~卑劣! デブを探せ!?~
盗賊ギルドから出て、酒問屋からも出る。
カランコロンと鳴る自在扉を振り返ることなく外へと出た。
さっきまで暗いところにいたので、まだまだ明るい光が多少の視界を奪うが、すぐに明るさにも慣れた。
丸三日、洞窟の中にいたこともあるぐらいなのだが……少々視界が混乱しているのは、あの煙のせいなのかもしれない。
「ゲラゲラエルフ……」
もしくは、パルがつぶやいているエルフのせいかもしれなかった。というか、あのツボの浅さで良く盗賊なんかをやってられるな。
ポーカーフェイスが死んでる。賭博にはぜったい向いてない性格だ。
「師匠」
「なんだ?」
「エルフって、みんなあんな感じなのですか?」
滅多に見れるものでもないので、パルが知らないのも無理がないが……
「森で生きるのがエルフだ。長く生きてる割に自分たちの森から滅多に出てこない。それが、こんな街で生きていて、冒険者ではなく盗賊ギルドなんかやっているのを考えると……」
俺はそこで言葉を切り、やさぐれ、という言葉を飲み込んだ。
「かなりの変わり者と考えて間違いない」
「やっぱり変わってるんですね」
もっとも――あんなツボの浅いエルフを見たのは俺も初めてだが。
俺が出会ってきたエルフは、どいつもこいつも美男美女。そして高潔にして高尚であり、全ての種族が優しかった。
もしも仲間にエルフがひとりでもいてくれれば、俺はまだ勇者パーティから追放されてないかもしれない。
まぁそれは、無い物ねだり、というやつだ。
「えっと、それでクラッスウスって何でしょうか?」
ルクスから出されたテストは『クラッスウスを探せ』だった。
「デブって意味ですよね。太ってる人」
「そこまで分かったら、なんとなく分かるだろ?」
デブを探せ、と言われれば、その通りにデブを探せばいいんだろう。
それ以上でもそれ以外でもない。
ヒントなんか出してくれる訳もないので、俺は颯爽と立ち去ろうとしたんだが、パルはそれを止めてしまった。理解してたんなら、黙って付いてきて欲しかったなぁ。
おかげで、ゲラゲラエルフが見れたんだけど。
「え~っとつまり、デブの人を探す?」
「いや、その手前だな」
「んぅ……?」
「それを含めて、探すってことだよ」
なるほどぉ、とようやくパルは納得してくれたようだ。
つまりルクスから出されたのは『基本的な情報収集能力』をテストする、というわけだ。
もちろん、それが物であれば持ち帰るのが任務だろうし、それが人であればテスト内容は更に続く可能性がある。
探し当てたクラッスウスなる人物が、次のテストを出題する可能性もあった。
「おそらく人だろうけど……先入観は危ない」
「先入観。決めつけ?」
「そうそう。デブだからと言って、それが人とは限らない。デブと呼ばれている食べ物の可能性もあるしな」
「美味しくなさそうな料理ですね……」
デブと名付けられたのならば、逆に美味しい可能性もあるが……パルの言う通り、名前で嫌われる可能性もあるか。
油がギトギトに滴ったパンとか?
想像しただけで胸焼けしそうなメニューだな。
「まぁ、そんなわけで。方向性が見えるまではあらゆる可能性を否定しない。覚えとけよ」
「はい師匠! で、情報収集ってどうやるんです?」
そりゃ簡単だぜ、と俺は袋から銀貨一枚を取り出した。
「お買い物だ」
「はぁ……?」
生返事をしたパルを連れ立って、俺は再び中央広場まで戻ってきた。さっきは腹に食べ物を入れたので、手近の飲み物屋台に目をつける。
「いらっしゃいまー」
……なぜか『せ』まで言わない店員のお姉さん。かなりヒマそうだったので、眠かったのかもしれない。ほわんとした雰囲気で細い目をしたままノンキに俺とパルに挨拶した。
「ミックスジュースを二杯くれ。釣りはいらん」
銀貨を渡すと、お姉さんの目がパっと輝く。
「ありがとー。いやー、助かるー」
目が輝いたのに口調は眠そうなままだ。
うん。
人選をミスした可能性が大いにあった。
お姉さんは素焼きのコップに各種くだものジュースを注ぎ、混ぜてくれる。それをパルから手渡した。
「はい、どうぞー」
「あ、ありがとうございます」
「わたしじゃなくて、そっちに言ってー」
「はい! 師匠、ありがとうございます!」
「……おう。それは良いがパル」
「なんですか?」
「聞いてみろ」
そうでした、とパルはコップを握りしめながらお姉さんに聞いた。
「お姉さん、クラッスウスって知ってますか?」
「んー? デブ?」
はい、とパルはうなづく。
「それはどこのクラッスウス?」
そう聞き返されるのは仕方のない事かもしれない。こっちはクラッスウスという名称しか知らないので、それこそが聞き出したかったのだが……
パルは困った表情で俺を見た。
仕方がない、助け船を出してやろう。
というか、すでにこのジュース屋台のお姉さんは、何か知っている。
クラッスウスと聞いて、普通の人ならば『デブ』とだけ連想する。もしも何も知らないのであれば、太っている人やデブという言葉しか返ってこないはずだ。
そもそもクラッスウスという単語は日常では使わない。
しかし彼女は言った。
『どこの』
という単語。
