~卑劣! 第三の選択肢~

 領主からの依頼。

 それは、いわゆる身辺調査だった。


「王都には、優良な建築士がふたりいる……と、聞いている」

 イヒト領主は、曖昧な感じで言った。

 いや、曖昧な情報だからこそ俺が呼ばれていると思った方がいいだろう。明確な情報が分かるのであれば盗賊の出番など無い。


「そのどちらがより優れた建築士か。それを調べればいいのですか?」


 あの暴れ川に橋を架けるのだ。より優れた橋職人を選ぶ方が良い。どこを見て、どっちが優れているかを判断するのは難しいが……

 しかし、俺の質問に領主は首を横に振った。


「いや、そうではない。どうにもきな臭い噂を聞いたのだ」

「ほう」


 俺は思わず前のめりになり……慌てて、元に戻った。油断すると、すぐに育ちの悪さが出てしまうのは俺の悪い癖だ。

 言葉遣いも気を付けないといけない。このあたり、勇者はちゃんとやっていたよな。貴族にもきっちり礼儀を正していた。

 まぁ、俺は裏の交渉とかばっかりやっていたので正式な場において矢面に立つことはなかった。そこの差が出ていると……思いたい。

 それよりも、今は領主さまからの依頼内容だ。


「噂、とはなんでしょう?」

「建築士とは聞こえがいいが、その技術は似たり寄ったりだ。素人とプロとでは雲泥の差が出るのはもちろんだが……同じ一流同士となると、そこまで差異は出ないだろう。何が違ってくるかと言えば、主にデザインの話になってくる」


 そりゃそうか。

 特殊な技術を持っていない限り……いや、持っていたとしても大規模な建物とかになると、それは簡単に露見してしまう。

 なにせ隠したままで大きな建物を建てるのは不可能であるし、人数も必要だ。

 大規模な建築物となると、ひとりで造れる芸術作品な訳がない。

 そうなってくると建築士に求められるのは、いかに豪奢で美しい建物を建てられるか。そういう見栄の部分になってくる。


「きな臭い噂とはその部分でな。建築士自身がデザインしていないのではないか、他人からのアイデアを盗んでいるのではないか、と。言われている、らしい」


 歯切れの悪さに領主さま自身が苦笑する。

 らしい、の部分を領主さまは強調したのは重要なポイントだろう。


「それがふたりいる建築士のどちらか、というわけですか」

「ふたり共、の可能性も残っている」


 確かに、と俺は納得した。


「ふたり以外に橋を作れる人はいないんでしょうか?」


 パルがぼそりと俺に聞くようにつぶやいた。そんな言葉に領主は、うむ、と反応する。


「あ、いえ、あたしの話なんか、いえ、その……はい」

「構わん。もっともな意見だ」


 王都に建築士がふたりしかいない、とは考えにくい。それこそ、この街にだって橋職人ではなく、建築士も残っているはずだ。


「しかし、橋を架けるのは暴れ川なのだ。簡単にできる物ではない。それこそ、命をかけてもらわないと困る。これ以上、犠牲者は出したくないんだ。なにより次に失敗すれば、もう私の信用は無くなる。だからこそ生半可な者ではなく、一流の建築士に作ってもらいたい」


