~卑劣! 探し探されデブと旅人~
ジュース屋のお姉さんから仕入れた情報に従い、たどりついた酒場。
「うぐ」
そこは思わずパルが鼻をつまんでしまう程に、強烈なアルコール臭が漂っていた。俺でも顔をしかめてしまうレベルだ。ちょっと慣れていた程度では耐えられるようなにおいではない。
「慣れておけ、というのはちょっと酷か。においも重要な情報だからな」
「あい」
パルは頑張って酒のにおいを嗅ぐが、顔をしかめる。
ま、早々に慣れるにおいじゃないよな。
「大人が飲む理由が分からないです」
「理由が分からんから飲んでるのかもしれん」
そう答えると、パルは首をかしげた。
ま、酒を飲む理由を考えている時点で、酒を飲む理由を探しているということだ。酩酊したい者はそれこそ、何も考えたくないわけで。
酒の神はさぞ信仰心を手に入れて、強大な力を持っているに違いない。
「さて?」
酒場の中に人影はないが、かなり汚れているところを見るとあまり熱心に営業をしていそうにない。ゴミが散らばっているし、今朝使われた食器がテーブルの上に残っていたりする。アルコールのにおいが強く残っているあたり、朝から飲んでいた可能性もある。
「すまない、誰かいないか!」
と、声をかけても従業員が出てくる雰囲気もなかった。
「嘘の情報だったんでしょうか?」
「いや……嘘を教えるリスクが高すぎる。いま、広場に戻ればジュースをまだ売ってると思うぜ?」
逃げることを考えれば、あの場所を失う損失の方が大きい。知らないなら知らない、と答えるだけで守れる物は嘘よりも大きいはずだ。
「つまり、入れ違いか」
相手はクラッスウスという人間だ。
いくら『デブ』と呼ばれていても、動く時は動くだろうさ。ましてや盗賊ギルドに席を置くような人間と考えれば、動くのが当たり前とも言える。
「どうするんです?」
「ここで待つのが一番だが……」
俺の言葉にパルは少しだけ顔をしかめた。不衛生な店を嫌がっているのではなく、あくまでアルコールが嫌なようだ。本格的に嗅いだのは初めてとも考えられるか。
年齢を考えたら仕方がないとは言え、それでも少しは慣れさせておいた方がいいか。
「ふむ……」
さてさて。
パルへの盗賊レッスン内容を逡巡しつつ、俺は気配に振り向いた。
視線を含めたその気配は――店の窓からだ。
窓からの視線。
その男は俺と目が合うまで見てくると、すぐに移動を開始する。その動きは酷く盗賊らしい。一般人に擬態する様子もなかった。
「ついてこい、という事か」
俺はパルを呼ぶと、すぐに店の外へ出た。
「師匠?」
「どうやら誘われてるようだ」
酒場の外、すぐに雑踏に紛れ込むが……その程度で見失いはしない。しっかりとパルに付いてこい、と告げ、尾行を開始する。
追いつかないように一定の距離を保ちつつ移動すると、そいつは住民区へ移動した。
さすがに人通りは多くなく、ちらほらと見える子ども達の姿。きゃっきゃと遊ぶ子ども達を避けながら追いかけると……
「ここが集合場所っていう訳か」
およそ街の端っこ、とも言うべき場所だった。魔物避けの壁に囲まれた街で、偶然に生まれた袋小路。
ちょっとした空き地になっているのか、よろしくない連中のたまり場になっているらしく、そいつらは俺を見ると下卑た笑い声をあげた。
分かりやすいチンピラとゴロツキだった。
「し、師匠……」
パルが俺のマントをつかむ。
思い描いていた展開と違ったのか、不安になったようだ。
路地裏で生きてきたパルとしては、一番遭遇してはいけない場面だろう。
「ぶふふはは。まさかそっちから探してくれるとは思わなかったぜ、旅人さんよぉ」
チンピラたちがニヤニヤと笑う中で、そいつは最奥の木箱に座っていた。
『そっちから』……?
その言葉に引っかかったが、とりあえず俺は聞いてみる。
「おまえがクラッスウスか?」
誰がどう見ても、そいつはフォローのしようが無いデブだった。
薄黒い皮膚はだらしなく垂れ下がり、醜いばかりに丸々と太った腹が服の作用を拒絶するように自己主張していた。
分厚いくちびるをテカテカに油でコーティングしたような男が、ぶふふ、と笑う。
「その通り。俺様がクラッスウスよ。この街に住んでるんだったら盗賊をやっていなくとも知ってる話だ。ま、旅人なら知らないだろうがよ」
ゲラゲラとクラッスウスは笑った。
そうだそうだ、とばかりに周囲のチンピラたちが笑う。ざっと見て十五人ほど。その全てが盗賊らしい姿をしている。
一般人に擬態する様子もないのは、さて……
「ん……? ちょっと待てよ。じゃぁクラッスウスを知ってたのか、パル?」
俺が知らなくても無理はないが、この街で生きてきたパルだったら知ってても不思議ではない。路地裏で生きてきたのなら尚更だが、まさか知らないフリでもしていたのか……?
