~卑劣! 盗賊ギルドに正式加入!~

 パルをおんぶしながら酒問屋『酒の踊り子』まで戻ってきたのだが……


「師匠、もう歩けます。たぶん」

「あぁ」


 パルの細い太ももから手を放すと、彼女は軽く地面へと飛び降りた。


「……はい、大丈夫です」


 ぴょんぴょんと軽くジャンプしてみせ、ガクガクと震えることがないとアピールした。

 その見た目以上にパルの体重は軽くて、なんというか、より一層と悲壮感が増した気がする。

 もう少し出会うのが遅かったら、この娘は死んでいたのではないか。

 そんな気がしてしまった。


「よし。次からは自分で歩いてくれよ」


 そう言って、俺はパルの頭を撫でる。

 サラサラの髪。

 数時間前の彼女とは思えない髪質に苦笑するしかない。

 今この瞬間にも、きっと路地裏では誰かが空腹で倒れていると思う。子どもであろうと、大人であろうと、それは関係ない。

 そいつらを全て救えるか?

 と聞かれたら、俺は首を横に振るしかない。

 もちろん、一時をしのぐ程度の助けはできる。宝石と金貨を全て投げ出せば、一時的だが全員を食べさせることができるだろう。

 でも、それだけだ。

 続かない。

 すぐまた飢えはやってくるだろうし、彼らが仕事にありつけるわけではない。むしろ、無償で救った分、余計に質が悪くなる可能性だってあった。


「どうしたんですか、師匠?」

「いや、なんでも」


 ぐしぐしともう一度パルの頭を撫でてから自在扉を開けた。取り付けられているドアベルがカランコロンと鳴り、筋肉男が奥から顔を出す。


「あ~、珍しい酒はあるかい?」

「はっは、一日に二度は手間だろう旦那。いいぜ」


 筋肉男が奥を親指を立てて示した。符合や符丁は大事だが……一日に何度もやるのは不便なので、このあたりの臨機応変さには助かる。

 もっとも。

 他に客がいないからこそ、だろうが。

 タイミングによっては奥で本当に商談を始めないといけないかもしれないな。そのあたりをごまかす為にも、少々酒はたしなんでおいた方が良い。


「それにしても旦那が戻ってくるとは思わなかった」

「ん?」


 親指で弾いた銀貨を受け取りながら筋肉男は苦笑する。


「クラッスウスですよ」

「あぁ。テストの内容か」


 それですがね、と筋肉男は語る。


「姐さんから聞きやしたが……あれは姐さんの思い付きなんですよ。どうも最近、ヤツが勢力を伸ばしつつありやしてね。若手を取り込み始めたもんですから、対策しないとって話だったんです」


 そうなのか、と俺は眉根を寄せた。


「それなのに姐さんが旦那をけしかけるもんですから、俺はどうなるもんかと思ってやしたが……旦那、いったい何者なんです?」


 俺は肩をすくめた。


「ただの旅人だ。いや、たった今から旅人でもないか。盗賊だよ盗賊。どこにでもいる普通の盗賊さ」


 俺の言葉に、今度は筋肉男も肩をすくめた。


「そう言われちゃ、どうしようもない。なんにしても旦那、今度一杯おごらせてくださいよ。お嬢ちゃんも一緒に」

「は、はい。ありがとうございます?」


 急に話を振られたパルはおっかなびっくりと答えた。

 大のオトナにおごられる、なんて経験は今まであるはずもなく。どう答えていいのか分からないのも無理はない。

 そんな筋肉男にギルドへの隠し階段に案内され、俺とパルは忍び込むように机の下へともぐりこんだ。

 石の階段をコツコツと降りていくと、再び紫煙のただよう地下一階に出る。迷宮の入り口にも似た感じだが、俺は遠慮なくニセモノの壁をすり抜けて奥へと進んだ。


「おぉ」


 パルも続くが、偽壁の間で止まっている。


「厚みがないんですね」


 幻の壁は、まるで紙一枚のように薄い。手ごたえも何も無いので、遠慮なくすり抜けられる。


「もう帰ってきたのか」


 そんな俺たちに対して、驚いた表情のエルフが病的な瞳を見開いた。


「聞いたぞ、ルクス・ヴィリディ。こいつはテストじゃないらしいな」


 俺はルクスに黒の革袋を投げ渡した。

 クラッスウスを探し当てた証拠でもあり、ヤツを倒した証明でもある。


「むぅ……こいつは確かにデブの財布だねぇ。どうやった? スリか? いや、バックスタブか? どんなスキルを使ったんだ?」


 さぁ、どうだろうな。と俺は肩をすくめてみせた。

 手の内は例え味方であろうとも明かさない。

 それが盗賊ってものだ。

 まぁ、仲間には明かすけど。連携とか取れないし。


「どっちにしろテストは合格だろ。俺とパルの加入を認めてくれ」

「あぁ。問題ない。特別テストにも合格したんだ。認めない訳がない」


 と言っても、ルクスは何もする様子がなかった。

 まぁ、盗賊ギルドなんてそんなものだ。冒険者ギルドとは違って正式な身分を保証してくれるわけでもなく、ただの『面通し』のようなもの。その有無は必須だが、証明書もなければエンブレムもない。

 盗賊ギルドに加入した。

 その言葉だけで、成り立っているようなものだ。


「旅人、あんたの名は?」

「エラントだ」

「……よし、覚えた。お嬢ちゃんは?」

「パ、パルヴァスです」

「……よし、そっちも覚えたぞ。これで問題なし。『仕事』をしてもいいぞ」


 仕事ね。

 まぁ、そっちの仕事はあまりする気にはなれない。


「デブの金はどうする? 上納金にしておくか?」

「師匠、上納金って?」


 パルが質問してきたので、ルクスが説明してくれた。


「盗賊ギルドに納める金だ。上納金が増えればギルド内での地位があがっていく。他にもギルドから依頼された仕事をこなせば地位はあがる。まぁ、高いからといって良いことがあるわけでもないが、おいしい仕事を回される可能性があるってくらいだな。だからといって楽な仕事って訳じゃないけどな」


 どうする、と聞かれたので俺は中身だけ返してもらうことにした。

 金貨ばかりで、使いにくいのが現状だ。小銭である銀貨と銅貨が足りてない。

 この街で生きていく限り、宝石や金貨で支払う行為は、目立ちすぎているので遠慮したい。だからといって、ポケットの中に残っている宝石と金貨をいつまでも持っておきたくないので、難しいところだ。


「ケチだなエラント師匠」


 ちぇ、とルクスはカウンターの上でジャラジャラと貨幣を広げる。銀貨は少なく、ほとんどが銅貨だった。

 あのデブ、もっと持ってるはずだが『自分の財布』だけ渡しやがったな。


「パル、おまえが持ってろ」

「え、あたしですか」


 無一文、というわけにもいくまい。

 お金の使い方というものも学ばないといけないので、頃合いのおこづかいだ。


「おぉ~」


 両手いっぱいに硬貨を持って、パルはちょっとだけ瞳を輝かせている。


「そのうち自分で稼げるようにな」

「はい、頑張ります師匠!」


 と、そんなパルの返事を聞いてルクスが噴き出した。これは面白いから笑ったのではなく、思い出し笑いというやつだろう。相当なダメージだったようだ。


「えーと、ルクスさん……?」

「ルクスでいいよ、パルちゃん」


 なんでもない、とルクスは手のひらをヒラヒラと振った。


「じゃぁ、ルクスちゃん」

「いや、そこはちゃんとルクスって呼んでやれよ」


 エルフだぞ。

 ぜったい恐ろしいほど年上だぞ。


「あ、はい」


 という俺とパルのやり取りで、またルクスが噴き出した。ひひひ、と笑いをこらえているせいで、びくびくと肩が跳ね上がっている。

 ゲラゲラエルフで間違いないようだ。


「じゃ、じゃぁルクス姐さん、で。えっとお願いがあるんですが」

「ぷくく……んっ、ん! よし、大丈夫。なんだ、パルちゃん」

「財布用の革袋を売ってください」


 なるほど、とルクスは笑顔で答えた。


「あいよ。ちょうど可愛いのがある」


 そう言ってカウンターから離れ、奥の扉の中へ移動するルクス。ちらりと扉の隙間から見えた先には、大量の本と紙だらけになった机が見えた。

 するりと滑り込むようにしてすぐに戻ってきたルクスの手には赤い革袋。かわいい、というよりオシャレな感じだが、まぁエルフと人間の感覚差かもしれない。

 それにしても立ち上がったルクスを見たが……病的に細い。エルフという種族なだけに痩せているのは当たり前なのだが、それ以上に細い印象だ。

 でもやっぱりエルフはエルフ。

 どんなに痩せていても、やつれている訳でもなく、そして醜くもない。

 美しくも病的。

 そんな印象だ。


「ありがとう、ルクス姐さん」

「ふふ」


 ルクスはパルの頭を撫でて、そのままどっかりと座るとキセルの煙をご機嫌に吐いた。

 その間にパルは赤の革袋に硬貨を入れる。全て詰め込んで重さを確かめたあと、再びルクスへと向き直った。


「あの、もうひとつだけ、いいですか?」


 パルは赤の財布を握りながらルクスに言った。


「情報を、売ってください」

「んお? 情報かい?」


 さて、なんだろうか?

 俺とルクスは、ちょっぴり興味津々に小さな盗賊を見たのだった。

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