~卑劣! 豪雨被害の状況確認~

 街の外。

 危険地帯なのは変わりないが、街の近くともなると魔物や野生動物の姿は少ない。野生動物は言わずもがな、人の領域には近づいてこない。

 本能で気づいているのだ。

 利益が無い、と。餌は豊富にあるが殺されるだけだ、と。

 だが魔物となると違う。

 奴らは人類を滅ぼそうとしてくる魔王の手下でもあるので、近づいてくる可能性はある。しかし、近づけば近づくほど魔物は退治されてしまうというもの。

 人類だって黙ってやられる訳にはいかないので、目立てば滅ぼされると魔物も分かっているのだ。


「でも、油断は禁物だからな」

「は、はい」


 歩く、警戒する、魔力糸を顕現させる。

 その三つを同時にやらなくてはならないので、パルは大慌てだ。もちろん、大慌てになっている時点でダメなのだが、初日だし仕方がない。


「ほれ、こっちだぞパル。どこへ行くんだ?」

「え、あれ? は、はい!」


 魔力糸に集中すれば周囲が見えず、惰性で歩いてしまう。ちょっとでも俺が歩く角度を変えると、途端にパルは道をそれたようにひとりで歩き出す。

 ほっとけば迷子になってしまうので、早々に呼び戻さないといけない。


「師匠」

「なんだ?」

「難しいです」


 さもありなん、と俺は肩をすくめた。


「音を上げるか? それともまだ続けるか? パルはどの道を選ぶ?」

「……つ、続けます」

「いい子だ。まぁ逆に言うと一日で出来る訳がないんだ。努力と練習は必要だが、速度は必要ない。あせっても良い事なんかひとつもないから、じっくりと練習すればいい。もちろん、サボるのはダメだけどな」

「はい! がんばります!」


 パルが心配しているのは、出来ない自分は捨てられるのではないか、ということ。

 俺に愛想を尽かされた場合、待っているのは元の生活だ。

 一度でも、ごはんの美味しさ、温かさ、ベッドのやわらかい感触を知ってしまったら、もう二度と路地裏で眠ることはできないかもしれない。

 パルなら、孤児院に帰るという選択肢もあるはずなのだが……

 さて。

 その事情も解決しとかないと、パルは前に進めないかもしれないな。

 もっとも。

 どんな事情があるのかは、知らないが。


「パル」

「はい」

「ここまで縁が出来たんだ。捨てやしないよ」

「――はい」


 にっこり笑った可愛らしい笑顔。

 それを見届けて、俺は前へ向き直った。

 さて、朝の散歩とは言ったが、目的地はある。

 それは街の東側にある大きな川だ。橋の建築予定だった場所であり、豪雨災害により多くの職人が命を失ったという。

 その場所を見ておきたかった。

 別に俺の人生と関係ないと言えば関係ないのだが、どうにも職人が何人も死んだ、というのが気になるところ。

 そもそも、そんな雨の日に作業なんかしないだろうし、どうして避難してなかったのか。

 気になってしまったので、自分で見ておこうと思っただけだ。


「さて……?」


 橋が無いのであれば、街道なんか無い。とは思っていたが、橋を作るにあたって街道も整備し始めていたのだろう。それらしき作業の様相はあるが、まだまだ獣道程度のものだ。

 冒険者が通っていた、というだけの道なのか、かろうじて分かる程度の筋があるだけ。

 あとは草原が広がっており林程度の変化しかない。

 野生動物の気配も……遠いな。視認できる範囲には何も無かった。空に鳥は飛んでいるが、ワイバーンやハーピーといった魔物の類ではない。

 安全とは言えないが、現状は平和であると言えた。


「ふむ」


 とりあえず、ひたすらまっすぐに歩いていく。

 途中でパルが、本当に音を上げたので休憩しつつもまっすぐに歩いていくと、やがて水の音が聞こえてきた。


「これは……」


 滝でもあるのだろうか、と思ったが違ったらしい。

 間違いなく河川であり、間違いなく流れる水の轟音だった。


「うわぁ! すごいです!」


 パルも驚きの声をあげる。

 いろいろな国を見てきた俺も驚きだった。

 まさか、自分の故郷の街の近くに、これほど大きな暴れ川があるとは思いもよらなかったのだ。

 街の東に流れる川であり、俺と勇者は西に向かって旅立った。

 今思えば、それが当たり前だったのだ。

 こんな暴れ川、どうやったって渡れる訳がない。


「こりゃ……相当だな」


 川を流れる水はかなり速度があり濁流となっている。

 現状が『普通』の状態なんだろう。それでも川の流量はかなり多く、岩にぶつかる水が跳ね上がり、少々の落差でも轟音が発生している。

 流れの勢いは強く速く、どんな優れた盗賊だって足を持っていかれる。水の上を歩けるという魔物『ケルピー』でさえ足をすくわれ溺れそうな勢いだ。

 向こう岸までロープが渡してあったところで、それを伝って渡れる自信は無い。

 それこそ、ロープの上を歩く綱渡りじゃない限り、少しでも水に触れた時点でアウトと言える程の暴れ川だった。


「……」


 あの領主は、無謀にもこの川に挑戦したわけか。

 そりゃ大量のお金と職人が必要になるはずだ。


「師匠、あそこ」

「うん」


 パルが指差したのは、俺たちがいる場所から川上に当たる。そこは、茶色い大地が剥き出しになっており、ゆるくカーブする水が当たっていた。

 ぼろり、とまた地面が崩れて川の形が変わる。


「おそらく豪雨被害の時に大きく崩れたんだろう……」


 予想するに、川の流れはもっと真っ直ぐな場所だったんじゃないだろうか。あんな林の、木の根元まで川幅があったとは思えない。加えて、川岸にいくつか切り株が残っているのを見ると……あの辺りを拠点としていた可能性があるんじゃないかな。

 つまり、充分に離れた場所で小屋を作るなり、テントなりを張っていたりした橋職人の拠点。

 もちろん安全を確保した距離があったに違いない。

 でも。

 豪雨で流量の増した川は、地形を変え、流れを変えてしまった。

 それこそ地図が書き換わってしまう勢いで地面を削り、橋職人たちを飲み込んだと思われる。


「――光の精霊女王ラビアンさま……どうぞ、彼らの魂をお救いください」


 俺は神官ではないが、それでも祈りは捧げておく。

 もちろん、すでに彼らの魂はここには無いだろう。とっくに、本職の神官が祈りを捧げているはずだ。

 それでも、祈りや差し伸べる手は多い方がいいに決まっている。


「あたしも、やった方がいいですか?」


 俺を見てパルがそう聞いてきた。


「どっちでもいいぞ。強制はしない」

「じゃぁ、祈ります」


 パルも俺と同じく祈りの言葉をささやくが……

 そこに、光の精霊女王さまの名は無かった。

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