~卑劣! 視野狭窄型ドワーフ少女~
宮廷芸術家ララ・スペークラ。
その名前の通りスペークラ(眼鏡)をかけた少女ドワーフが床に倒れていた。少女、と言ったがドワーフの年齢は子どもだろうが大人だろうが、人間には良く分からない。
特に女性は、それこそ少女も大人も小さな女の子に見えるので、ララの実年齢が何歳なのかは聞いていないので分からない。
もしかしたら百歳を超えている可能性もあるが……基本的に『少女』と表現しておけば怒られる心配はないだろう。
どうにも、人間は他種族の年齢を看破する能力が低すぎる。エルフやドワーフは、ちゃんと相手のおよその年齢を把握できるみたいなので、人間が短命過ぎるのが問題なのかもしれないな。
基本的にはどの種族も若く見られると嬉しいものだが……ドワーフの男性に『少年』と使うとちょっと怒られてしまうので注意が必要となる。
立派なヒゲですね、と言っておけば少年も老人も喜んでもらえるので、年齢よりもヒゲに注目したほうが良い。
盗賊流処世術、というやつだ。
「わたしは……生きてる? 死んでる……? どっち?」
ぶあついレンズの眼鏡の向こうで、死にそうな顔のララが倒れたまま俺を見た。
どう見ても脱水症状を起こしている。
おそらく、寝食を忘れて作品作りに没頭していたのだろう。気が付けば動けなくなるほど衰弱していた、と予想できた。
「まだ生きてるぞ」
俺はせっかく補充したばかりのスタミナ・ポーションの瓶を開け、ララの口の中に押し込む。んぐんぐ、と砂漠に水を垂らしたように吸収していくララ。
みるみる顔色が回復していくのは、ドワーフという妖精に属する種族なのか、はたまたララが特別なのか。
「ぷはぁ! 死んだと思ってた」
その独特の言い回しにララは起き上がると、俺に向き合うことはなく――近くに落ちていた筆を手に取りキャンバスに向き合った。
そこにはひとりの少女の姿が描かれている。胸像、というのかな。エルフらしく耳が葉のように尖っているが、年齢はそれこそ幼い印象を受けた。というのも描かれている少女エルフは裸で、小さな胸のふくらみが見て取れた。
「むふ」
ララは不気味に笑いながらキャンバスに筆を走らせる。
恐ろしいのは、その写実性だろうか。
もちろん、モデルなんかいない。キャンバスの向こう側には何も無い。ララ・スペークラの頭の中だけに存在するエルフの少女。それが、まるで見てきたかのように迷いなく描かれている。
平面のはずなのに、立体に感じた。
それに、絵画から熱すら感じられるほどに――巧い。
「すごい」
いつの間にか俺の横に立っていたパルは思わず覗き込むように絵を見る。
「彫刻もそうだが、絵も素晴らしいな」
イヒト領主もララの描く絵を覗き込み、そして部屋の隅に乱雑に置かれた絵を見まわした。
失敗作のように置かれたそれも、一流を超えた超一流の絵だ。
動物から風景、はたまたリンゴを一個だけ描いた小さな絵もある。
それらは一応とばかりに適当な額縁に入れられて捨てるように部屋の端っこに置いてあった。
「少女画が……多いのだな」
そんな素晴らしい芸術品の中で、少女の絵だけは別格の扱いになっている。
豪奢な額縁に入れられて、きちんと飾ってあるのだ。
人間からドワーフからエルフにハーフリング。キワモノの種類に入るが、ラミアやヴァンパイアの少女まで描かれていた。
それら少女の絵は、落書きのような物から鉛筆で描かれた下書きでさえ額縁に入れられて飾られていた。
もうそれを見ただけで、このララ・スペークラの趣味が分かるというものだ。
しかし、今は芸術品を買い付けに来たわけでも、少女の絵を鑑賞に来たわけでもない。
「ララ、頼みがある」
「うん。なんでしょう?」
こちらを見ることなくララは応える。
「ドワーフで一番の建築士を紹介してくれ。もしくは、治水に優れた者でもいい。なんだったら、それにつながる人物でもいいんだ。誰か紹介してくれないか」
「嫌です」
なっ!? と、イヒト領主が驚く声をあげるが――俺は大丈夫だ、と手で制した。
「お前さんが外に出たり、挨拶したり、そういうのはまったく必要ない。最初のとっかかりだけでいいんだ。要はキッカケが欲しいだけなんだ」
