~卑劣! 宮廷芸術家の出す条件とは!?~
イヒト領主に渡されたのは、たった一枚の絵だった。
「これで本当に上手くいくのだろうか……」
不安そうに領主さまがうめくのも理解できる。が、意気揚々と先頭を歩くララ・スペークラ自身が言うのだから間違いないのだろう。
彼女は宮廷芸術家だ。
その仕事は、王族からの依頼を受けて芸術品を作ること。それが音楽家ならば曲であるし、画家ならば絵であるし、彫刻家ならば彫刻を納入する。
ララの場合は、絵も彫刻もできるので宮廷芸術家を名乗っているのだろう。
まぁ、ララ自身は名乗っていないが。
周囲がそう言ってるだけで、彼女は好き放題に絵や彫刻を創造しているだけ。偉そうな肩書が無ければ、とうの昔に死んでいただろうな。
「こ、こちらです」
俺たちは、画材道具一式を背負ったララを含めて城へと向かっていた。ちなみに俺は椅子を持たされている。まさか領主さまと美人メイドに持たせるわけにはいかない。パルに持たせてもいいが、俺が持つのが一番理にかなっているので自分で持った。
「師匠、持ちましょうか?」
「いや、問題ない。なんならパルをおんぶする余裕もあるよ」
「じゃ、じゃぁわたしが」
「なんでララを背負わなくちゃならんのだ」
「歩くの嫌なので」
「却下だ」
そんな会話をしつつ、お城へと向かう。
中央通りからそのまま続く崖。そこに、まるで埋め込まれるようにして城が建っているのだが、それは全て間違いだ。
真実は逆。
崖の岩を掘り進めて造られたのがドワーフの城――『ビードット城』だ。もちろんその名は、ドワーフ王の名であり、王都の名前でもある。
ドワーフ王、ワック・ビードット。
地面に付きそうなくらいに立派なドワーフ。という印象しかない。人間よりも長命な種族なので、俺が生まれる遥かな昔からずっと王様をしているそうだ。
何事もなく王の立場を続けている、ということはそこそこ優秀な王様なんだろう。
たぶん。
残念ながら俺は政治に詳しくない。
盗賊らしい裏の仕事は、それこそ政治に結び付く分野でもあるのだが……あまり関わりたくないものだ。
そんな城の前には不特定多数の入城を遮るために門があり、警備兵がその目を光らせていた。
もちろん屈強なドワーフの戦士だ。俺には到底扱えそうにない極太の槍を軽々と扱って、俺たちの前でクロスさせた。
「止まってください。旅人が簡単に入れる場所ではありませんよ。引き返してもらいたい」
で、もちろんの如く止められる。
旅人云々は、俺が先頭にいたせいだろう。
「ララ・スペークラの使いで来た。むしろ本人もいるが」
俺は後ろを指し示す。
「どこだ?」
「……あれ?」
肝心のララは俺よりも後ろ、更にイヒト領主の後ろに控える美人メイドの陰に隠れていたので、ドワーフ門番たちには見えなかったようだ。
仕方がないので強引に前に連れ出す。
「あんたが案内してくれないと、俺たち追い返されるんだが?」
「だ、だだ、だって……誰もわたしなんか覚えてないし……」
なにをイジけているんだ、このドワーフ少女は。
「宮廷芸術家なんだろ。城への出入りは許可されてるはずだ」
と、俺が門番にも聞こえるようにわざと大きな声を出す。
「失礼。ララ・スペークラとは本当ですか……?」
「ほ。ホントですよぅ……」
門番に聞かれ、ララは暗い顔で答える。
それと共に、ポケットから一枚のコインを取り出して門番に見せた。おそらく、通行証か何かと思われるが……それを見た門番は慌てて許可を出した。
「どうぞお通りください」
すんなりと通してもらったところ、やはり通行証なんだろうか。
「それは?」
「王様からもらったコイン」
「……そんな便利なものがあるんだったら、先に出してくれ」
名前を告げる必要もなかったろうに。
「というか、そんなもの盗まれたらどうするんだ?」
「大丈夫。ほら」
と、ララは俺に向けてコインを見せた。そこに刻まれているのは……たぶん、ドワーフの王だろう。残念ながら俺は謁見したことがないので予想でしかない。
そんなドワーフ王の目がぴかーんと白く光った。
「……なんだそれ」
「はい、美少女ちゃん。持ってみて」
「あ、はい。美少女じゃないです……」
「美少女だよ!」
人見知りなのか、そうでないのか。それとも美少女は人にカウントしないのか。なんとも微妙な反応を示しながら、ララはパルにコインを持たせた。
しかし、パルが持ってもドワーフ王の目は光らない。振っても、叩いても、空に掲げても、ちっとも光ることはなかった。
「選ばれし者しか光らないコイン。というか、わたししか光らない」
