~愚劣! クラッスウスの思惑~

 目を覚ませば、昨晩買った娼婦の姿が無かった。


「チッ」


 朝から喜ばしてやろうと思ったが、逃げたらしい。

 特別料金を払わないと残業もしないとは、客商売の基本がわかっていないようだ。あの娼館にはキツく言って分からせる必要があるな。


「あの程度で泣いて謝るとは、ベテランの名がすたるってもんだろうが」


 昨晩の娼婦。泣いて懇願しても行為をやめなかったのが原因か、はたまた親の名前を言わせながら及んだのが原因か。


「くそが」


 どちらにしろ、仕事というものが分かってないのは明らかだ。

 俺は悪態をつきながらベッドから身を起こすが、腹の肉が邪魔だった。脂肪で丸くなった腹をぼりぼりと掻きながらベッドから降りると外を見る。


「なんでぇ、昼じゃねーか」


 すっかりと太陽が昇り切っていて、朝飯を食べ損ねたことに気づく。


「もったいねぇもったいねぇ」


 そう嘆きながら俺はズボンをはくが、相変わらずサイズが合わない。いくら仕立て屋をおどしたところで、こればっかりはどうにもならなかった。

 そもそも俺様の体型にあったズボンを作れないのが悪い。


「けっ」


 そうおどし、娘を殴りつけたができないものはできないと言われ、殴り損だった。まったくまったく、どいつもこいつも仕事をなめてやがる。

 客がやれと言ったことは絶対だ。

 なにせ金を払っている。

 金の価値は揺るがないし、絶対だ。

 だからこそ、金を払えば客こそが王となるものだ。


「殴るんじゃなくて犯したほうが良かったか」


 まぁ、ぶん殴ったせいで見れたもんじゃない顔になったから、言い寄られても抱く気にはならんしイイか。


「ふん」


 それにしても女は楽だ。

 殴るだけで言うことを聞くし、金さえ払えば言うことを聞く。


「俺も女に生まれたかったもんだ」


 げはは、と笑い俺はジャケットを着こんだ。これもボタンがしまらず、素肌の上に着こむだけ。

 まったく。

 どの店にいってもサイズがありゃしねぇ。

 ねぐらにしてる部屋から出ると、廊下を軋む音をさせながら歩く。足元に転がっていた酒瓶を蹴り、ゴミ溜めになっている廊下の隅においやると、あくびをしながらドタドタと階段を下りた。

