~卑劣! 領主が取り出す箱の中身は?~
おかしい。
貴族や一部の豪商が住む、いわゆる上層、いわゆる富裕区に入ってから、パルの様子がおかしかった。
パルがまだ孤児だったころ。
それこそ素っ裸にボロ布をまとっただけのころ。
同じ富裕区で堂々と俺を尾行し、あまつさえブラフ込みで仁義を切ってみせたパルが、きょろきょろおっかなびっくりと周囲を窺っていた。
「どうしてそうなる……」
「いや、だってあたしが何かしたら師匠に迷惑が……」
うーむ。
責任感?
連帯感?
違うな。なんとも言えないが、まぁ、正しい反応ではあると思うので、パルの頭を撫でておいた。
「そんな簡単に貴族は客を殺さんよ」
「あたし、客じゃないかも」
「あぁ」
確かに。呼ばれたのは俺だけだ。
「やっぱり!?」
妙に納得できる理論だったので、素直にうなづいたら弟子が逃げ出したので魔力糸で縛り上げた。
「し、師匠!? こんな技が!?」
「盗賊スキル『捕縛』だ。もちろん逃げられない程に強靭な魔力糸を編み込む技術がいる。簡単に真似できると思うなよ」
「うぅ。歩きますから引きずらないでぇ」
「面倒だから、もう逃げるなよ」
「はい……」
弟子を信用して、捕縛を解除する。パルは逃げなかった代わりに背中に垂れる聖骸布をぎゅっと握った。
領主への面通し、という意味でもパルを見せといた方が良いだろう。すでに彼女の存在は領主に筒抜けではあるが、それでも正式に顔見せはしておいた方が良い。
どんな用事かは知らないが、交渉や会話の勉強にもなる。
足取りの重いパルを従えつつ、富裕区で一番の建物を目指す。もちろん領主の館であり、遠くからでも目立つ程に敷地は広大だ。
門へ近づくと、今日は門兵だけでなく美人メイドが待っていた。
「お待ちしておりました、エラントさま」
丁寧に頭を下げるメイドに、俺も挨拶する。
「お招きありがとうございます。今日は弟子が一緒だが、構わないかな?」
ちらり、と美人メイドはパルを見る。
「もちろんです。どうぞこちらへ」
やはり盗賊ギルドを通してパルの情報も手に入れているようだ。メイドが確認なく了承したのは、パルの存在が織り込み済みだったと思われる。
はてさて、俺とパルの情報にいくらの値段がついたかは知らないが、ゲラゲラエルフのルクス・ヴィリディが儲けたのは間違いない。
「あわわわ」
門を越え、俺たち一般民がぜったいに暮らせない規模の庭園を眺めつつ屋敷の入り口を潜る。
前回はシンと静まり返っていたが……ちょっとは活気が戻っているようだ。いくらか人の気配を感じることができた。
「ご案内します」
以前と同じく階段を登り、領主の仕事部屋と思わしき部屋まで移動する。美人メイドがノックをすると、前とは違ってすぐに返事があった。
「どうぞお入りください」
扉を開けたメイドさんにうながされ、俺とパルは部屋に入る。
「本日はお招きありがとうございます領主さま」
「え、え、え、あ、ありがとうございます!」
俺に習ってパルが慌てて頭を下げた。
仁義を知っていたりするくせに、普通の挨拶には不慣れ。
ちぐはぐな弟子を持ったものだ。
そんな俺たちを見て領主さまは苦笑しつつ、席を立ち、ソファへ座るようにうながす。
「前回はすまなかった、エラント君」
「はい――えっと、何かありましたか?」
「名前を聞きそびれていたことだよ」
そういえば、そうだった。
「改めまして。エラントです」
「うむ。私はパーロナ国ジックス領が領主、イヒト・ジックスだ。知っていると思うが、改めてよろしく」
で、そちらのお嬢さんは、と領主さまはワザとらしくパルへ視線を向けた。
「パ、パパ、パルヴァスです……! 師匠の弟子です!」
うむ。
見事な狼狽っぷり。点数をつけるのなら0点の挨拶だ。素晴らしい。誰が師匠で誰が弟子かも分からんだろうに。百点満点の失敗だな。
俺が肩をすくめたのを見て、領主さまもニヤニヤと笑う。
