~卑劣! ポーション補充は神殿へ~
街に戻った時には、すでにお昼を過ぎていた。太陽はすでに午後の方角に傾いている。ちょっとした散歩のつもりだったが、半日ほどになってしまった。
「ちょっとした冒険だったな」
「お腹すきました、師匠」
昨日、苦しいほど食べたというのにパルはお腹がすいたと主張する。
まぁ遠慮されるより、よっぽどいいか。
なにより彼女は初めての戦闘をこなした後だ。手に残る感覚のせいで、もう二度と肉が喰えなくなった、というよりかはよっぽどマシだろう。
「適当な店で買うか」
何を食べたいか聞くより、今はいろいろな物を食べさせた方がいい。
ずっと見ていたのに食べられなかったもの。それらは、パルにとって憧れかもしれない。
という訳で、手近の店でサンドイッチを購入した。
「うわぁ、すごい……分厚い……」
具材たっぷりのサンドイッチは新鮮な野菜とハム、良い焼き加減のたまごがとろりと割れ出る黄身が素晴らしい一品だ。
まぁ、ちょっと豪勢なサンドイッチだけど……いいよね。
「はむ。んぐ、お、美味しいです師匠」
「良かったな。あと、こぼすなよ、落とすなよ」
「はい。ぜったいに落としませんし、こぼしても食べます」
……そうだな。
こぼして捨てられた物を食べてきたんだから、それぐらいやるよな。
まぁ、そうならないように注意しつつ、俺とパルは適当な場所で立ちながらサンドイッチを食べた。
かなり美味しかったので、定期的に食べたい一品として記憶に留めておく。
「師匠、お昼からはどうするんですか?」
「ポーションが無くなったから補充したいと思ってる」
「……ポーションですか。それって――」
あぁ、と俺はうなづいた。
「いいか?」
「――はい。あたしは、師匠の弟子ですから」
少しの躊躇があったものの、パルはしっかりとうなづく。いい子だ、と俺はパルの頭を撫でてやり、移動を開始した。
それは商業区と居住区とはまた別の区域……いわゆる神殿区と呼ばれる場所だ。
おごそかなる神々や精霊たちに祈りと信仰をささげる場所であり、住民たちの救済の場所でもあった。
いわゆる神官魔法。
それは神様の奇跡を代行するものだ。
奇跡というのは、それこそ人の手では成しえないことを可能とする。
簡単に言えば『回復魔法』がその代表だろうか。怪我をして、血が流れ出たとしても、回復魔法はそれを治してしまう。時間が戻るのでも、身体を活性化させるのでもなく、本当に回復してしまうのだ。
裂けた皮膚が治り、断裂した筋肉が戻り、欠損した腕が生える。
それだけでなく病気を治療する魔法だって存在する。
神殿とは、そういう場所だ。
だからこそ、人々は神殿に寄付をするし、冒険者は瀕死の仲間を担ぎ込む。もちろん、それなりのお金を払う必要は出てくるが。
神官ならば誰だって回復魔法が使える訳でもない。使えるからといって欠損した腕が生えてくるような、それこそ奇跡とも言える魔法が使えるわけでもない。上位の神官だけが使える回復魔法は、やはり値段が高い。
だからこそ、『ポーション』『ハイ・ポーション』などに代表される回復薬がある。
それは神殿で祈りを捧げられた聖水だ。
神官たちが祈りを捧げ、神の奇跡を宿した水には、それなりの回復効果があった。
冒険者御用達となった回復アイテムは、それこそ神殿の貴重な収入源でもある。寄付だけでは賄えない部分を、ポーションが支えていた。
街によっては神殿から雑貨屋や武器・防具店に卸されることもあるが、大抵は神殿で買うことができる。
やはり神の奇跡、回復魔法が携帯できるとあってか値段は高く、一般人がホイホイと買うものではない。冒険者だからこそ、命に代えられないからこそ、高いお金を払ってでも買っていく。
もっとも――大量生産は出来ないので売り切れの場合は翌日を狙うしかない。
「……うん。久しぶりだな」
神殿区に足を踏み入れた俺は、立ち並ぶ荘厳な神殿の柱を見てつぶやいた。石畳は真っ白なもので作られており、区の全域が白で覆われているようだ。
俺はこの空間を良く覚えている。
それは、孤児院の場所が神殿区にあったからだ。
光の精霊女王ラビアンを信仰する光の神殿。その隣にある建物が、孤児院だった。俺と勇者はこの孤児院で育ち、ここで神託を受け、そして旅立った。
「……」
俺の後ろで、パルが口を真一文字に引き締める。何があったのかは聞かない。でも、何かあったのは確かだ。
それは……俺も似たようなものだ。
きっともう、誰も俺たちの事を覚えていないだろう。いっしょに住んでたヤツらは、とっくに卒業してしまっている。孤児がまともに孤児院を卒業することは多いが、途中でいなくなるのも珍しくもない。
いくら光の精霊女王に見初められたからと言って、無事に生きていけるとは限らないわけで。自分の道を見つけたヤツは、孤児院から出ていくのは珍しいことではなかった。
「大丈夫か、パル」
「――はい。問題ないです」
用があるのは孤児院ではなく、神殿の方だ。
掃除が行き届いた区画で、真っ白な壁は壮大にして荘厳だ。細かく彫られた彫刻もあり、見るものを圧倒するが……慣れてしまえば、いつもの風景とも言える。
俺はパルを連れ立って、光の神殿へと入った。
人の気配は少ない。
神官たちは奥にいるのだろうか。その姿は見られなかった。
住民の姿はちらほらと見られる。公園のような憩いの場所ではないが、それでも光の精霊女王を信仰する人間にとっては癒される場所なのかもしれない。
何をする訳でもなく、神殿の中で休んでいる人を横目で見つつ、最奥のラビアン像に向かった。
大きく造られた精霊女王の像の前に立ち、目を閉じる。
隣にパルが立つ気配がした。
彼女は、祈るのだろうか……それとも見上げているだけだろうか。
それは分からない。
「…………」
あぁ。
申し訳ありません、光の精霊女王ラビアンさま。
あなたの神託を、達成することができませんでした。
勇者を守ると誓ったけれど……仲間に追い出されてしまいました。
情けない話ですが……俺はここまでしか役に立てません。
ですが――
「――――ッ!?」
俺は思わず目を開け、精霊女王の像を見上げた。慈悲深く、静かにほほ笑む女王の像は、何も言っていない。
でも。
精霊女王の言葉が耳に届いた。
神託……というよりも、声をかけてくださった……というべきか。こんな盗賊にまで気を使ってくださる神というのは、なんというか、ありがたいとしか思えなかった。
隣を見ると、驚く顔をしたパルがいた。
彼女にも、何か神託があったのかもしれない。
「し、ししし、師匠!? あ、あああたし、じゃなくてわたしに……」
「落ち着け。ラビアンさまは……優しいんだ」
少し、俺は泣きそうになった。
それでも、弟子にそんな表情を見せる訳にはいかない。俺はごまかすようにパルの頭をぐしぐしと撫でてやり、その間に自分の目元をぬぐった。
まだ。
まだできることがある、と。
光の精霊女王さまが声をかけてくださったのだ。
分かりました、とうなづくしかない。
まだ、やります。
やれます。
俺はそう返事を、精霊女王の像に誓った。
「おや。これはこれは懐かしい人がいますね」
もう一度、祈りを捧げた時。
そんな言葉が耳に届いた。
顔をあげれば……
神官服を着たおばあちゃんが、好々爺然とした……もちろん爺ではなく女性なのだが、そんな表情でたたずんでいた。
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