~卑劣! 修行内容は激甘でした~

 人間――を含めたあらゆる種族は、それが神に見放されたと言われている小人族のハーフリングでさえ、必ず体内に魔力を持っている。

 森に住むエルフが最も魔力が高く、次いで土と鉱石に囲まれて生きるドワーフと並び、人間となる。自然と密接に関係する者が魔力が高いという研究もあるが、確かな結論は未だに生まれていない。

 では魔力とは何か?

 また、魔力となる物は体内のどこで生成されているのか?

 その理由も未だ不明であり、解明しようと研究している物好きは世界に数多くいる。特に学者都市には多くの研究者がいるが、その答えにたどり着いた者はまだいなかった。

 それはともかくとして、魔法を使うには必ず魔力が必要となる。


「魔力糸……ですか」

「そうだ」


 俺は体内の魔力を糸のようにして顕現してみせる。びろろろろ、と伸ばしたり、ぷっつりと切れさせたり、太くしてみたり、目に見えないような細さにしてみせたり。

 と、魔力糸のいろいろな形と特徴をパルへと見せた。


「便利なので使えるようになった方が良い。例えば……」


 俺は背中側のホルダーから隠しナイフを引き抜き、パルへと刃を見せた。そのまま近くにあった木に向かってスローイングする。

 カツン、と小気味良い音を立てて木の幹に刺さったナイフの柄には穴が開いており、そこに魔力糸を結んである。

 もちろん引っ張れば俺の元にナイフは戻ってくる。真っ直ぐ戻ってきたナイフを受け止めると背中のホルダーへと戻した。


「おぉ」

「こうやって使い捨ての投げナイフを回収することもできる」


 いつだって街や村に寄れる訳ではないので、できるだけ失いたくはない。戦闘後に回収するのが一般的だが、できれば継続して使いたいので、これもひとつの手だ、とパルに教えた。


「できる……でしょうか?」


 俺は肩をすくめる。

 最初から諦めていたのでは、何事もできるはずがない。

 才能があるのか無いのか。それすらも確かめない内には、神様だって判断ができない。天から与えられた才能(タレント)ではない限り、だが。


「まずはやってみるんだ、パル。できるできないの判断は、まだ早い」

「分かりました」


 ゆっくりとだが、確実に弟子はうなづいた。


「まず、魔力を自覚するところからだが……分かるか?」


 パルは首を横に振った。

 まぁ、それも無理もない。

 孤児だから、とかは関係なく、それこそ冒険者や神官といったことに縁が無い限り、普通の生活において魔力を意識することはない。

 誰もが持っているが、誰もが必ず使うものではない。

 それが魔力だ。

 だからこそ、自分の中の魔力という物を意識するのは難しい。


「じゃ、裏技だ」

「うらわざ?」


 手っ取り早く、魔力を意識してもらう。それこそ、盗賊らしいと言えるかもしれない邪道でもあった。

 もっとも――普通の方法なんてどうやるのか分からないが。


「ほれ、こいつを飲め」


 ベルトホルダーから一本の薬瓶を取り外し、パルへと渡す。ポーションの類であるのは見て分かるが、受け取ったパルは首を傾げた。


「なんですか、これ?」

「マインド・ポーションだ。いわゆる魔力を回復する薬だな」

「回復……あたし、まだ使ってないので、無意味だと思うんですけど……?」

「まぁ飲んでみな。回復しないが、身体の中に流れている魔力が何なのか、感覚的に理解できるようになる」


 パルは頭の上に疑問符を浮かべながらも、薬瓶のふたを外し、両手でこくこくと中身を飲んだ。


「ふおっ!?」


 飲み終わってすぐ自覚したのだろう。パルは自分の手のひらを見て……そして、鼻をおさえた。


「な、なんか鼻血が出そうな感じですシショー」

「ははは。わかるわかる」


 ハイ・ポーションやスタミナ・ポーション、マインド・ポーションを飲んだ時に良く起こる感覚だ。

 それは過剰回復。

 なにか、身体から溢れそうな気がするのだが、口からではなく鼻から出そうな気がする。その理由もまだサッパリと解明されていない。


「それはともかく、魔力は理解できたか?」

「は、はい! えと、なんとなく――分かります!」


 よろしい、と俺は講義を続ける。


「では体内の魔力を細い糸へと変換させるんだ。イメージ的にはそうだな……こう、指の先から血が流れ出る感じか」


 体内をめぐる魔力。

 それが指先から流れ出て、固まって糸になる。

 魔力糸は魔法ではない。

 あくまで、魔力が外に出ただけの形だ。

 もしも魔法であるというのなら、この世に盗賊という職業は存在しないだろう。盗賊でも安易に使えるからこそ、魔力糸が利用されるスキルが生まれたのだ。


「く、ぉ、おおお、ぉぉぉお!」


 パルは右手の人差し指を一本立て、気合いを入れるように左手で手首を握る。そのまま指先を凝視するように集中すると、ぽふっと魔力の糸が顕現した。


「出ました! できましたよ師匠! でもなんか、こう、太い……もけもけ……」

「……毛糸みたいだな」


 まぁまぁ、と俺はパルの頭を撫でてやる。


「あとは練習だ。より速く、より細く、より丈夫に、より自由に。その気になれば、こんな事もできる」


 俺は魔力糸を顕現させ、それをぐるぐると丸めていく。


「ボールになった。おぉ~」

「実はボールの核に石を使っている。投石紐、いわゆるスリングが無くても――」


 俺は魔力糸で作ったボールから糸を一本伸ばし、それをぐるんぐるんと回して遠心力を与える。頃合いを見て手を放すと、ボールはそのまま真っ直ぐに飛んでいき、木にカツンとぶつかって消失した。


「こんな風に即席の武器にも使える。使いこなせるかどうか、それは練習次第だ」

「わ、わかりました師匠!」


 よろしい、と俺は歩き出す。


「はい、散歩しながら魔力糸を顕現させる練習だ。まずは……細く長くできるように頑張ってみよう」

「はい!」


 というわけで、俺はパルの練習を横目で見ながら街の外を散歩と称して、とある場所を目指して歩くのだった。

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