と、思ったが、彼女は首をぶんぶんと横に振った。
知らなかったらしい。
「自己評価が高いのか……? いや、しかし……? むぅ、話がつながらん……」
クラッスウスが誇張しているのか。
はたまたパルが情報に疎いのか、どっちだ?
と、俺が真剣に悩んでいたのが気にくわなかったのか、クラッスウスが重い身体を持ち上げるようにして前へ出てきた。
「なにをごちゃごちゃ言ってるんだ、旅人さんよ。いや、もう旅人じゃねぇのか。この街の盗賊になったらしいじゃねぇか。え? 調べはついてるんだぜ」
「ん?」
それもおかしい。
俺とパルは、ルクス・ヴィリディから加入テストを言い渡されている状態だ。
そのテストをクリアしない限り、俺とパルは盗賊ギルドに加入できない。言ってしまえば、まだ盗賊ギルドには入っていない状態だ。
「むぅ……分からん。なぁ、俺はルクスからおまえさんを探せと言われたんだが。これはどうなってるんだ?」
話が噛み合ってないというか、さっきから情報に齟齬が発生しているというか。なんとも気持ち悪い状況なので、俺は素直に聞いてみた。
まぁ、このデブが嘘を言ってる可能性もあるし、この状況事態がテストという可能性もある。
どちらにしろ、『裏を取る』のは情報における最重要ポイントだ。
素直に状況分析できることをアピールしても良いはず。
こう、周囲を取り囲まれるような状況で、冷静な判断ができるかどうか。というのも、テストの一環なのかもしれない。
「ちっ。ルクスめ、余計なことしやがって。いつかベッドの上で泣かせてやりたいもんだ。まぁ、俺が乗っかればあのやさぐれエルフは折れちまうがな」
クラッスウスの言葉にゲラゲラゲラ、とチンピラたちが下品に笑った。
やさぐれエルフ……
デブは、その言葉を口にしたな。
「で、クラッスウスさん。そちらも俺を探してたようだが、何の用なんだ?」
クラッスウスが言っていた、そっちから云々、という言葉。
さっきの酒場から視線を送られた件といい、テストかと思っていたのだが、どうにも状況が違うようだ。
不安そうに周囲を見ているパルの頭を撫でながら話を聞く。彼女の手がぎゅっと俺のマントを握っていた。
「おまえ、ギルドに加入する前に仕事をしたそうじゃねーか」
仕事……つまり、『盗賊の仕事』だ。
詐欺やスリ、薬を売ることや相手を強請ること。
それらをひとまとめにして俺たちは『仕事』と呼んでいる。
もちろん、それらは犯罪だ。警備兵に見つかれば牢にぶち込まれるし、冒険者をターゲットにして失敗すれば殺される可能性だってある。
しかし、その大前提として仕事をするには盗賊ギルドに加入していなければ、許されない。
野良の盗賊もいる。
それこそ、冒険者として活動している盗賊は、ギルドに所属していない。
すべての盗賊がギルドに加入する義務はないが、もしも『仕事』をするのなら必ずギルドに所属しないといけない。
もしも野良の盗賊が街中で仕事をした、ということがギルドの情報で回ってくると……
「ルール違反はお仕置きしないとなぁ」
ということが、待っている。
クラッスウスはべろり、とくちびるを舐めた。脂ぎった唾液のせいで、くちびるはテカテカのままだ。
口の中に油を仕込んでいる可能性があるな。火吹きスキルに気を付けないといけないが……あの様子では炎が逆流しそうな気がしないでもない。
なにか特別な用法があるのかどうか。
油断はしないでおこう。
「し、師匠」
「なぁに、問題ないさ。それこそ、ただのテストだよ」
そう言って、パルの頭をポンポンと撫でると、俺はそっとパルがつかんでいたマントをはらう。
「あっ」
少女の手が離れた隙に、一歩だけ前進した。
「ギルドに加入することなくおまえは仕事したんだ、旅人さんよ。これからその罪をつぐなってもらうぜ」
「ほぅ。で、なにをすればいいんだ?」
「決まってる」
クラッスウスは拳を作ると、パンパンと手のひらで打ち鳴らした。その垂れ切った皮下脂肪とは裏腹に、凶悪な音をさせる。
なるほど。
ただのデブではないようだ。
「貴様を一生、奴隷として使ってやるぜ。もちろん、その乳臭いガキもな」
そう言って。
クラッスウスは俺へと、恐ろしく重い足音を立てながら迫ってきた。
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