~卑劣! 食べすぎ注意の夜~
冒険者の宿。
と呼ばれている建物からは、今日の冒険を終えた冒険者たちが祝杯をあげている声が外にまで飛び出してくる。
飛び交うアルコールのにおいと共に本日の戦利品を自慢しあう姿は、夜道からでも見ることができた。
彼らは明日も、冒険へ旅立つだろう。
中には命を落とす者もいるかもしれない。
命からがら逃げ帰る者もいるかもしれない。
それでも。
死ぬつもりなんて欠片もないが、それでも運命は待っている。それこそ死神はいつだって笑っているものだ。
だからこそ、冒険者は冒険の無事を喜び、大騒ぎし、その短い人生を祝うのだ。
「うぐぅ……師匠~……」
「なんだ、どうした?」
俺の背中で、明日は無事に生き残れるはずの少女が、今日にも死にそうな声をあげた。
「苦しいです……」
うぇっぷ、と少女らしからぬ悲鳴をあげてパルはあえいだ。頼むから逆流だけは阻止してほしい。
「当たり前だ。ほとんど飲み込んでただろ、おまえ」
「だって、だってぇ~」
夕飯は適当な店に入って、適当に注文したものを食べた。それこそ、特筆すべき料理なんてひとつもない、一般的な物ばかり。
もちろん、パルにはおごってやったのだが、それがアダとなったらしい。
蒼い瞳を輝かせたパルは、誰にも取られまいと勢い良くがっついた。少女がはしたない、とは俺の口からは言えなかった。
なにせ、彼女は泣きながら食べていたのだから。
「う、うぅ、うううぅうぅぅ」
そんな風に、うめくように、ぐちゃぐちゃになった顔で、ごはんを食べる姿は……まぁ、なんていうのかな。今までどんな食事を取ってきたのか、想像させるには充分だ。
不覚にも、俺も泣きそうになってしまった程だ。
「生まれて初めてお腹いっぱいになったんです、師匠……」
嘘だ。
きっと赤ん坊のころに、体験しているはず――
とは、言わなかった。
パルが覚えていないのだ。それはカウントされない。
「あんなに温かくて、美味しい料理……はじめてでした……」
背中でパルが、うめき声の間に伝えてきた。
できれば、普通に聞きたかった言葉だが……ま、仕方がない。
「そうか。そりゃよかった」
だが――
「盗賊が喰い過ぎで動けないなんて前代未聞だぞ」
「あ、あたしは初代だからいいんです……」
「おまえ弟子だろうが。少なくとも二代目だぞ」
「い、いいんですか……あたしなんかが二代目で」
「今更だ。ダメだったら、今頃おまえがロリコンだーって叫びまわってる頃だろうさ。ゲラゲラエルフに笑われてた理由が別になってたぞ」
「それはそれで、見てみたかったです……うぐぅ」
背中からずり落ちてきたのでジャンプして位置を整えたのだが、パルは苦しそうな声をあげた。
まったく。しょうがない弟子だ。
「あとで文句言うなよ」
太ももを持って支えていたのだが、両手をおしりに回した。骨ばっかりで少女らしさの丸みすら感じられないので、役得感ゼロだ。
「言いませんよ、師匠。あたしの身体は師匠に捧げますぅぅ、うぐぐ」
嬉しいことを言ってくれる――とは、思うものの。
今の骨と皮ばかりの少女を抱く気概は、俺には無い。
「ま、楽しみにしてるよ」
できるだけゆっくり歩きながら、中央広場前の『黄金の鐘亭』に戻ってきた。
いや、帰ってきたと言うべきかな。
しばらくは、ここが我が家だ。
夕飯時を終えて、宿の中は落ち着いていた。昼間に集まっていた商人たちはチェックアウトをして出て行ったのだろう。もしくはチェックインして、早々と部屋に閉じこもっているのかもしれない。
「あ、エラントさんとパルちゃん、おかえりなさい」
巨乳従業員リンリー嬢が出迎えてくれた。
「ただいま」
「た、ただいまです……」
「どうしたんですか、パルちゃん?」
「ただの喰い過ぎだ」
俺がそう言うと、リンリーは眉根を寄せて苦笑した。孤児だった少女が初めてまともな食事にありついた、となると想像は容易いのだろう。
「お水、持っていきますね」
「すまない」
俺はそれだけ告げると部屋へと戻り、パルを背中からおろした。
「まったく……レディが聞いてあきれるな」
食べすぎというか、食べなさ過ぎて骨と皮だけだった手足に、ぽっこりと膨らんだお腹。どう考えても病気にしか見えん。
ゴブリンがこんな体型をしてなかったか? そんな気がする。
「うぅ。師匠」
「俺は神官でもなんでもないぞ。残念ながら盗賊スキルではおまえを助けられん」
もとより、神官魔法にさえ食べ過ぎに効く魔法なんて存在しないと思うが。
「うぐぐぐ」
まぁ、お腹が痛くなってないだけマシか。
「失礼します。お水と薬草を持ってきました」
と、扉をノックしてリンリーが入ってきた。コップに水と薬草を持ってきてくれたようだ。
「はい、パルちゃん。これ飲んで」
「も、もう入らない……」
「がんばって。じゃないと、明日も苦しいよ」
「は、はいぃ……」
リンリーによって口に薬草を詰め込まれる少女。ま、欲望のままに走った罰としては軽い方ではないだろうか。
場合によっては命を落とすので欲望というものは怖い。食欲によって、その苦しさを最初に味わえたのは僥倖かもしれないな。
「俺は風呂に入るから。苦しくなったら吐くんだぞ」
「ぜったいに嫌です」
欲深いな!?
まったく。
「リンリー、頼んだ」
「はいはい。任されました」
ひらひらと手を振って挨拶し、俺は風呂へと入る。
初めて風呂を見たが、贅沢の極みだな。掃除も行き届いているらしく、ぬるぬるとしたところがない。
さっそく湯につかり、旅の疲れと今日の疲れを一気に落とした。
サッパリとして、スッキリとしたところで風呂から出ると、リンリーの姿はなく、ベッドで『大』の字になって寝ている弟子がひとり。
「くかー」
パルにとって、ふかふかのベッドなんて初めてだろう。俺だって、宿屋に泊まれる機会は少なく、ベッドに布団は贅沢に感じる。いつもは野宿だし、牢屋の中の石畳も経験がしたことがある。
それに比べたらベッドには魔性の力があるとも言えた。
なにせ、すぐに睡魔が襲ってくるのだ。
あの強さには、なかなか太刀打ちできず、すぐに夢の世界へと引きずり込まれてしまう。
パルが大口を開けて寝ているのも無理はない。
「ノンキなもんだ」
さてさて。
弟子によってベッドが奪われてしまった。奪い返すのは簡単だが、それではどうにも師匠の器が小さいのではないか。と、思ってしまう。
「野宿に慣れたもんだし天井があるだけマシか」
俺は床に寝転がると、目を閉じる。
寝る前の少しばかりの儀式がある。まぁ、呪いとか魔法とかそういった類ではなく、ちょっとした確認程度の話なのだが。
「ふん」
勇者ご一行は……まだ人間領のようだ。
遅々として、その歩みは進んでいない。
「魔王領の情報収集に手間取っているようだな」
さもありなん、というやつか。
ふん、と俺は鼻を鳴らして目を閉じる。
「おやすみ」
誰に告げるでもなく俺はそう挨拶すると、まどろみの世界へ旅立つのだった。
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