~卑劣! 転移の巻物、その裏技~

 一階へと降りたイヒト領主は、そこに控えていた執事風の男に声をかけた。


「私も同行する。おそらく建築士、または橋職人かその類の者を連れ帰ることになる」

「分かりました。では、その予定で指示を出しておきます」


 なにかしら織り込み済みだったようだな。

 執事はさしたる驚きもなく、予定通りといった感じで慇懃に頭を下げた。


「頼んだ」


 それだけを告げると、イヒト領主は外へと出る。後ろに美人メイドがひとり付き従い、執事風の男は頭を上げると俺とパルへと向き直った。


「いってらっしゃいませ」

「ありがとう」

「あ、ありがとうございます」


 執事風の男に挨拶すると、彼はにこやかに笑顔をくれた。

 年齢は、初老といったところか。落ち着いた雰囲気ではあるが、物腰というか背筋がピッシリと伸びており、老いを感じさせない。

 前回来たときに姿が見えなかったのは……忙しかったんだろう。優秀であれば優秀なほど、屋敷の中に留まっている理由がなかったと思われる。

 もしくは、転移の巻物を入手してきたのは、彼の仕事だったのかもしれない。


「旦那さまをよろしくお願いします」


 背中にかけられた声に足を止めずにうなづいた。

 失敗する余裕も時間も、すでに無いっていうことだ。


「すまないが、彼女も連れていくぞ」


 外に出たイヒト領主は美人メイドを示す。


「本来なら護衛を雇いたいが……その時間と手間が惜しい。君はどれぐらい出来る?」

「俺ですか? まぁ、領主さまを暗殺するくらいなら簡単にできます」


 美人メイドの眼光が鋭くなるが、領主さまは笑った。


「なるほど。なら、逆も完璧というわけだな」

「えぇ、お任せください」


 簡単に暗殺できるのならば、その暗殺方法は全て把握できる。把握できるということは、防ぐことも可能だ。


「いざとなったらわたしが命を張りますので。壁の一枚としてお使いください」


 それでも、美人メイドは頭を下げる。

 メイドって……そこまでする職業だったか?

 おそらく、メイド服を着て、メイドみたいな仕事をしてるだけで、この美人の本来の仕事は別なんだろう。

 護衛。

 もしくは、古くからの契約。

 そのあたりが濃厚か。

 イヒト領主は貴族であり、貴族とは王族から認められた者となる。しかも、土地まで与えられたと考えると、その功績は相当に大きいのだろう。

 その際に彼女の一族となんらかの縁があったのかもしれない。

 それこそ、義の倭の国のように。

 恩を義で返しているのかもしれない。

 もっとも――それは想像でしかないけどね。


「分かった。いざとなったら、遠慮なく使わせてもらう」


 まぁ、そんな事態が起こるような仕事ではないので心配はいらないだろうけど。


「よしなに」


 美人メイドは納得するようにうなづいた。

 うむ、と領主さまもうなづく。

 しかし。

 今から行くのはドワーフの国だ。その情報は、一切外部に漏れていない。なにせ、ついさっき決まったばっかりだ。

 イヒト領主が誰かから命を狙われていたとしても、暗殺が不可能なほど遠い場所となる。それこそ転移の巻物か魔法が無いかぎり、ぜったいに追いつけない距離だ。

 なので、現地の問題さえ気を付けていればいい。

 まぁ、そこまで長居はしないと思うけど。

 向こうでトラブルが無い限り、安全は普通に確保されている。ドワーフ国の王都は、そこまで治安の悪い場所でもないし、魔王領からは遠く離れているので、魔物の心配もないだろう。


「では、頼めるか」

「はい。では、念のためにこれを」


 俺は背中に垂らしている聖骸布の端をイヒト領主と美人メイドに手渡した。


「手首に結んでもらえますか」

「分かった」


 ふたりは素直に聖骸布を手に結び付ける。


「師匠?」


 なにをやってんだ、みたいな感じでパルが聞いてきた。


「これが転移の巻物の裏技だ。使用者と繋がっている者は全て効果対象になる」


 まぁ、当たり前の話みたいなものだ。

 なにせ本人しか転移できないのであれば、服や装備品はその場で落としていくことになる。

 しかし、転移は本人の持つ服もアイテムも装備品も全て効果範囲としてくれる。つまり、繋がっていれば何人でも一枚の巻物で転移できるというわけだ。

 もちろん、人数が増える分リスクは上がっていく。

 転移先に重なる物が無いこと。

 それが条件だ。

 仮にだが、国中の人間をロープでつなぎ、全員を別の場所へ一気に転移することは理論上は可能である。

 ただし、その場合は全員が転移先に何も重なることなく、それこそ木や岩、壁、動物などなど、それらと一切重ならなければ転移が発動する。

 まぁ、ようするに。

 少人数だと、あまり深く考えずともこうやって移動できるということだ。


「あ、あたしはどうすれば……?」


 背中に垂れてる聖骸布の両端はすでに領主とメイドが結んでしまっている。

 だったら、ひとつしかない。


「ほれ」

「え?」

「俺に抱き着いとけ」

「あ、なるほど」


 パルはぴょんと跳ねると俺の首に腕をまわし、足を腰に巻き付けるようにして抱き着いた。

 まだまだ軽いので、まったく苦にならないのは……少し悲しいな。

 ま、すぐにでもマシになるだろう。

 太り過ぎには注意しないといけないが。


「絶対に離すなよ」

「はい!」


 問題ないか最終チェック。

 領主よし、美人メイドよし、弟子よし。


「国の入り口の、少し離れた場所に行きます。よろしいですね、領主さま」

「なに。健康のために少しは歩かんとな」

「えぇ、それがよろしいかと」


 俺は苦笑しつつ、イヒト領主から転移の巻物を一枚受け取る。

 ごくり、と顔の横でパルが生唾を嚥下した。


「行きます」


 左手でパルのお尻を支えつつ、俺は右手だけで巻物を留めている紐を解いた。

 それだけで特殊な紙に封じられた魔法は発動する。

 あとは行き先を思い描くだけでいい。

 ドワーフの国。

 切り立った崖に、洞窟のように掘られた巨大な空間に建つ城。その手前の、街道を思い浮かべ、俺は巻物を広げた。


「うわ」


 途端に巻物は光り、まるで燃え上がるように消失した瞬間――

 俺たちの身体はちょっとした浮遊感に包まれるのだった。

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