~卑劣! ドワーフの国の変人作家~
大きく切り立った崖をくり抜くようにして、そのお城は建っていた。
いや、よくよく見れば、崖と城の一部がつながっている。
つまり、大きな岩盤を掘ったのではなく、直接崖をくり抜くように彫っていったのが、ドワーフ王の居城となっていた。
言ってしまえば、巨大な彫刻アートの中に住んでいるようなものだ。
「すごい……」
パルが思わず声に出してつぶやくが、イヒト領主も同じ表情だった。美人メイドの彼女も表情こそ変えてないが、その城に圧倒されているのが分かる。
もちろん、俺も勇者も初めて見た時には同じ表情をしていた。慣れてしまえば驚きこそしないが、それでも素晴らしい芸術品の類だとは思う。
「ドワーフという種族は、やはり素晴らしいのだな」
遠くから城を見ただけで、その技術力がありありと理解できてしまう。それがドワーフという種族の特徴でもあった。
人間より長く生き、エルフよりは寿命が短い。
小さな身体に長いヒゲ。そのずんぐりむっくりな肉体に反して、手先は恐ろしく器用。ただし、足の遅さが災いしてか、彼らは盗賊には向いていない。
もしもドワーフが盗賊に成れたなら、この世のありとあらゆる罠は意味を失ったのではないか。ただし、仕掛ける側もドワーフであれば、その限りではないが。
「見物でもしますか、領主さま」
すでに何度も見てきたので、初見の感動は思い出せない。だからこそ、俺が時間を区切るべきだろう。
「素晴らしい提案だが、時間が惜しい。案内してくれ」
「はい。いくぞ、パル」
いつまでも大口を開けている弟子に声をかけ、俺を先頭にしてドワーフ国の王都へと向かう。
崖に彫られた城を取り囲むようにして半円の壁がある。
街道に続くそこには巨大な門があり、入り口で警備兵がチェックをしていた。幸いにも列は少なく、スムーズに入れそうだ。
「こんにちは、旅人殿。お連れはひとりかい?」
「いや、この後ろの――貴族さまの護衛だ」
「おっと、そいつは失礼した」
ヘルメットを目深にかぶったドワーフの警備兵が、軽口のように言う。視線の種類は疑いのもの。そりゃそうだ。貴族さまが歩いてくる訳がない。
普通に考えれば馬車か、大勢のお供を連れているはずだが……メイドひとりだけ、というのは逆に怪しくも感じられる。
「忙しいところすまぬ。急ぎの用事でな。私はパーロナ国のジックス領から来た、イヒト・ジックスだ。これを」
ちらりとイヒト領主は懐から指輪を取り出す。それを警備兵に渡すと、警備兵はその内側を検めた。
「これは……失礼しました。どうぞ、お通りください」
うやうやしく指輪を返すと、警備兵はすぐに門を通してくれる。
「それって何ですか?」
そろそろ貴族の存在感にも慣れてきたのか、パルが質問した。
「王様からもらった指輪だ。内側に王と私の名前が刻まれている。そこまで価値があるわけではないが、一番簡単に私を証明してくれるものだ」
王の名を騙ることは重罪である。
それは別の国においても有効なものだ。
どんなに大悪党でも、天下の大詐欺師であってもやらない事のひとつでもある。それはメリットよりも、遥かにデメリットが上回る行為であり、やった人間は後世に名を遺すことになる。
天下の大マヌケ、として。
だからこそ王の名が彫られた指輪というだけで、それなりの存在証明にもなる。
イヒト領主の指輪は、貴族の証明としてはそれ以上ない程の一品だ。
「少々歩きます」
「分かった」
ドワーフの国、というだけあって王都の中はドワーフの姿が多い。それに加えて、やたらと煙突が多く、そこからは常に煙が出ている家が多かった。
しかし、王都は王都。ドワーフだけでなく人間もエルフもそれなりに見受けられる。逆に大通りだというのに屋台が少ないのは、名物料理的なものが無いせいかもしれない。
ドワーフは料理よりも武器や防具、アイテムといった物を名産とした。食べ物よりも加工品がメインとなっており、むしろ屋台でお土産として細工を売っている店もある。
それらを見ながら俺はかつて勇者たちと共に歩いた道を思い出し、商業区の奥へと向かう。
冒険者の姿が目立つ武器防具屋が並ぶ通りを越えると、今度はトンテンカンと金属を打つ音が聞こえてきた。
その小気味良い金属音は、いわゆる工房から聞こえてくる。
武器や防具をこしらえる金属を打つ音はドワーフ国の名物でもあるが、居住においてはこれほど向いてない王都もない。まぁ、騒音に配慮して工房区と居住区はかなりの距離が離してあるが。
そんな工房が集まる区域を更に進んだ先。
王都の端とも言える場所で、俺は足を止めた。
「ここに建築士が?」
こじんまりとして一軒の家。
工房ではなく、煙突もない……味気ない家だった。
「いえ、違います。ここに住む者に、仲介してもらいます」
「なるほど」
と、イヒト領主が納得したところで俺は木製のドアを叩く。今にも壊れそうな雰囲気のある扉だが、その見た目に反して頑丈な音が響いた。
木に見えて、実は金属にそんな塗装をしているだけ。
という、家主の奇妙さを表したドアだ。
「……留守でしょうか?」
美人メイドがそうつぶやくが、俺は遠慮なくドアをスライドさせる。押すのでもなく、引くのでもない、横へのスライド。どう考えてもマトモではない住民が住んでいるのが理解できるというものだ。
後ろでびっくりしてるパルと領主に苦笑しつつ、中の気配をうかがうと……
「いるな」
奥にひとりの気配がする。
ドワーフ用の家なので、ちょっとだけ低い天井を意識しつつ、俺は中へ入った。
「うわ、すごっ!」
「これは、見事なものだ……」
「すごいですね」
俺の後から続いた三人は、一様に感嘆の声をあげる。
家の中には、たくさんの彫刻があった。それらは通路に雑な感じで並べられており、全て動物の姿をしている。そのひとつひとつが今にも動き出しそうな程にリアルな作りだった。
このまま草原にでも置けば、全て本物に見えるのではないか、というぐらいの出来栄え。それこそ、神の領域に片足を突っ込む勢いだ。
そんな動物たちが、まるで放置されるように狭い廊下に並んでいた。一級品を超えた特級品の扱いとしては、これほど雑なことはない。値段をつければ、それこそ遊んで暮らせるであろう品々が埃をかぶるような感じでたたずんでいた。
「むぅ。雑に置かれているが……しかし、これは素晴らしいな。最早、芸術の域を超えている。魔法の領域……いや、これが神の領域か……」
「ほ、本物なんて見たことないけど……でも、分かる。これ、本物にぜったいそっくりだ」
意外にもイヒト領主とパルの趣味は合うのかもしれない。
ふたりとも瞳を輝かせて彫刻作品を見ていた。
放っておいたら一日中、その場で見学を続けそうな勢いに俺は肩をすくめる。
仕方がないので先に進む。
「すまない。生きているか?」
そう声をかけ、廊下の先にある部屋へと到着する。
そこには――
「……生きてる……わかんない……うぅ」
ドワーフの少女が死にそうな顔をして倒れていた。
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