~卑劣! はじめてのおかいもの~

 パルはちょっと気になることが、というニュアンスでルクス・ヴィリディに言う。


「あの、情報を売ってください」


 それを聞いたルクスは、ちょっぴりくちびるを尖らせたあと、いいよ、と笑った。

 しかし、その表情はすぐに盗賊のそれになる。

 どこかアンニュイで、どこか世間をバカにしたような――盗賊らしい表情と言えた。


「情報はCからAにランク分けされている。更に上のランクもあるが……まぁ、今回は絶対に関係ないだろうから説明は省く。聞きたい情報のランクはこっちで判断するから、何を聞きたいのか先に言っておくれ」


 では、とパルは質問した。

 そう――情報を聞きたいのではなく、質問だった。


「どうしてテストが追加されたんですか?」


 おっと。

 いきなり核心を迫る質問だった。

 俺にはなんとなく予想が付いていたので、あえて言うほどでもない事と思ったが。パルは気にしていたようだ。

 まぁ、無事だったとはいえ、人質にされてナイフの刃の冷たさを知ったのだ。場合によってはほっぺたに穴が開いていたかもしれない状況ではあった。

 そうなってしまった原因を知りたい、と思うのも無理はない。

 パルは真剣な表情でルクスに質問をした。


「そいつはCランクの情報だな、パルちゃん。1アイリスよこしな」


 一瞬、きょとんとした表情を浮かべたルクスだが……その質問の意義に気づいてから細い人差し指を一本立てた。


「やすっ!?」


 パルは驚いた声をあげ、俺は後ろで肩をすくめた。

 銅貨一枚。それも最低価格。おつりでしか使われない不運のアイリス銅貨は、ここにきて初めての主役を担えたようだ。


「くふっ……ふふふ」


 パルの驚く声を聴いてルクスは肩をゆらして笑いをこらえている。

 ゲラゲラエルフ、というか、相当にダメージが深いようで、今日の彼女はもうダメかもしれない。

 しばらくは俺とパルの顔を見るだけで笑いそうだ。


「ん、んん」


 セキ払いをして、ルクスは笑わないように気合いを入れた。

 洞窟探検や侵入捜査、はたまた貴族との謁見では致命傷にもつながる。無表情が華、とは言わないが、そこそこ鉄仮面を演じる能力は盗賊には必須のはずなんだがなぁ……

 そんな俺の思慮は別にして、ルクスが懇切丁寧にパルに状況説明を開始した。


「ま、簡単に言えばそこの旅人の実力が高そうだったのでぶつけといた。それだけだ」

「師匠が?」

「そうそう」


 と、ルクスはうなづいた。


「パルちゃんがいつ弟子になったのかは知らないが、この師匠は領主からターゲットされるほどの旅人なんだよ。なにをやったかは、まだ聞いてないし情報もまわってこないが。ま、とにかく街の状況を鑑みるに、ただの旅人じゃないことは確かだ」


 パルは、うんうん、と納得するように話を聞く。

 一応は師匠らしい実力を見せておいたのが幸いか、ルクスの説明に合点がいってるようだ。


「現状、領主はたかが旅人ひとりに構っているヒマなんて無い。むしろ、そんなヒマがあるような領主ならば、とっくの昔に街は荒廃してる。わたしが言うのもなんだが、ウチの領主さまは立派なものさ。ただ運が無かった」


 豪雨災害は魔王の仕業ではない。魔物のせいでもなく、ましてや人災でもない。本当に運がなかっただけの自然災害だ。

 神に祈ったところで、雨が止んだ訳でもなく――どうしようもなかった話だろう。


「そんな運の悪い領主が、たかが旅人ひとりに注目した。この時期に、このタイミングに、だ。なにかあるに決まってるし、なにかやったに違いない。それがパルちゃんの師匠だ」


 パルは振り返って俺を見る。

 俺はそんな弟子の視線から逃げるようにそっぽを向いた。


「師匠は何をやったんですか?」

「さぁ。俺は盗賊だからな。盗みにでも入ったのかもしれないぜ?」


 ぜったいに違う、という確信を持った蒼い瞳で見られたが……今この場で金塊の話を出すには少しためらわれる。

 その出所を聞かれれば答えられる訳がないし、なにより勇者パーティにつながってしまう。

 追い出されるような酷い盗賊だと思われたくない、というのが本音であり……そんな目で見られたくない、というつまらない俺のプライドだ。


「ま、なんにしてもその旅人さんが盗賊ギルドに来て、加入したいって言うじゃないか。それだったら、と最近調子に乗ってるデブにぶつけてみることにした。失敗したらそれまでだけど、そうはならない確信があったからさ」

