~卑劣! 正々堂々真正面から不意を打つ!~

 本日最後のレッスン。


「ちゃんと盗賊スキルを使ってやるからな」


 と、俺はパルに講義を続けると言ったのだが……


「は、はぁ」


 聞こえてきたのは生返事だった。

 しまった。

 もしかして、パルはもう飽きてるのかもしれない。

 うーむ、講義っていうのは想像以上に難しいのかもしれないな。何を教えてるか、何を見せてやるのかでモチベーションが違ってくる。

 弟子を取るのは、やっぱり大変だな。

 教育だっけ?

 学校とかいうところもあるんだっけ?

 貴族の子息が通うそういった組織では、教師がいろいろと教えてくれるそうだ。座学から、実践までを含めて。

 自分には関係ないと思っていたのだが……そういった情報も集めとけば良かったなぁ。


「い、いい加減にしろよ、旅人」


 クラッスウスが折れたばかりの肘を確かめるように確認しながら俺をにらみつけた。

 ハイ・ポーションで骨は完全に回復しているが、折れた際の痛みや衝撃が消えるわけではない。

 なにより、肘が逆に曲がる、という精神的な負荷は相当なものだ。しばらくは幻痛に悩まされるだろう。


「ぜったいに許さねぇ……二度と歩けなくしてから指を一本一本ゆっくりと折ってやる……楽に、簡単に死ねるとは思うなよ。殺してくださいと謝っても、ぜったいに死ねると思うなよ!」


 怒り心頭、ここに極まれり。

 クラッスウスは懲りずに俺へと向かってきた。

 ただし、足取りは慎重だ。愚直に突っ込んでこないってところが、少しは冷静になったんじゃないかな。

 ま、無駄だが。


「見ておけ、パル」


 これが盗賊の代名詞とも言われているスキル。


「バックスタブだ」


 警戒しながら攻撃をしかけてくるクラッスウスに向かって俺は一歩、踏み出した。そこでスキル『影走り』を強引に使用する。

 緩と急を織り交ぜたステップでクラッスウスへと肉薄した。

 正真正銘、正々堂々、真正面からの不意打ち!

 視線と身体の動き、ふたつのフェイントを重ね合わせ、足首がねじ切れそうな加速とターンを二度行使し、俺はクラッスウスの脇から強引に後ろへと回り込んだ。

 一呼吸。

 まるで消えるかのごとく。

 盗賊スキルはマスタークラスの最高峰『バックスタブ』だ!


「へ?」


 マヌケなデブの声。

 いや、もしかしたら周囲を取り囲んでいたチンピラの声だったかもしれない。

 目では追えない程の高速移動は、単一スキルをマスターしただけでは不可能な領域だ。それこそクラッスウスには俺が消えたように見えただろう。

 人間の肉体限界を超えたかのような動きを可能にしているのが、首にマントのように装備している布。

『光の聖骸布』。

 かつて、光の精霊女王の亡骸を包み、天へと登る手助けをしたと言われる伝説の布だ。それはドワーフの技術とエルフの魔法、有翼種の糸と小人種の針、そして人間の祈りが込められた布と伝わっている。

 神話に遺る古代遺物。

 おとぎ話に出てくる物。

 光の精霊女王を題材にした絵本にさえ登場する、誰もが知っている物だ。

 それは実在した。

 精霊女王を信仰する神殿に厳重に保管されていたそれは……今は俺の手元にあった。

 それが許される行為だとは思っていない。

 だが、勇者は俺たちに必要なものだ、と言ってくれた。

 なにより、光の精霊女王ラビアン様からお叱りを受けることはなかった。だからこそ俺と勇者は最大限に利用することにしたのだ。

 普段は真っ白な布は、身にまとうと赤くなる。

 それだけでは何の効果も発揮しないが、はっきりと使用するという意識を持った瞬間に、聖骸布は黒へと染まり、その真価を発揮した。

 全ての能力値を限界まで引き上げてくれる効果。

 簡単に言ってしまうと、肉体レベルとスキルレベルをマックスにしてくれる。

 それが、光の聖骸布を装備した際の効果だ。

 マジックアイテム?

 それどころではない。

 魔法を超えた、奇跡のアイテム。

 奇跡宝物(ミラクルム・フォルティトゥード)だ。

 更にもうひとつ、聖骸布には効果があるのだが……それは戦闘には関係しないので使いどころは微妙かな。

 まぁ、とにかく――

 クラッスウスの後ろへ回った俺は、容赦なく膝を蹴飛ばした。デブの体重を容赦なく耐えてきた膝だが、さすがに強制的にカックンと曲げられると、耐えられない。

 クラッスウスはそのまま膝を付き、俺の前で膝立ちになる。

 その首に、俺は隠しナイフを添えた。


「これが、盗賊の代名詞、バックスタブだ」


 後ろ(バック)刺す(スタブ)というふたつの言葉がつらなった言葉だが、その単語自体が盗賊を示す言葉にもなっている。

 バックスタブには、他にも『不意打ち』や『裏切り』、『陰口』『陰謀』『卑怯な行い』といった具合に、散々な意味を持つ言葉になっている。

 まぁ、ようするに盗賊の技、ということだ。

 盗賊のイメージがそのままバックスタブという言葉の意味になったわけだ。


「ま、こんなもんだ」


 俺はナイフを引っ込め、クラッスウスの背中を蹴った。重い腹をぶよんと震えさせ、デブは四つん這いになる。ダラダラと冷や汗がデブの首から流れ落ちるのが目で見えた。太っているだけに冷や汗の量も多いようだ。水分の取り過ぎだな。