「なるほど」
専用の符丁、ということか。
誰かにコインを盗まれたとしても使えないし、意味がない。ララ・スペークラ専用の鍵、ということか。
さすがドワーフ。
鍵すらも理解不能な技術だ。
「凄いですね、これ」
パルはララへとコインを返す。ララが自慢するように俺へ向けてドワーフ王の目を光らせた。
「ふへへ」
「分かった分かった。というか俺は何も疑っていない。おまえさんの功績は充分に理解しているさ。後ろの領主さまに示してくれ」
「いや……その、えっと……」
この極限レベルの人見知りめ。おかげでイヒト領主が困ったように苦笑しているではないか。
「どうやって生きてきたんだか……」
「絵を描いて置いとくと、勝手に城の人がきてお金を置いて回収していくので。でへへ。あと、食料とかも勝手に置いてあるので、それを食べて生きてます。そういえば、ちょっと食べるの早かったかもです。気を付けないと。ふへ」
やはり放っておくと死ぬタイプの芸術家だった。
門を抜け、城の中へと入る。
その先はさすがの城内と言える内装であり、数々の美術品が通路に飾ってあった。そのどれもが素人目に見て一級品。
おそらく、見る者が観れば超一流なのだろう。
城の中には見回りの兵士の他、多種多様な人々が行きかっている。活気のある城、というのも珍しい気がするが、そこはドワーフの生きざま、というやつなんだろうか。
ここでもドワーフの姿は多いが、人間の姿もちらほらと見かける。
エルフの姿が見えないが、ゼロではないはずだ。むしろハーフリングを見かけないのが正しい『差別』とも思えた。
なにせイタズラ好きの種族だ。人間よりも短い生涯において、まともに寿命を迎える者が三割もいないとか、なんとか。
ハーフリングに城の管理や仕事を任せてみろ。一週間と待たずに崩壊するのは目に見えている。
芸術品が並んでいるのなら、言わずもがな、だ。
そんな通路を進み、大きな階段を登らず、そのまま一階を奥へと進んでいく。その先にある部屋へララは案内してくれた。
「わたしはここまで。ここから先は貴族さまの仕事です。わたしは嫌です。あとはお願いします」
「――ふむ、了解した」
ここまで来る間に交わした会話でララ・スペークラというドワーフを理解できたのだろう。
イヒト領主は、ふぅ、と一息つくと納得したようにうなづいた。
そして姿勢を正す。
いいかい、というララの視線にうなづくと彼女はドアをノックした。
「どうぞ」
という扉の向こうからの言葉を聞いたララは、扉を開けずそのまま先へ歩いていった。
「すまぬな、エラント、パルヴァス」
「いえ、領主さま。俺の伝手ではここまでみたいです」
「が、がんばってください」
パルの応援を受けて、イヒト領主は肩の力が入っていることに気づいたらしい。苦笑しつつ、肩をすくめてから、部屋の中へと入った。
美人メイドさんが深く腰を折って頭を下げてくれる。彼女も、領主さまの後を追うように部屋の中へと入った。
「ララ・スペークラの使いで参った。こちらの絵を納品したい。あと、少し個人的な頼みがあるのだが……」
そんな領主さまの声が聞こえたが……
「ララ・スペークラの少女画ぁ!?」
という中からの絶叫にも似た声がイヒト領主の声をかき消すように響き渡った。
どうやら、効果は抜群のようだ。
「良かったのか、あの絵」
俺はララに聞く。
「ふひひ。い、今からもっとイイ絵が描けると思うと……い、いや、この際、彫刻でもいいかな。ふふ。ひひ。楽しみ、楽しみ」
ララが出した交換条件。
それは、パルをモデルにすること。
たったそれだけでいい、と彼女は言った。
そして、部屋に飾ってある少女の絵を一枚だけイヒト領主へ渡した。
「この絵を渡せば、なんとかなると思う」
半信半疑だったが……さっきの絶叫を聞くとあながち間違いではなさそうだ。
「おまえさんの少女画、人気なんだな」
「ふへへ。少女はいつだって美しいんだよ。それは種族も関係なく、魔物だっていっしょ。だから、わたしの絵が凄いんじゃない。少女が凄いのよ。ねぇ、美少女ちゃん」
にっこり、ではなく、にちゃぁ、という不気味な笑顔。
そんな怖い笑顔を向けられた我が弟子は、困ったように俺を見るのだった。
「あきらめろ、美少女ちゃん」
「美少女じゃないです……」
「君は間違いなく美少女だよ!」
「あ、はい……」
ララに念を押され。
我が弟子は美少女を受け入れたのだった。
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