~卑劣! やっぱり絵のモデルっていったらヌ――邪魔するのは誰だ!?~

 丘を下りていくと、泉が良く見えてきた。

 そこそこ大きな泉で、遠目からみても美しいのが分かる。水面は空の青を反射してる以上に青く見え、周囲の白い岩肌がより際立って見えた。

 川や海などから水が流入してきたのではなく、どうやら単体で存在しているらしい。

 さて、池と泉の違いはなんだっただろうか?


「あそこは水が湧き出てるの。だから、水がキレイでさ。そんな泉と美少女との組み合わせって完璧とは思わない、師匠ちゃん」


 ララの言葉に俺は適当な相槌を打つ。


「あぁ~、そうか。確か池は水が溜まっただけで、泉は地下から水が湧いて出てくるんだっけか」


 納得、と俺はララの言葉をごまかしておいた。

 しかし、芸術家の言葉には、おおむね同意ではある。

 それこそ泉にエルフなんかが立っているだけで、絵になるんじゃないかな。

 芸術の理解が浅い俺でも、それぐらいは容易に想像できた。


「師匠……?」

「どうした?」


 なんとなく不安そうな声色でパルが聞いてきた。


「ここって……外、ですよね?」


 パルが言う外とは、街の外、という意味だ。


「そうだ。魔物が心配か?」

「は、はい」


 パルにとって、外はこれで二回目か。転移した時は目前に王都があったので、カウントには入れなくて良いだろう。

 知らない土地での外となると、不安が大きいのもうなづける。

 特に、坑道を通ってきたので感覚的には王都からかなり離れたイメージだ。なにせ、振り返っても丘が邪魔をして王都の姿がひとつも見えない。

 人が住む気配が少ない場所というのは、それだけで不安が募るものだ。逃げ込むイメージができないというのもあるし、助けが来ない可能性が高いとも言える。

 まぁ、少し横にズレるだけで街は見えるんだけど。

 位置的には、見渡す限り人間の気配が無い場所と言えた。

 だからこそ泉の美しさがあるとも言える。

 難しい所だな。


「大丈夫でしょうか?」


 そう言いながら周囲を見渡すパル。

 そんな弟子に対して、俺は大丈夫だと笑ってみせた。


「森や障害物となる大きな岩とかがあれば注意だ。物陰に魔物が隠れている可能性がある。だが、ここまで広く見渡せる平原だと向こうの姿はバレバレだ。発見できない方が難しい」


 姿を隠せる草木や岩など見当たらない。

 魔物が襲ってくるにしても、充分に発見できる上に逃げるにしろ戦うにしろ、余裕をもって対処できる距離がある。


「唯一、注意するのは空だな」

「空?」


 パルは空を見上げた。

 もちろん、そこには雲が浮かんでいるだけで鳥すら飛んでいない。


「翼を持つ魔物が飛んでくる事がある。ワイバーンとか、ハーピーとか。塔の近くだと、ガーゴイルだったパターンもあったな」

「ド、ドラゴンとかは……?」

「見かけたことはあるが……あれは、どっちかっていうと神様に近い存在だ。魔物じゃないよ。もし見かけても、こっちが攻撃しない限り無視されるさ」

「無視、ですか」

「蟻を見て、パルはどうする?」


 アリ、とパルは首を傾げた。


「えっと……蟻がいるな、と思います。それだけで別に……」

「ドラゴンから見た人間が蟻だ。わざわざ食べようとも思わんし、踏みつぶす意味もない。そういう意味では、蟻よりもハチが正解か。余計なことして刺されたらかなわん」


 そんなものですか、とパルは眉根を寄せた。

 納得できないかもしれないけど、真実とはそんなものだ。

 ドラゴンは、わざわざ人間に噛みつくほど頭の悪い生き物ではない。むしろ人間よりよっぽど頭の良い存在だ。


「やっぱりドラゴンより美少女よね。あ、でもドラゴンと少女の組み合わせは素晴らしい。大剣と少女の組み合わせのように、大型の暴力とか弱き少女の組み合わせは最強ですよね。ふ、ふふふ、ふひひひ」

「……おまえさんは少女の他にないのかよ」

「無いです」


 きっぱり言い切った。

 強い。

 尊敬する。


「ほらほら、ドラゴンなんかより見えてきたよ師匠ちゃん、弟子クン。ふへへ。もうすぐ、もうすぐステキな物が見れるんだわ。でへへ」


 笑い方が不安定になってきたララ。というか、俺はまだしもパルの名前も覚えてないだろ、この芸術家サマは。

 美少女好きなんだったら覚えろよ、と言いたいが――


「ん?」


 向かう先の泉に、妙な気配を感じて俺は立ち止まった。


「師匠?」

「止まれ、パル。ララも下がれ。何かいる」


 泉は、かなり大きい。

 平原の中に、ちょっとした段差があり、その手前に円に近いような形で存在する。

 ここからでは深さは分からない。

 そんな泉に、波紋が立つ。

 何か、いた。


「パル。周囲をうかがえ。何かあれば叫べよ。ララ、何もするな。下手に逃げるなよ。あと叫ぶのも禁止だ。分かったか?」

「は、はい」

「わ、わかった」


 さすがのララも緊張感を持ってうなづいてくれる。

 俺はその場にふたりを残し、慎重に泉へと近づいた。

 見えてくる風景は――なるほど素晴らしい。

 透き通った水は空の青を反射するように染まっていて、真っ白な岩肌と相まって綺麗な風景となっていた。

 泉の中にも岩場があり、それらが白く栄える。浅いところの岩肌も白く見え、深いところは濃い青となって底は見通せない。どうやらかなり深い部分もあるようだ。

 そんな泉の中に――魚がいた。

 でも、ただの魚じゃぁ、ない。


「――なんだ」


 そう。

 魚に手足が生えた魔物。


「ただのギルマンか」


 ギルマン。

 通称、水ゴブリン。

 水生系最弱の魔物が、貧弱な三叉槍……トライデントを持って水の中から飛び出してきた。

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