「……それなら、大丈夫かも?」
ララというドワーフは、どっちかというと前へ出ていくタイプではない。引きこもって自分の趣味に没頭するタイプの芸術家だ。
むしろ、社交的からは正反対の位置にいるので、彼女が直接紹介してくれるとは初めから思っていない。
さっき倒れていた通り、一度作品に没頭すれば寝食を忘れるほどの芸術家だ。逆に言えば、生きるのに向いていないとも言える。
彼女にもう少し才能が無かったら、今頃とっくに死んでいるだろう。
恐ろしい才能があったらからこそ、生かしてもらっている。
もっとも――
仕事と本当の趣味への熱の入れ方は、まったく違うようだが。
「……って、あなた誰? あれ? ひぃ、知らない人がいっぱいいる!?」
そこでようやくララは俺たちに気づいたのか、驚く声を出してキャンバスの後ろへと隠れた。
身長も低いが、ロクに食べていないせいかパルとそんなに変わらない体型をしている。
逃げるのも遅く、よろよろとしていた。
ドワーフの種族特性でもなく、単純に体力が底をついているからだ。今はスタミナ・ポーションで強制的に動いているだけ。
神の奇跡が切れると、また倒れてしまう。
「俺だよ。前に助けてやっただろ?」
勇者といっしょに居た、とはパルや領主さまの前で説明しにくいのでボヤかした。
「ん?」
分厚いレンズの向こう側で、ララは目を細める。見えていないのではなく、俺の顔を思い出しながら見ている。
眉間に皺を寄せているのは、男の顔など凝視したくない表れだろうか。
そうでない事を光の精霊女王さまに祈りたい。
「あ、あぁ。あぁあぁ! お、思い出しました! あなたは同志ですよね。うへへ」
ララは気持ち悪く笑った。
うん。
同志は、なんとなくオーラで分かるもんな。
「同志? 師匠も何か描いたりするんですか?」
う。
弟子の純粋な瞳が俺をつらぬくが、俺が否定するよりも早くララがパルに喰いついた。
「な、なんですか、この美少女!?」
「え!?」
ララは、ようやくちゃんとパルの姿を見たらしい。
対人関係が超が付くほど苦手な彼女は、だいたい他人の顔を見ていない。おそらく、勇者の顔も賢者も神官も戦士も、俺以外の顔は覚えていないだろう。
ララと趣味が合った俺だけが、彼女とこっそりと親睦を深めたのだ。
まぁ、恋愛とかそっち方面には向かないというのが確実だったので、ララも心を許したのかもしれない。
「同志! 同志えーっと、名前なんだっけ?」
「エラントだ」
こいつ、俺の名前を忘れてやがったな。
まぁ、ちょうどいいや。
「同志エラント、この娘は同志のアレか?」
「弟子だ」
「弟子です」
「弟子かー! くー!?」
なぜか残念そうにララは眼鏡の上から手で顔を覆った。指紋が付くのに、いいのか。いいんだろうな別に。
いまさらそれを気にするドワーフでもないか。
「よし、師匠エラント。弟子に命令してくれ」
なにをするつもりなのか理解できるが、それはまた後の話だ。そもそもパルの後ろに領主さまと美人メイドもいるのだが、完全に眼中に入ってないな。
「その前に、こっちの用件も聞いてくれよ」
「用件?」
こいつ、本当にダメだな。
俺は後ろに控えていたイヒト領主と美人メイドを改めてきちんと紹介する。そういえば、美人メイドさんの名前を聞いていないや。まぁ、いい。
「ララ・スペークラ……さん。頼む、我が街の危機なのだ。是非とも建築士、または橋職人を紹介してもらえないだろうか?」
イヒト領主が頭を下げる。後ろで美人メイドも頭を下げた。
「――ふひ。いいですよ」
ララはちらりと俺を見て、それからパルを見てから不気味に笑った。どう見ても、俺とパルに何かさせるつもりだ。
「ただし条件がありますよ」
貴族さま相手に平気で口をきくのは、王族を相手にしているからだろうか。それとも、芸術家という生き物は、自分の趣味が最優先であって、相手の立場とか貴族だとか王族だとか、そういうのはどうでもいいのだろうか。
ララ・スペークラ。
彼女は、その名前にもなっている分厚いレンズの眼鏡をクイっとあげながら、条件を告げるのだった。
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