~卑劣! そこは専門店だった~
路地に隠されるようにあった裏口風の扉。特に隠された印もなく、傷でカモフラージュされた看板や符丁の類もなく、本当にただの裏口に見えた。
「ふぅ」
一息。
緊張を胸の中から吐き出すつもりで息を吐いてから、俺は扉を開いた。
重さもない、普通の扉。
すこしばかりのカスれた音を響かせながら、その裏口のような扉は開いた。
だが――
開いてみれば、そこが娼館の裏口でない事が分かる。
目の前にカウンターがあり、その後ろはカーテンで仕切られていて見えない。
明らかにお客さんを迎え入れる『入り口』だった。
「ありゃりゃ、早い時間にいらっしゃい」
「ん?」
一瞬、カウンターには誰もいないのかと思ったが違う。そのカウンターの下から声が出ていた。
「よいしょ」
と、少女がひとりカウンターの下からひょっこりと顔を出す。
「いらっしゃい、旅人さん。予約はしてないよね?」
「――ハーフリングか?」
「そうだよ~」
少女はにっこりと笑う。
ハーフリング……いわゆる小人族の一種だが、小人族にしては最大の種族だ。一般的には妖精族と小人族とのハーフではないか、と考えられている。
身長はパルと同じくらい。成人と言われる年になっても人間の子どもくらいの大きさだ。身長以外の特徴は、耳が葉っぱのように尖っている。しかし、エルフよりは短い。人間より長く、エルフよりは遥かに短い。
それがハーフリングの特徴だ。
更に、身体的ではなく文化的に特徴がある。
それは――およそ人間の子どもみたいな種族、と考えられている。
なにせ彼らは非常に『落ち着きのない種族』として有名だ。
悪く言えば気まぐれ。
もっと悪く言えば粗忽者。
最大限に悪意を込めればマヌケな死にたがり。
小さいくせに、非力なくせに、前に出たがり遺跡の罠にはまって死んでいく。
気になる場所を不用意に調べに行って魔物に襲われる。
良く調べもせず、マジックアイテムを試して呪われて死ぬ。
などなど。
種族全体がそんなものだから、平均寿命は人間よりも少ない五十歳とも言われている。もちろん、ハーフリングの老人など誰一人見たことがない。
一人として天寿を全うできた事がないのがハーフリングという種族である。
しかし――
そんな風に圧倒的に商人に向いていないハーフリングが受付をしている、というのは驚きだった。一か所でジっと留まっていられない彼らが、店を構えて商売をすることはまずあり得ない。
よく店のお金を持って逃げていないなぁ、なんて思う。
それくらいに気まぐれでイタズラ好きの種族だ。
「路地裏にいた男に案内してもらったんだ。変わった物、もしくは生娘がやっているような娼館を教えてくれ、と頼んだのだが……」
「あはは、そりゃ旅人さんにピッタリのお店だよ」
ハーフリングの少女……もしくは、成人している受付さんはバンザイして笑顔で迎え入れてくれた。
やはり普通ではない店、ということらしい。
まぁ、ハーフリングが受付をしている時点で『普通ではない』のは確定しているか。
「ふむ。では少し聞きたいのだが――」
「はいはい、誰と遊ぶ~?」
うん。
さすがハーフリング。
俺の話を聞かない。
受付の小人族は後ろのカーテンを勢いよくめくった。そこには脊の高い椅子が並んでおり、そこには少女たちが生地のうすい下着だけの状態で座っている。
「なっ!?」
不覚にも驚いてしまった。
いきなり少女たちの裸同然の姿を見たからではない。
決して、俺好みな少女たちばっかりが集まっていたからでは断じてない。
そこに並ぶ少女たちは……種族が同一だった。
なるほど、と思ってしまう。
いや――
考えたら分かることだった。
受付がハーフリングの時点で気づくべきだったのだ!