「そ、それも情報から読み取れた……のですか?」


 なるほど。

 パルは俺から言われた『情報の大切さ』を実践しようとしているのか。もちろん、自分が置かれた状況に対しての理解という意味もあるだろうけど。

 数々の情報を仕入れていたルクス。

 だからこそ、俺の強さを確信をもってクラッスウスへの対抗とした。

 そう予想したパルだが……ルクスの返答は酷かった。


「いや、女の勘」

「えぇぇ……」


 なんだそりゃ、といった感じのパルの表情にルクスはまたケタケタとお腹を抱えて笑った。


「あっはっははは! ひひひひひひ……いひぃぃぃ……はぁ~、しんどい……もうダメだ。ん、よし。ふぅ。ほら、でも女の勘は当たっただろ?」

「あ、はい。確かに」


 ルクスはニヤリと笑って俺を見た。


「なんにしてもだ。この街の治安が下がってきたのが、あんまり褒められた状況じゃなかったからな。その要因のひとつでもあるデブをなんとかしたかったんだ」

「治安……盗賊にとって都合が良いんじゃ?」


 パルの質問に、俺とルクスは首を横に振る。


「だったら魔王領に行けばいい。秩序を暴力によって保っている世界だよ、お嬢ちゃん。そんな場所なら盗賊は大活躍できるかい?」

「できないんですか?」

「悪いヤツは、もっともっと悪いヤツにいいように使われておしまいなのさ」


 そう言ってルクスは紫煙を吐き出した。

 ルクスにも何か思うところでもあるのだろう。

 俺も同じ気分だが、残念ながらタバコは吸えない。苦いから。キセルとかタバコはカッコいいけど、俺には合わなかった。ざんねん。


「師匠も、そう思んですか?」

「俺が悪いヤツだったら、そうだな。パルを弟子にする。修行だって言って娼婦にする。売上を全部もらう。そういう話だ」


 小悪党は、大悪党には敵わない。

 本当に力を持つ者以外、それは本当に得をするとは言えないのだ。


「治安が悪くなると、みんな外に出なくなって仕事ができないからね。商売あがったりさ」


 スリも詐欺も、何もかも。

 盗賊の仕事をしようにも警戒心が跳ね上がり、旅人なんか来なくなり、自警団の目が厳しくなる。

 そうなってはスリや詐欺どころではない。

 さっさと見切りをつけて王都にでも行った方がよっぽどマシだし、冒険者の方がよっぽど儲かる。

 盗賊っていうのは性根が腐っているので、楽して安全に生きていきたいものなのさ。

 ……そりゃ賢者と神官に嫌われるよな、と思ってしまうのが情けない。


「秩序を守る。それが盗賊ギルドの仕事でもあるのさ、パルちゃん」

「わ、分かりました」


 情報はおしまい、とばかりにルクスは両手をあげた。


「ところでパルちゃん。情報を売ってくれないか」

「なんの?」

「師匠の強さだ。1アイリスでいい?」

「師匠の強さは10アイリスくらいありますよぅ!」


 いや、言い値の十倍だけど。

 十倍だけど、所詮は銅貨。

 リンゴも買えないぞ……


「よし買った!」

「はい!」


 商談が成立してしまった。

 ちくしょう。

 10と刻まれた少し厚めになった10アイリス銅貨を受け取り、パルは喜々としてクラッスウスとの闘いを説明した。

 その際、光の聖骸布を一切出さなかったのは、褒めるべきところか。そこに言及しようとしたら会話を実力行使で打ち切るつもりだったが、その必要はなさそうだ。

 こっそり用意した魔力糸を忍ばせた手をちらりとルクスに見られたが……問題あるまい。

 しかし、さすがは盗賊ギルドの受付をする程の人材だな。目ざとく感づかれてしまった。


「で、師匠が後ろに回って、倒したんです! バックスタブです!」


 ドヤァ、とパルが語った。

 他人から自分を評価されるのは、こう、やっぱりなんかちょっと気恥しいな。


「ふむふむ。師匠……いや、エラント。おまえさんスキルマスターか」

「一応な」


 盗賊スキルをマスターレベルで使えるのは間違いない。


「どれだけ使える?」

「そいつは個人情報だ。高いぜ?」

「いくらだ。買うぞ」

「100ペクニアだ」


 金貨百枚。

 俺の秘密を知りたければ、それぐらいは払ってもらいたい。


「ぷふっ、ごほッ! ん、ん。いや、ごめん。笑うつもりなかった。ぶふ。ふふふふははははははっはあははっははは! あーん! 笑かすなよおおおほほほほははははははは」


 しかし、ルクスは爆笑したのだった。

 ……冗談のつもりではあったけど、そこまで笑わすつもりはなかったんだけどなぁ。

 しかも、そんなに面白かった?

 俺はパルを見るが、パルも俺と似たような表情をしていた。


「じゃ、帰るぞ。これからよろしくな、ゲラゲラエルフ」

「ばいばい、ゲラゲラエルフ」

「だはははは、誰が、だれがゲラゲラ、ゲラゲラって! ゲラゲラエルフふふふふて! あっはははははは! ふひひひひひひひ、だか、だからやめて! 漏れる、今度こそ漏れちゃう! うひ、ひひひひはっはははははははははは!」


 ダメだこりゃ。

 俺は肩をすくめて、パルといっしょに盗賊ギルドから脱出した。

 地下からは永遠にエルフの笑い声が響いている。


「大丈夫か? 秘密にしてる意味あるのか、これ?」


 ぜったい外まで声が漏れてるよなぁ……

 周知の秘密だとか?


「ゲラゲラエルフの呪い」


 ぼそりとつぶやくパルの言葉に、俺は肩をすくめた。

 街のうわさで、そういった類の物がありそうな気がする。

 まぁ、なんにしても。

 盗賊ギルドに無事、加入できたのだった。

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