~卑劣! 盗賊ギルドは幻の中!~
酒の踊り子。
その名前を聞いて思いつくのは、酒呑み場で踊っている少女だろうか。やんややんやと吟遊詩人の演奏を受けてアップテンポなダンスをしていた少女を思い出す。
露出した肌に玉の汗を浮かべ、流麗な剣舞を披露していた。
ダンサーは時に冒険者として人々の依頼を受ける場合もあり、華やかな職業のひとつだが……やはり酒場で踊っているだけで生活できるのは極一部のトップクラスだけ。足りない生活費は、危険を冒して稼ぐのが世の常、というわけだ。
「おっと」
ダンサーの懐事情はどうでもいいか。
しかもここは酒屋ではなく、あくまで問屋だ。酒屋に酒を卸す店であり、一般の客が訪れるような場所でもない。
そういう意味では『まさに』と言える場所だ。
カランコロン、とドアベルの鳴る自在扉を開け、中へ入ると……
「ほう」
店内の壁には酒樽が積まれ、並べられていた。ざっと見渡しても五十以上はあるだろうか。まるで壁の代わりのように、天井近くまで積まれた酒樽が四方を覆うようにして出迎えてくれる。
手近な樽の銘柄を見れば、この国も物だけでなく遠くの国の酒までいろいろとそろっているようだ。
なるほど。
この場所に盗賊ギルドがある理由が真の意味で理解できる。
世界各国の酒と共に情報が流れてくるのだろう。そしてまた、情報を発信するために各国の酒を扱っているとも言える。
合理性という言葉がぴったりな店であり、ギルドの場所だった。
「うわぁ~、いっぱいある」
パルは酒樽を見渡して、ぐるりとその場で回っている。壁一面にある酒樽と共に、アルコールのにおいが漂っていた。
パルはそのにおいに嫌悪感は示していない。
平気……というより、慣れてしまっている雰囲気だな。
おそらく、酒屋の残飯でもあさっていたのだろう。アルコールには強制的に慣れてしまったのかもしれない。
「黙ってろよ」
「もちろんです、師匠」
こっそりとパルと会話する。
酒は、いやアルコールは、ある意味で口が軽くなる薬だ。
気分良く酔わされ、そこに美人を添えれば秘密のひとつ――どころか、自慢話をしてモテたければモテたいだけ話してしまうもの。気分が良くなった男の舌は、時に油すら必要としない。ベラベラと勝手に回りだすものだ。
もっとも。
その程度で手に入れた情報にはそれほど価値はないだろうけど。
「いらっしゃい。今日はどんな用件で?」
そう声をかけてきたのは、腕の太い男だった。大きな酒樽なんて軽く持ち上げられそうな筋肉に、はち切れんばかりの胸板。
力仕事を見事にこなしてみせる男は、商人らしいニッカリとした笑顔をみせた。
「すまない。ここは試飲できないのか?」
「できますぜ旦那。なんの試飲をしましょうか?」
「珍しいのが飲みたいんだ。そうだな、ノティッチアかフラントールはあるかい?」
「それならこっちですぜ、旦那とお嬢ちゃん」
男は顔色ひとつ変えずに店の奥へ案内してくれる。
さっきのが、いわゆる『符合』……つまり、合言葉というやつだ。
試飲ができるのかどうか聞き、『珍しい酒』というキーワードと共にノティッチア(情報)とフラントール(盗み)という架空の酒の名前を出す。
これで盗賊ギルドへと案内してくれるはずだ。領主さまからゲットした情報は正しかったようだ。
扉一枚、店の奥へと入ると……そこもまた酒樽が詰まれた部屋だった。ただし、こちらは更に多くの樽と棚があり、それこそ倉庫に使われているようだ。
「ほう。本当に珍しい酒もあるな」
ちらりと見れば遠く離れた、それこそ魔王領に近いような国の酒もある。
「へへ、分かりますか旦那」
筋肉男はうれしそうな笑顔を見せる。この男は、盗賊ギルドに所属しながらも本当に酒好きなのかもしれないな。
そんな彼が部屋にあった机の下を指し示す。椅子の奥の床にわずかな切れ目。そこが隠し階段になっているのだろう。