 さて。


「これで本日の講義は終了とする。なにか質問はあるか、パルヴァス君?」

「……し、師匠ってめちゃくちゃ強かったんですね」


 まぁ、これでも勇者パーティの一員だった、なんてことは情けないので言えない。

 俺は肩をすくめるだけにしておいた。


「て、てめぇ……くそ、おまえら!」


 そんな俺の前でぷるぷると震えたクラッスウスは叫ぶようにしてチンピラを焚きつける。とうとう『多勢に無勢』というやつに訴えるのか、と思ったのだが……

 クラッスウスの命令に動いたのはひとりだけだった。

 街の入り口で俺へ声をかけてきた鼻の高い小男。そいつだけが、それこそ盗賊のように素早く動き、パルを羽交い絞めにする。


「へうっ!?」

「大人しくしなガキぃ! じゃねーと、綺麗な顔に傷がついちまうぜ」


 小男はパルの頬にナイフの刃をあてた。

 冷たい感覚にパルは、ひっ、と短く声をあげて黙る。


「ぶふ、ふくくく・・…ガキを連れてきたのが間違いだったな。へ、へへへ動くなよ、旅人。おまえがいくら早くても、動いた瞬間にガキの口がふたつに増えるぜ」


 デブが勝ち誇ったかのように立ち上がる。


「し、し、師匠――」


 パルはおびえるように、俺を見た。


「もう講義は終わったんだがなぁ。これじゃぁ延長じゃないか」


 俺は肩をすくめる。

 すでに講義に飽きていただろうパルの心境はいかに……? とも、思ったが本人は講義どころではないだろう。

 人質と首ナイフ。

 盗賊の間では良く見る光景だ。


「動くなよ、妙な動きを見せた瞬間にはガキが――」

「覚えとけよ、パル。人質を取られた場合、相手の要求をのんではいけない。屈してはいけない。例え人質が殺されたとしても、言うことを聞いちゃいけない」

「なっ」

「し、師匠……!?」


 驚いたのはクラッスウスと小男だけでなく、パルもだった。


「それが基本だ。あくまでな」


 バカめ。

 俺の言葉に動揺するとは……まったくもってレベルの低い盗賊たちだ。

 俺は持っていたナイフをスローイングする。

 盗賊スキル『投擲』。

 それは石であろうと投げ斧であろうと投げ槍であろうとも、それこそ投げナイフならば尚更だ。的へ向かって正確に投げる技術である。

 光の聖骸布のおかげ?

 まったくもってノーだ。

 俺は盗賊スキルを全てマスターレベルで会得しているが、その全ては努力と練習なんだよ!

 技術と努力は裏切らない!


「いてぇ!?」


 盗賊スキル『鷹の目』と『投擲』の複合!

 パルにナイフを突きつける小男の手にナイフを問題なく命中させた俺は、再び影走りを利用してクラッスウスを通り過ぎ、小男よりも低く、まるで地面に付きそうな程に身をかがめ懐に飛び込んだ。


「ふっ……!」


 短い呼気を吐き、滑り込むように小男のみぞおちに肘を叩き込んだ。


「ごほぁっ!?」


 と、奇妙な声と共に昼食をまき散らしながら小男は地面へと倒れる。


「おっと、財布は返しておくよ」


 今度は受け止めることなく、小男は吐しゃ物まみれの地面へと突っ伏した。その背中に、昼間にスった財布を投げ捨てるように置いた。


「まだやるかい? 残念だけどハイ・ポーションはこれで売り切れだ」


 小男の頭とナイフの傷にかけるように、俺は上回復薬をどぼどぼとこぼす。

 ま、手に刺さったナイフの傷は治るけど気絶から復活することはない。しばらくは倒れたままだろう。


「き、貴様……何者なんだ……」


 クラッスウスが苦々しい顔で聞いてきた。


「ただの旅人で、ただの盗賊ギルド加入希望者だ」

「師匠!」


 抱きついてきたパルの頭を撫でてやる。彼女の腕は震えていたし、涙もにじんでいた。

 それなりの報いは受けさせたし、これ以上の攻撃は必要ないだろう。


「あ、そうだ」


 加入テストはクラッスウスを探すこと。

 このまま戻ったのでは、会ってきた証拠が何も無い。


「クラッスウスさんよ」

「な、なんだ……」

「何かおまえさんに会った証拠を持って帰りたいんだが」

「わ、わかった」


 すっかりと戦意喪失したのか、デブは素直にうなづいて自分の財布を投げてよこした。特徴的な黒い革で作られた袋だ。確かに証拠になりそうだ。


「中身はいらないぞ?」

「いいから、持っていけ。それで……勘弁してくれ」

「分かった。ありがとよ」


 俺はそう言って、颯爽と立ち去ろうとしたのだが……


「パル、動けん」

「し、師匠……怖くって、身体が動かない……」

「えぇ~」


 仕方がない、とパルをおぶる。漏らしてないだけマシか。


「ぜんぜんカッコつかないな、これ」

「ご、ごめんなさい……」


 ため息をつきつつ、俺はパルをおんぶしながら盗賊ギルドに戻るのだった。

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