やっぱりワザとか。
意地の悪い領主さまだなぁ。
「それで、俺を――私を呼んだ理由はなんでしょうか? それも盗賊ギルドを通じて」
堅苦しい挨拶は無しだ、とばかりに俺はいきなり本題を切り出す。
それに領主さまは応えるように、眉を少しだけ上に動かすとありがたいと用件の話へ入ってくれる。
「もちろん君に『盗賊』として用事があったのだ」
イヒト領主は再び立ち上がり、机の引き出しから箱をふたつ取り出し戻ってきた。木で作られている箱は、長細い形をしていて真新しい。
それをテーブルの上に置き、話を進める。
「この街の盗賊、ではなく旅人としての盗賊である君に――頼みがある」
そう言って領主は箱のふたを開けた。
中に入っていたのは……丸められた一枚の紙。
布のように厚みがあり、きっちりと裁断もしていない。真っ白ではなく薄茶色の……素人が見れば、質の悪い紙にも思えた。
それが丸められ、広がらないように紐で丁寧に結ばれている。
「巻物……スクロールですか」
「その通りだ」
巻物、もしくはスクロール。
地方によっては単純にロールと呼ばれることもあるそれは、いわゆる魔法を封じた紙だ。広げれば発動するのだが、使えるのは一度だけ。誰でも魔法が使えるとあって、冒険者に重宝されるアイテムであるのだが……残念ながら値段は恐ろしく高い。
なにせ魔法を封じることができるのだ。
それがただの紙であるはずがなく、そんな紙がおいそれと作れるわけもない。
聞いたところによると、エルフの技術らしいのだが……その材料も作成方法も俺は見たことも聞いたこともなかった。
「デ・トランスレーションのスクロールだ」
「そ――マジか!」
思わず、本音が出てしまった。
「師匠、なんですかそれ」
驚愕する俺を見てか、パルが気になったらしい。
領主の前ということも忘れて質問してきた。
「デ・トランスレーション。転移の魔法だ」
「てんい?」
「つまり、好きな場所に一瞬で移動できる魔法だよ」
ただし、行ったことがある場所で且つ、重なる物が無い場所、となる。岩や壁の中に転移しようとしても、魔法は失敗となり発動しない。
あくまで何も無い余裕のある場所じゃないと、転移できない魔法だ。
転移の巻物は、それこそ冒険者ならば、いや誰だって喉から手どころか足さえも出るくらいに欲しいもの。
お金があったところで、おいそれと手に入る物ではない。
それを考えると、さすがの領主さま、と言える。
貴族の伝手、というものは恐ろしいものだ。昨日今日の話ではなく、前々から動いていたとも思えるが、それでも手に入れているだけで充分とも言える一品である。
「そ、それで……これをどうするんですか?」
どこかへ運ぶ?
それだと冒険者よりの仕事だ。わざわざ盗賊に頼る仕事ではない。
となると……
「これで行ってもらいたい場所がある。いや、これはただの旅費に過ぎない。急いで調査してもらいたい事がある」
領主は俺へとテーブルの上の箱を押し出すように移動させた。
「――なんでしょうか?」
この街の盗賊ではなく、俺を呼んだ理由は明白だ。
転移の巻物で移動できるのは、行ったことがある場所。
つまり、この街のどんなに優秀な盗賊でも、行ったことがなければどうにもならない。
加えて信用度かな。
転移の巻物は、それこそ売れば莫大な値段になる。おいそれと他人に譲渡できる物ではなく、信用度が物を言う。
その点、俺は大丈夫だ。
なにせ、転移の巻物がかすむ程の金塊を領主に寄付したのだから。今さら持ち逃げするはずがない。
旅人と金銭面。
ふたつの意味で、領主さまのお眼鏡にかなった、というわけだ。
「王都へ行って、ふたりの橋職人……どちらが優良なのか、調査してほしい」
イヒト領主。
彼の言葉に、果たして俺は――
「ふむ」
と、考えるようにうなづいた。
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