「ありがとう」
筋肉男にチップとして銀貨一枚を親指で弾いて渡す。
「おっと。これは上客さまだ。旦那、今度一杯おごるぜ」
「楽しみにしてるよ」
そう言いながら、机の下に滑り込む。床板を外すように開ければ階段があり、地下へと続いていた。
「すごいですね、師匠……こんなになってるなんて」
「どこの街もこんなもんだ」
「そうなんですか」
初見のパルはキョロキョロと地下階段を見渡すが、それもすぐに終わる。地下をそこまで掘るには労力がいり過ぎるので、せいぜいが一階分だろう。
「ふむ」
ろうそくの明かりの中、ゆらゆらと紫煙が立ち込めている地下フロア。
狭い空間だった。
いや、狭いと思わせられる空間、だろうか。
実際には奥行きがあり、そこそこ広いのだが……左右に押し迫るように石壁があった。
ろうそくの明かりが不自然にも壁を照らし、窮屈さを助長させている。
「新顔だな」
階段を下りた俺とパルに対して、声がすぐにかけられた。
まっすぐ前に、まるで店みたいなカウンターがあり、そこに一人の男が座っている。
痩せていて、頬がこけており、剃り上げた髪の無い頭にバンダナを巻いていた。
これほど盗賊らしい盗賊は珍しい、といった具合に盗賊っぽい男だった。
「情報の売買はランク分けされてるぜ。下からC、B、Aランクだ。Cは銅貨、Bは銀貨、Aは金貨で取引する。欲しい情報が無けりゃ依頼してもいいぜ。売る場合、おまえさんの持ってきた情報が既知の物だったら金は払えない。が、まぁ状況次第、情報次第ってやつだ。さて、売るのかい、それとも買うのかい?」
盗賊は早口にまくし立てた。
おそらく、俺の旅人風の姿を見て情報を売りに来た、もしくは買いに来たのだと判断したのだろう。パルを連れているので尚更だ。
子どもを連れ立った旅人。
他人からは、そう見えるだろう。
まぁ、普通に考えて子連れ旅人の路銀を稼ぐ方法は『情報』しかない。
各地の情勢や、ちょっとした事でもなんでもいい。見た物や見てきた事を適当にしゃべっていれば、それが金になる。
どんな情報がどんな役に立つのかは……まぁ、盗賊次第だ。
なにせ、あらゆる情報が集まってくる場所だが盗賊ギルド。
近くの森にゴブリンがいた、なんていうどうでもいい情報と、村が狼に襲われた、という情報を複合すると、もっとやばいモンスターか魔物が森に現れた……と、なるかもしれない。
情報と情報を合わせれば、もっと価値の高い情報に合体変化する可能性がある。
だからこそ盗賊は情報を求め、旅人は情報を吐き出す。
お互いにメリットのある関係と言えた。
しかし、残念ながら――
「俺は旅人じゃないんだ」
「おっと。それじゃぁ、仕事の依頼か。ぬすみか……暗殺か?」
盗賊ギルドの、本来の側面だが……
どっちでもない。
と、俺は首を横に振った。
「ということは……加入するつもりかい、『旅人風』の旦那」
俺の言葉を聞き、盗賊は俺の呼称を変えた。盗賊ギルドに加入するということは、それはもう旅人ではなく、この街に住みこむつもり、と言える。
今から俺は『元旅人』であり、『旅人風』に姿を偽装していることになる。
「歓迎するぜ、旦那。後ろの嬢ちゃんもかい?」
「は、はい」
緊張気味にパルは答えた。
「分かった。だが、ここは訓練所でも育成場でもない。そいつのケツを拭くのは旦那の義務だぜ?」
「あぁ、分かってる。問題ないさ」
と、俺は肩をすくめる。
「それでいいよな、パル」
「はい、大丈夫です師匠」
盗賊の言葉にうなづき――
俺とパルは右側の壁を見た。
「おいおい。俺はこっちだぜ、どこを見てやがる」
「あぁ。だからそっちを見てるんだ」
そういって、俺はこの空間と、目の前にいる男の正体を看破した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます