っていた投げナイフをギルマンに向かって投げた。まだスローイングの練習なんかしてないけど、ナイフはギルマンに当たった。

 そう、当たっただけ。

 ちゃんと刃が刺さってない。


「ひぃ!?」


 あたしは右方向へ逃げながら魔力糸をたぐりよせつつ走った。後ろへ逃げると、師匠に怒られそうだったので、こっちに逃げた。

 走りながらナイフを回収して――あれ?


「おそっ!?」


 ドタドタと走ってくるギルマンだけど、めちゃくちゃ遅かった。もしかしたら地上で戦うのは苦手なのかも?

 じゃぁ、なんで泉から出てきたんだ?

 なんて疑問はあるけど、でもチャンスだ!


「とりゃぁ!」


 あたしはギルマンに向かって突撃する。ギルマンは迎え撃つように片手で槍を持って構えた。

 でも、落ち着けばハッキリと分かる。

 腕、短い!

 どう考えても短い上に、槍もそこまで長くない。それなりに近づいても大丈夫。

 しかも、片手で持っているという事は――


「こっち!」


 反対側に移動すれば、安全だ。

 右手に槍を持っていたので、あたしはギルマンの左手側にまわった。平べったい身体が狙いたい放題だ。


「やあああああ!」


 隙だらけ!

 あたしは思いっきりギルマンの体にナイフを刺す。魚なんて切ったことないけど、鱗のちょっとした硬さを貫いて、ナイフが刺さった。

 感触は……コボルトより、よっぽどマシ。

 やっぱり魚だからかな。罪悪感みたいなのが、無い。

 というか、気持ち悪いし。


「ぐぱぱぱ。ぐぱ、ぱぱぱぱぱ」


 なにか言ってる。

 ギルマンは慌てて方向転換しようとするけど、あたしは思いっきりギルマンを蹴った。

 やっぱり地上は苦手なんだろうか、それだけでヨタヨタと足をもつれさせてギルマンは地面へ倒れる。

 弱い。

 ホントに弱い。

 海ゴブリンっていうのが理解できた。

 あたしでも余裕で勝てる。


「うりゃ!」


 倒れたギルマンにナイフを突き立てた。

 まだ動くので、あたしは思いっきりジャンプしてナイフを踏んづける。ズブリ、と深くナイフが刺さって、ギルマンは動かなくなった。


「やった!」


 倒せた!

 ギルマンはそのまま体を消滅させると、紺色の小さな石が残った。

 ギルマンの石だ。

 たぶん、めちゃくちゃ安い。簡単に倒せたので、きっとコボルトと同じくらいの値段しかないと思う。


「やりました、師匠!」


 あたしは少し離れた場所でララさんを守っていた師匠に報告する。


「よくやったパル」


 師匠はめっちゃ笑顔で褒めてくれた。

 でも。

 だけど、と師匠は続けて泉を指さす。


「観察力がまだ足りてないぞ」


 師匠に言われてあたしは泉を見た。

 そこには――


「きもちわるっ!?」


 まだまだ大量のギルマンが泉から半分だけ顔を出して、あたし達を見ていた。

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