もしも、デブや太っている人と認識しているのであれば、そんな返しにはならない。デブなら知っている。太っているという意味なら知っている、と言葉に対する反応や、どこそこに太っている人がいるよ、という返答になるはずだ。
しかし、彼女はそうではなく『どこのクラッスウス?』と聞き返してきた。
ならば――カマをかけることはできる。
「ちょっと悪いクラッスウスだな」
俺はパルに代わってお姉さんに告げた。
曖昧な言い方にお姉さんは納得したような顔を見せるが、ん~、とほっぺたに人差し指をあてた。
「思い出せそうな~、思い出せないような~」
なんだったかなとお姉さん。
ボヤけた口調をしているが、どうやら当たりを引いたらしい。
人選ミスではなく、人選大当たりだった。
しかし、大当たりのせいで出費が多くなってしまうな。
「ほら、これで思い出せるんじゃないか?」
俺はもう一枚、銀貨を握らせてやる。ジュース代にしては暴利もいいところだ。
「ふふ。大盤振る舞いね、旅人さん」
途端にお姉さんの口調がしっかりとしたものになる。細い糸目が、ニヤリと笑った目に変わった。
やはり盗賊関連の人間だったか。
「最初から銀貨を出すべきじゃぁなかったね。基本は正規値段からだろう」
「情報の価値はジュースより高いさ。それとも優しいお姉さんは、おつりでもくれるのかい?」
「はっは。冗談じゃない。これはもうわたしの物だし、つりなんか出ないよ」
そう言ってお姉さんは銀貨二枚をぐいっと引っ張った襟から服の中へ突っ込み、胸の中へと落としたようだ。
「お姉さん、盗賊だったのですか……?」
「さぁ、どうだろうね可愛いお嬢ちゃん。わたしの正体が知りたければ、もう二枚か三枚、銀貨をくれたら話してやらないこともないよ。更に金貨をくれればお嬢ちゃんにだけわたしの秘密を教えてあげるわ」
「師匠!」
「払わん払わん。どう考えても盗賊だろ、こいつ」
情報収集専門でやってる盗賊と予想できる。
中央広場で屋台をやっていれば、人は自然と集まり、人が集まるのならば自動的に情報が集まってくる。まぁ、あまり質の高い情報ではないだろうが、それでも一般市民から冒険者、うまくいけば旅人や貴族からの会話も流し聞くことができる。
雇われた屋台店員のフリをしているが、もしかしたらその大本も盗賊ギルドの可能性もある。中央広場の一等地とも言える場所に出す屋台ジュース屋なんて、それこそ商人としては憧れでもあるはずだ。
しかし、そんな彼女の情報を知ったところで何がどうなるわけでもない。
「つまらん男だなぁ、旅人さん」
「俺は面白い男になるつもりはない」
「さっきルクスさんにめっちゃ笑われてましたよ、師匠」
……いらんことを言う弟子だなぁ。
「なにそれ。ルクスに何をしたのよ?」
「さぁ?」
俺は肩をすくめたが、お姉さんはパルに照準をさだめた。
「ちょっとちょっとお嬢ちゃん。気になるじゃない、教えてよ」
「え、あたし? え~っと、うーんと、何だったかな~。あれれ、ちょっと忘れちゃったかもしれない。もしかしたら、何かもらえば思い出せるかも」
にひひ、とパルは笑った。
「あら。やるじゃない、お嬢ちゃん。ほら、一枚取っていいわよ」
お姉さんは胸のボタンをふたつ外し、ぱっくりとひし形に開いてみせる。ほとんどの男性が釘付けになってしまうひし形の空間からは胸の谷間を見えた。まぁ、俺はその数少ない例外なので問題ないが。
普通なら遠慮するところだが、孤児育ちの少女は違ったらしい。
「ありがとう!」
と、遠慮なく谷間に指を突っ込んだ。
まったくうらやましいとは感じないが……それでも男なら一度はあの部分に指を入れてみたいと考えたことがある行為だった。
まぁ、本気で大きな胸には興味がないので、別にいいけど。むしろ谷間のないひし形を見てみたい気が……いやいや、なんでもない。
俺はぶんぶんと雑念を放り出していると……
「ありがと――あれ!?」
パルは胸の谷間から取り出した硬貨を見て驚いていた。
それは銀貨ではなく銅貨だった。
「あらら。運が悪かったわね、お嬢ちゃん。でも一枚は一枚だから」
「ぐぬぬ」
と、パルは肩を怒らせたが……すぐに怒りを鎮めた。そして満足そうに銅貨一枚をポケットにしまうと、先ほどあった盗賊ギルドでの話をお姉さんにする。
「あっはっは。それは面白い話だわ」
ケラケラとお姉さんは、俺を見て笑う。
まぁ、ルクスほど爆笑しているわけではないので、別にいいけど。
「次はこっちの番でいいか?」
「はいよ。クラッスウスの情報ね」
にこやかに話してたお姉さんの表情が、スっと暗くなる。
盗賊らしい顔だった。
「だが気を付けな、旅人さん。クラッスウスは危険だぜ」
「……」
「悪いことは言わない。あいつの機嫌を損なうなよ。あいつは簡単に人を殺す」
お姉さんは俺とパルにそう告げた。
クラッスウス。
それは盗賊ギルドでも特に素行の悪いヤツだ、と。
「ありがとうございまー」
そして、彼女はにこやかなトロンとした眠そうな表情を浮かべ、元のジュース屋の店員に戻ってしまった。
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