~卑劣! テスト中にレッスン開始~

 これはテストか、それとも本番か。

 どちらにしろ、相手を殺してしまうと問題がありそうな気がするので、手加減は必要だ。

 しかし――


「実力は見せておかないとな」


 どちらかというと因縁に軍配があがるような状況だが、テストの可能性も捨てきれない。

 そのどちらであっても、実力を見せつける有用性はあるだろう。


「ふぅ」


 俺は息を吸い、首にまいているスカーフのようでもあり、マントのように背中に垂れ下がっている赤い布を、ぐいと持ち上げ口を隠すように巻いた。

 盗賊らしく覆面のように口元を隠す。

 その行為は、それ以上の結果を伴っている。

 意識するのは『使う』ということ。装備している以上、そこに意識が介在してこそ、効果は発揮される。

 そんな俺の要望に応えるように――

 マントのように背中へと広がっていた布は、真っ黒に染めあがった。


「ほう、マジックアイテムか」


 ドカドカと歩いてくるクラッスウスは、それを見ても歩みを止めない。

 ふむ。

 普通の盗賊なら、この時点で警戒して様子を見るはずだ。なにより、相手がマジックアイテムを持っていると分かった時点で、警戒度をマックスに引き上げても良い。

 それぐらいにマジックアイテムには危険な武器や防具が多い。

 初見の怖さ。

 いわゆる、初見殺し、なんて言葉があるくらいに。

 情報皆無の状態で戦いを挑むとは……よほどのバカか、よほどの実力者か。

 もっとも――


「マジックアイテムじゃないんだけどな」


 布の下で、俺はニヤリと口元を歪める。

 もちろん色が変わるだけの布ではないし、魔法の力が宿っているわけではない。むしろ、魔法以上の力が宿っている。

 黒布でくぐもる声。

 少し大きめに、後ろでおろおろと見ているパルに声をかけた。


「レッスン1だ」

「――え?」


 聞き取れなかったのだろうか。仕方がない。俺はしっかりとパルへ振り向き、しっかりと伝えた。


「よく見ておけよ、弟子。今から盗賊の戦い方講座を始めるからな」

「し、師匠、前まえ!」


 余所見をしていた俺に、クラッスウスは体当たりをするかの如く突っ込んできた。見るまでもなく、そのドスドスという凶悪な足音で嫌でも気づいてしまう。


「よし。まずは悪い見本だ」


 俺は少しだけ腰を落とすと、体当たりで襲い掛かるクラッスウスを受け止めた。

 バゴッ、と聞いたこともない衝撃音が広場に響いた。

 質量の重い馬車がゴブリンやコボルトを轢き殺した音に似ているな、と思う。


「なっ!?」


 俺とクラッスウスの体重差は、それこそ馬車と人みたいなものだろう。勢い良く馬車が突っ込んできたら、人間はどうあがいても吹っ飛んでしまう。

 しかし、そうはならない。

 そうはならなかった。


「ふん」


 俺は一歩も動かずに、クラッスウスの体当たりを受け止めた。


「いいか、パル。盗賊の問題点は防御面にある。素早さを重視するあまり、防具は軽装備なものになってしまうから一撃で終わってしまう場合がある。だからこんな風に、真正面から戦ったり、攻撃を防御しようとしてはいけない」

「なっ!? ど、どうなってやがる!」


 クラッスウスが俺を押すが、残念ながらビクともしない。

 周囲から見ればこれほど不自然な光景は無いだろう。

 大型の馬車がゴブリンを押しているのに、まるで大岩にぶつかったようにビクともしていないのだ。


「ど、どうなってるんですか、師匠」

「さて。敵の前で種明かしするほど俺は優しい人間じゃないんでね。残念ながら、俺は卑劣とけなされた程の最低な人間だ。せいぜい混乱しててくれ」


 そう自虐してみたが……誰も反応してくれなかった。パルも唖然と俺を見ているだけだった。

 残念……

 ちょっとは、凄いです! と声をあげてくれても良かったのになぁ。

 まぁ、特に難しいことしている訳じゃぁない。

 盗賊スキル『影縫い』。

 それを自分に使っているだけ。地面と自分を縫い合わせているだけ、というのが正解だ。奇妙に見える現象も、手品の種明かしを見れば、なぁんだ、と肩をすくめてしまうようなもの。