 領主としては何としても橋を作り上げないと、面目も立たない状態なのだろう。

 いくら金があったとしても、橋を架けるのに失敗したままでは……


「このままでは街の損失が大きい、と」


 俺の言葉にイヒト領主がうなづいた。

 商人が逃げ出している今、早く動かないと手遅れになる。

 出て行った商人は、それこそ出て行った先で領主と橋事業を語るだろう。

 失敗した、と。

 俺はテーブルの上に置かれた転移の巻物を見る。

 おそらく、これは王都までの往復を短縮するための手段だ。たかが王都への往復でさえ、時間をかけていられない、という状況か。


「ふたりの建築士、そのどちらが上かは問わない。しかし、そのどちらが公平な人間か、もしくは噂が嘘であったと確認することでも構わない。やってくれないだろうか?」


 頼む、と領主さまが俺を見る。

 隣でパルが俺を見るのが分かった。

 納得できる依頼であるし、納得できる話である上に、よくある話でもあった。

 アイデアを盗む。

 それは、盗賊には出来ない『盗み』だ。盗賊は情報を盗むが、アイデアは盗まない。もちろん、そのアイデアが情報となるのなら別だが。

 しかし。

 弟子と師匠の関係において、それは度々起こる問題でもある。

 師が、弟子を殺す。

 それは物理的な意味ではなく、社会的な意味で、だ。

 おそらく噂は本当だ。

 火の無いところに煙は立たず、と義の倭の国における言葉もある。噂がある以上、それは事実に近い話のはずだ。

 だが――


「領主さま。ひとつ具申してもよろしいでしょうか?」

「あぁ、問題ない。なんでも言ってくれ」


 では――と、俺は領主へ語るために右手の指を三本立てた。


「王都にいる建築士のふたり。そのどちらか、ではなく……三人目の案があります」

「ほう、なんだ」


 俺の言葉に、今度は領主が前のめりになった。

 それは下の者が意見するのに怒りを覚えているのではなく、期待していた……真に欲しい物が提示される予感を感じたものだった。


「第三の案。ドワーフ国の職人、もしくは義の倭の国の職人。どちらでも、王都より優れた橋職人、もしくは建築士がいるでしょう」


 ドワーフは、そのずんぐりむっくりとした姿と男性は髭が長いことで有名だ。土と鉱石と共に生きる彼らの器用さは人間より遥かに高く、細工技術は駆け出しレベルで一級品、一流レベルともなると、至宝となる。

 そんな彼らなら、暴れ川と言えど必ず無事に完璧に完成させてくれるだろう。

 もうひとつの義の倭の国。

 彼の国は、急流の川が多いことで有名だ。少しの雨で氾濫する急流の川から暴れ川、はたまた大河まで多種多様な川と共存する国でもある。

 水の国というよりも川の国と言って良いほどの川大国だ。

 義の倭の国の治水技術ならば、確実に橋が架けられるはず。


「さすがは旅人。それらの案を出してきたという事は――」

「えぇ。もちろん行けます」


 俺はうなづき、転移の巻物を見た。

 一度訪れたことのある場所ならば移動できる高位の魔法。王都はもちろん、ドワーフ国も義の倭の国も、どちらでも転移できる。


「当てはあるのか?」

「ドワーフ国にはひとり。建築士でも橋職人でもありませんが……その伝手を使えば、必ずつながります」

「ふむ。義の倭の国は?」

「そちらはありません。ただし、あの国は――」

「義に厚い」


 えぇ、と俺はうなづいた。

 義の倭の国。その名前の通り、助けてくれ、とお願いすれば下手をすれば無償で助けてくれる『恐ろしい国』だ。

 彼らは恩を売るのだ。

 その恩を返すタイミングを間違えればどうなるか……知らない者はいない。


「ならばドワーフ国だ。行くぞ」


 即決か。

 決断力のある素晴らしい領主さまじゃないか。


「了解です」


 立ち上がったイヒト領主は転移の巻物が入った箱をふたつ抱えて部屋を出る。外に控えていた美人メイドは少しだけ驚くが、すぐに彼の後へ続いた。


「え、え、え、え、なにがどうなって」

「行くぞ、パル」


 おろおろとしていたパルに声をかける。


「あたしも行くんですか?」

「当たり前だろ。転移の巻物には裏技があるんだ」

「うらわざ?」


 そうだ、と短く答えて領主を追いかける。


「ま、まってください師匠!」


 飛び出したパルだが、慌てて部屋の扉を閉めるとトコトコと小走りに追いかけてきたのだった。

 まったく。

 律儀な弟子だな。

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