~卑劣! 近道を抜けるとそこは~

 イヒト領主と美人メイドがララ・スペークラの少女画を材料に、建築士または橋職人を見つける交渉をしている間――


「こっち。ふひひ」


 俺たちはララの交換条件を飲まないといけない。

 やるべき事は建築士との交渉なのだが、もうひとつ仕事が増えてしまった感じだ。

 順番にこなしていては帰る時間も遅くなってしまう。

 イヒト領主も、そう簡単に建築士との交渉が上手くいく訳でもないので、まぁそこそこ時間があるのは事実。盗賊の出番は無いだろうし、ララの交換条件を飲んでおくのも悪くはない。


「時間はたーっぷりありますので」


 そう言って先頭をズカズカ歩いていくララは、城から出て門を抜け、そこを回り込むようにして崖の中へと向かった。


「ここは、抜け道か?」


 人がひとり通り抜けられる道がある。天然の洞窟よりはマシだが、それでも狭い道なのは違いない。

 ララとパルにとっては問題ないが、俺は少しだけ首を右へと傾ける。どうやらドワーフ専用の抜け道のようだ。人間とエルフに優しくない上に、有翼種は確実に引っかかる。

 身体を斜めにしつつ抜け道を通ると、すぐに坑道へと出た。


「わ、なんか光ってる」

「光苔……では、ないな。魔鉱石の類か?」


 真っ直ぐに続く坑道の天井部分に、等間隔で光る物が埋め込まれていた。剥き出しの岩肌には削られた後が見受けられる。その筋に沿うような形で光る石のような物が取り付けられていた。

 ランタンやたいまつの炎ではなく、魔力的な光で揺らめくことなく坑道を照らしている。


「あれは光を吸収する鉱石ですよ。砕いて絵具にしようと思ったら、光が無くなりました。残念です。えーっと、吸収した光をゆっくり吐き出すんだっけ? 名前は……忘れた」


 芸術家は気楽なものだ。

 周囲にはピッケルやスコップを担いだドワーフの姿がある。ここで多くの鉱石資源が取れるからこそ、ここにドワーフ国が建国されたのかもしれない。

 鉱石をよその街に運ぶだけで値段があがってしまうので安く材料を仕入れるのは、やはり地元がいい。

 そんな感じでドワーフが集まり、やがて街となり国となった。

 そう考えるのが自然だが……まぁ、国の成り立ちなど関係ない。

 いま、現在。

 どこで誰が何を思い、何をたくらみ、何をしているのか。

 その情報が重要なので、今さら国の成り立ちに反対する者はいない。それこそ、そんな怨恨など、とうの昔に絶たれた問題だ。


「こんな坑道の奥に描きたい風景があるのか?」


 ララ・スペークラはパルをモデルにしたい、と言った。

 ただし、それは風景付き。

 家の中ではなく、とある場所で描きたいと言ってきた。

 実際に描きたい場所にパルに立ってもらって、その風景込みで少女画を描きたいそうだ。

 しかし、坑道は真っ暗で岩の壁だらけ。

 どう考えても、風景ではない。


「いやいや、違うよ。ふひ。えーっと名前なんだっけ。なんとか師匠」

「エラントだ」


 うん覚えた、とララは適当な返事をする。

 ぜったい覚えてないだろ。


「坑道はただの近道。ここを抜けた先に、綺麗な場所があるんだ」

「ほへー」


 パルは坑道の中を見渡しながら気の抜けた返事をした。

 物珍しいのは分かるが、周囲の探索はして欲しいものだ。


「パル」

「なんでしょうか、師匠」

「一応は護衛に該当する任務だ。油断するなよ」

「あ、は、はい!」


 シャキっと背筋を伸ばすパルだが、そんな彼女に対してララは問題ない、と笑った。


「坑道の中に魔物は出ないよ。出るとしても、それはゴーレムとかそういうのしか聞いたことがない」

「ゴーレムが出るのか?」


 土の魔物、というイメージだが、実際は魔法によって作られた物だ。魔物ではなく、どちらかというと遺跡などのトラップの一種かな。

 大地に埋まってしまった遺跡を偶然にも掘り返してしまった場合、いきなりゴーレムが襲い掛かってくる、という話は……まぁ、無いとは言い切れない。


「ドワーフの中では有名な話だよ。ふへへ。わたしは、そんな不細工なゴーレムなんて作らないけど。ぜったい少女だよね。かわいいゴーレムをわたしは作るよ。ふひひひ」


 家の通路に並んでいた、今にも動き出しそうな彫刻を思い出す。

 あの技術でゴーレムを作れば……さぞ美麗なゴーレムになるだろうが。

 だが繊細すぎて、すぐに壊れそうだ。

 あくまで武骨で岩の塊のような存在だからこそ、強いし頑強なのであって。髪の毛一本までこだわった少女像のゴーレムは、壊れそうで怖い。歩く姿を見てもヒヤヒヤしそうだ。


「こっちこっち」


 まっすぐに進む坑道から少し右側へ逸れる。案内板らしきプレートにはドワーフ語で『上』と刻んであった。


「上?」


 その案内通り、地面は上り坂になっている。やがて進んでいくと階段となり、何度か折り返すような造りになっていた。


「あっ、外みたいですよ、師匠」


 外の明かり。

 太陽の光が見えてきたので、ようやく出口のようだ。

 軽い足取りでパルが階段を登っていく。その後を進み、ひぃひぃと喘ぐように階段を登ってくるララを待ちつつも外へと出た。


「ここは……城の裏側か」


 崖になっている反対側は、いわゆる丘だった。まぁ、山といっても過言ではないほど大きいが、岩盤がそのまま隆起したような場所だけに、草木は少ない。

 なんとなく山というより丘のような場所に、ぽっかりと穴が開いて魔物が侵入しないように厳重な扉が閉まっていた。


「牢屋みたいだな」


 格子になっている柵を見て、俺はつぶやく。


「師匠は牢屋に入ったことあるんですか?」

「あるぞ。あれは危なかった」


 言いたくもないので、俺は肩をすくめた。


「はぁはぁ、ひぃひぃ……こ、これだから、人間は、体力があるから、って、もう、ふぅ、ひぃ」


 遅れてきたララは息も絶え絶えに階段を登り切る。


「坑道こそドワーフの華だろう」

「わたしは、家で絵を描きたいの。綺麗なものを、綺麗に描きたいの。美しい夢を、見たいんだ、よ」


 ララは鍵を持っているらしく、格子に取り付けられた扉を開く。

 はれて、本当の外へと出ることができた。


「広いですね師匠! ララさん、ここで描くんですか?」


 丘の中腹という場所ではあるが、どこまでも続く平原を見渡すことができる。確かに素晴らしい風景だが、ここではない、とララは呼吸を整えながら言った。


「あそこ」


 そして、指をさしたのは丘を下った先にある場所だ。


「あれは……泉か」

「そう。綺麗な場所なんだ」


 なるほどね。

 ララ・スペークラ。

 彼女の魂胆が見えてきた。

 こいつ、パルを脱がせる気だ。

 間違いない。

 俺にはわかる。

 うん。

 分かってしまったのだ……

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