 それでも。

 普通の盗賊がマネをしたところで魔力糸が切れてしまうだろうし、足首か足のどこかが折れて、悲惨なことになると思うので推奨はできない。

 彼我のレベル差が大きいからこそ使える、ちょっとしたパフォーマンスだ。


「く、くそが!」


 クラッスウスは俺を押すのを止め、殴りかかってくる。

 俺はそれを避けて、パルへの講義を続けた。


「真正面から戦う。この時点で盗賊としては敗北だ。この状況におちいっている時点で死を覚悟した方がいい。一撃でも当たってしまえば、動けなくなるからね」

「ちょこまかと!」


 俺は一歩も動かずにクラッスウスの拳を避け続ける。

 なるほど、クラッスウスがボスみたいに振舞っている実力は確かなようだ。見かけに騙されるなかれ、デブはデブでも超動けるデブ、という感じか。

 体重や身体の大きさは単純に武器になる。

 それだけで恐怖感はあるし、一撃一撃が重くなる。

 恵まれた、それこそ神様から与えられた才能(タレント)と言えた。

 しかし、もったいない。

 それを活かすのは盗賊ではなく、戦士であり、騎士であるところだ。やはり、素早さを重視して戦う盗賊職には、不適合と思われる。

 まぁ、戦うだけが盗賊ではないが。


「うっとうしい!」


 ようやくクラッスウスが腹を狙ってきたので、俺は拳を受け止めるようにして後ろへ飛んだ。

 攻撃力はかなりの物で、ふわりと身体が浮いてしまう。

 それでもダメージは全て受け流しているので、問題はない。くるりと空中で後転してから普通に着地した。


「以上が悪い例だ。参考にしたらダメだぞ」

「……参考になりません、師匠」

「そうか?」


 思いっきり何度もうなづくパル。


「そうか……じゃぁ、正しい対処方を見せるから、ちゃんと見てるんだぞ」

「え~っと、はい」


 何か言いたげな言葉を飲み込むようにパルはうなづいた。

 ふむふむ。

 なかなかどうして良い子じゃないか。

 仕方がなく弟子にしたが、悪くない気分だ。

 まぁ、今までが賢者とか神官みたいな年上の女とパーティを組んでいたっていうこともあるし、やっぱ素直な年下の少女がいいよな!


「てめぇ、旅人モドキが……」


 と、ノンキにそんなことを光の精霊女王さまに心の中で報告していたらクラッスウスが薄黒い顔を真っ赤に染めていた。

 もう怒り心頭らしい。

 うーむ、テストか本気の因縁か判断が付かないと思っていたが……どうやら、こいつは因縁で正解のようだ。

 盗賊がこの程度で感情をあらわにして怒りを悟らせるとは、レベルが低すぎる。テスト相手と考えると、それこそ出題者の素質を疑うレベルなので、倒してしまっても大丈夫だろう。


「この場でぶっ殺してやる!」


 クラッスウスはまたしても体当たりを仕掛けるように突っ込んできた。拳を振りかぶっている辺り、攻撃方法は別みたいだが。

 デブだからと動けない、みたいな思い込みはしない方がいい。デブでも問題なく動けるのが、このクラッスウスの強みだろう。

 だが、その程度だ。


「いくぞー、パル。ちゃんと見とけよ」


 俺は殴りかかってくるクラッスウスの拳を掴むと、そのまま手のひらが上になるように腕をひねる。そして伸び切ったところで肘関節を下からアッパーカットの要領で振り切った。

 バギッ、という太い枝が折れるような嫌な音と共に、デブが見苦しい声を発してヨロヨロと俺を通り過ぎる。


「こんな風に、愚直に突っ込んでくる相手の関節を破壊すれば、もう勝ったも同然だ」

「え、えぇ……」


 あら?

 綺麗に関節破壊を決めたと思ったが……パルは納得いってないようだ。

 まぁ、確かに盗賊スキルは使っていないし、盗賊っていうよりも武闘家じゃないか、と言われればそうかもしれない。

 むぅ。やはり弟子に教えるっていうのは難しい。


「仕方ない。仕切り直しだ」


 俺はマントのようになった黒布の後ろ、ベルト部分に隠すように装着していた薬瓶を一本引き抜き、クラッスウスの腕へと投げつけた。

 盗賊スキル『投擲』を利用した、強制回復。

 ガシャン、と薬瓶が割れた痛みによる苦悶の声をあげるデブだが、すぐにそれは治まる。


「上回復薬だ。ハイ・ポーションだから、骨折も治るだろ」


 骨折程度なら神の奇跡によって回復できる。

 講義相手が壊れたままでは、きちんと教えることができないからね。


「な……バカに、バカにしやがってぇ!」


 相変わらず愚直に殴り掛かってくるデブ。ちゃんと講義に付き合ってくれるので、これほどありがたい存在はないか。


「特別だぞ、パル。今度はちゃんと盗賊スキルを使ってやるからな」


 本日最後のレッスン。

 パルにちゃんと講義するために、俺はゆっくりとクラッスウスに向き直った。

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