 そこは、すぐに酒場になっている。


「おはようございます、ボス」


 俺に気づいた部下どもが声をかけてきた。


「おう」


 俺はそれに適当に返答しつつ、いつもの席にどっかりと腰をおろした。特注の椅子は二人分の大きさがあり、足も太く頑丈だ。

 安心して背もたれに体重を預けられる素晴らしい椅子は、高い金を出して作らせた。

 まぁ、その金を集めるのに苦労はしなかったが。


「いつものだ」

「へい」


 部下に告げ、いつもの食事を用意させる。

 すぐに持ってきたのは、麦酒だ。黄色く泡立つそれを一気に飲み干すと、ようやく目が覚めた。


「っく~ッ。やっぱ朝はこれに限るな」

「ですな、ボス」


 ゲラゲラと部下たちと笑いながら、テーブルに運ばれてきた分厚いステーキに、俺はニヤリと笑った。

 これだ。

 分厚く切られたステーキを遠慮もなくかぶりつくのが美味いんだ。貴族さまやシャレた商人はナイフとフォークを使うが、俺様はフォーク一本で充分。

 ガツリ、と皿を割る勢いでステーキに刺すと、そのまま持ち上げてかぶりついた。脂身だろうが赤身だろうが関係ない。

 肉。

 肉だ。

 肉を食う。

 肉を食うのが一番に決まっている。

 世の中で一番うまい食べ物が肉で間違いない。


「くっちゃくっちゃにっちゃにちゃ。ふぉふぉふぉふぇはぶはふんふぁ?」

「え、なんですってボス?」


 聞き取れなかったのか部下がそう言ったので殴り倒しておいた。

 まったく。俺にもう一度言わせるとは、時間の無駄っていうもんだ。テーブルごとひっくり返ったそいつを片付けさせ、別のヤツが代わりとなった。


「くちゃ。んっぐ。今日の金は集まってるんだろうな?」

「へい、ここに」


 俺はそいつから革袋を奪うと、その中身をちらりと確認する。銅貨と銀貨、それぞれ詰まっており、まぁまぁの金額だ。


「悪くねぇ。ごくろうさん」

「あ、ありがとうございやす」


 これは、いわゆる上納金というやつだ。盗賊ギルドに所属し、更に俺の部下になることで、ある程度の自由を保証してやっている。

 この街ではクラッスウスの名は伊達じゃねぇ。

 いや、伊達じゃなくなった、というべきか。

 この街の領主が失敗したツケは、まわりまわって商人たちの首を絞めていく。それをちょちょいと助けてやれば、あとはもう簡単な話だ。

 俺が助けてやった。

 領主が出し渋る金を、俺が出してやった。

 借りた物は返さないといけない。

 次はおまえの番だ、といった具合だ。

 クラッスウス。

 ただのデブじゃない。

 その名前を出すだけで、ある程度の融通は利くようになった。それこそ、酒場で自由に酒をのみ、女を優先的に買う程度の力はつけた。


「ぐふふ」


 俺は麦酒をあおるように飲み干す。

 だからこそ、部下どもから俺は上納金を頂く。俺の名前を利用する最底辺の盗賊たち。そいつらには自由に名前を使ってイイと言っている。その代わり上納金を納めさせた。

 で、俺は楽に手に入った金を使う。

 その金を貸し、利子をつけて回収するだけ。

 これほど楽な仕事はない。

 それでいて、これほど美味い仕事もない。


「げふ。あー、美味かった」


 ステーキで丸くなった腹をたたく。重くなった腹だが、これはこれで役に立つことがある。

 たとえば、逃げようとする女を拘束するにはもってこいだ。

 体重はパワー。

 間違いない。

 盗賊といえば軽い、みたいなイメージだ。防御がからっきしで頼りない、と言ってた冒険者を一撃で地面に叩きつけてやった時には笑いが止まらなかった。

 クラッスウス(デブ)?

 あぁ、その通りさ。

 デブで結構。

 そんなデブに手も足も出ない、お前こそがマヌケで愚鈍なデブ以下だ。

 それを証明できる俺の腹に、誰も文句は言わせなかった。


「ボ、ボス!」


 朝食か昼食かも分からないが、ステーキを食べ終わったご機嫌な時間に、耳障りな声が聞こえた。

 見れば鼻ばかりが高い小男が駆け込んでくる。


「どうした、ワシャス」


 せこい小銭稼ぎのひとりだが、こいつは古参でもある。昔から俺と良くつるんでた。

 まぁ、なにひとつ冒険をおかさず、地道に詐欺とスリだけで生き残ってる情けないヤツではあるんだが、その努力には敬服する、というやつだ。

 ま、俺様にはマネもできんし、する必要もないが。


「やられました」

「ああん?」


 やられた?

 見たところ怪我もなにもしていない。何をやられたって言うんだ?


「スラれました」

「何をだ」

「金っス」

「……」


 なんだと?


「おまえがスラれただと? 嘘じゃねーだろうな」


 ワシャスは神妙にうなづく。

 この小男から財布をスるとは……かなりの腕前だ。

 だが、問題はそこじゃねぇ。


「ギルドの人間か?」

「いや違う。ありゃ旅人ッスよ、ボス」

「旅人か」


 そいつは好都合だ。

 例え、それが別の街でギルドに加盟した人間であっても、旅人を装っているとなりゃぁ間違いも起こる。

 いや、それ以上に――


「先に手を出したのが向こうで間違いないな」

「へい」


 ワシャスはニヤニヤとうなづいた。

 だったら、話は早い。

 そいつが何者であろうと、なかろうと。


「ワシャスの金に手を付けたとはこの俺様、クラッスウス様に手を出したも当然というわけだよなぁ」


 げはは、と笑いながら立ち上がる。


「いつもの場所に誘導しろ。ただの旅人ならいい養分だ。もしも旅人以外なら――」


 俺はべろりと口に付いた油をなめとる。


「奴隷決定だ」


 仲間たちとゲラゲラと笑う。

 何をしても良い人間っていうのは、それが女ならば尚良いが、男でも存分に楽しめるものだ。

 拷問の練習とかな。

 見せしめというショー。

 更には、泣いて謝って助けてと懇願する人間の心を折る。

 あの瞬間、あの時の顔。

 それを見られるってだけでも、価値がある。


「ぐふふ」


 あぁ、楽しい。

 俺は名前も知らない神様ってやつに感謝した。

 いい女だったら、ベッドの上で祈りをささげてやってもいい。

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