「も、もしかしてこの店は――」
「ハーフリング専門店だよ!」
きゃぁきゃぁ、わぁわぁ、と彼女たちは両手をあげて俺にアピールした。
いやいやいやいやいやいやいや。
おかしいおかしいおかしい!
「ハーフリングが娼婦なんてできるわけがない!」
あんな気まぐれで人の話を半分しか聞かないような連中が、娼婦なんていう疑似恋愛にも似た仕事ができるはずがない!
「えー、それは偏見だよ旅人さん」
受付さんがにっこりと笑う。
「ハーフリングだって、結婚して子どもを産むんだよ。じゃないと、とっくに絶滅してるよね?」
「ま、まぁ、確かに」
「だから、することはします」
「お、おう。そこは理解できる」
生物だしな。
妖精族のエルフだって、やることやって妊娠して出産しているんだから、ハーフリングもそうに決まってる。
生殖行為なしで増える種族は、魔物くらいなものだ。
え~っと、ヴァンパイアとかそういう仲間を増やす系の魔物。
それ以外は、みんなやることやって女性から生まれてくる。
「そこですよ旅人さん。ということは、ですよ旅人さん。ハマっちゃう子もいるんですよねぇ~。好きな子も当然いるわけですよ。だって気持ちいいじゃないですか。冒険者も楽しいけど、えっちも楽しい。これが世界の答えだ」
「認めたくない世界の真実だ」
えぇ~、と少女たちに抗議の声があがる。
実際、何歳なんだろうか、この人たちは……ハマったってことはそれなりに経験しているってことで、俺よりも年上の可能性も高い。
もしかしたら経産婦かもしれない。
さすが妖精との混血と言われているだけに年齢はさっぱり分からん。ドワーフもそうだが、人間っていうのはどうしてこうも他種族の年齢が読み解けないのだろうか。
ちなみに。
俺には何歳ですか? と聞く勇気がないのをあらかじめ言っておく。
年上の女性こわいです。
パルちゃん、助けて。
「さぁさぁ、変わり者の旅人さん。誰と遊ぶ? 別にふたりでもいいよ? お金さえあるんだったら三人でもいいし。にひひひひ。おススメは――」
「あ、いや、俺は情報が欲しかっただけなので遠慮しておくよ」
「情報? だったら尚更だよ旅人さん。欲しい情報は、お金と身体で交換してあげるよ。ねー、みんな?」
はーい、と彼女たちは笑う。
いやいやいやいや。
「だ、だったら他をあたらせてもらう……し、失礼しました……」
俺が背中を向けると受付さんはカウンターの上に乗り出して俺の腰に捕まった。
この天性の素早さ!
盗賊としてはうらやましい限りだが、今の状況的には厄介なことこの上ない。
「ちょちょちょ、待って! 旅人さん! お客さま! 安く、安くしておくから帰らないでー!」
「いや、しかし……」
「おねがいだよ~、遊んでいってよ~。実はウチの店、キワモノ過ぎてお客さん少ないのよ。ちょっと遊んでみて宣伝してくれない? 旅人の噂っていうのもバカにできないんだからさぁ。ね? ね? お安くしておくから~!」
「宣伝はやぶさかじゃないが、勘弁してくれ。俺は単純に情報が欲しいだけで遊ぶつもりはない。あぁ~、そうだ。どうか、これで見逃してくださいお願いします」
と、俺は銀貨一枚をカウンターに置いた。
「そっちが払うだけ!? そんなにハーフリングが嫌い!?」
「いや、むしろ大好物だが」
「え?」
「え?」
いや、見た目だけ……
あ、いや、なんでもない。
「じゃぁな、商売がんばってくれ! 宣伝はしておくよー!」
受付さんの拘束が緩んだ瞬間に、俺は慌てて逃げ出した。
「あっ! 旅人さーん! 旅人さんカムバーック!」
という受付さんの声を聴きながら。
俺は逃げるようにしてハーフリング専門店から逃げ出したのだった。
とりあえず。
本当に宣伝はしてあげようと思った。
うん。
なんか可哀想だったので。
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