~卑劣! 屋台のごはんと尾行の視線!~

 黄金の鐘亭から外に出ると、目の前は中央広場になっている。そこでは屋台が出ており、食べ物を扱う商人たちがお金を稼いでいた。

 時間的にはすでにお昼という時間帯を過ぎているので人はまばらだ。十年ほど前の記憶だと、あまり近寄れなかった場所だけに、ちょっと楽しみではある。


「せっかくだし、食べながらいくか」


 まだ昼飯も食べてなかったので、適当に屋台で済ますことにした。屋台のメリットは食べながら移動できることだろうか。しっかりと昼食を取っても良かったのだが、盗賊ギルドには早く加入しておきたい。


「四本くれ」


 鳥の串焼きがあったので、注文する。


「あいよ。400アイリスだ」


 一番下の銅貨コインの単位だった……

 ちなみに1000アイリスで銀貨コインの1アルジェンティとなる。更に1000アルジェンティで金貨コインの1ペクニアだ。


「すまん、釣りは……」


 俺は金貨コインを1枚取り出して見せるが……


「旅人さんよ、それは屋台で出す金じゃねぇな」


 と、呆れて肩をすくめる。

 まぁ、そりゃそうか。


「仕方ない。持ち合わせがこれしかないんだ。釣りはいらないから適当にもらえるか?」


 銀貨の10アルジェンティ硬貨を商人に渡す。銅貨にして10000の価値。ひとつ銅貨100枚なので、100個の串焼きが買えるのだが……さすがにそこまで用意してる訳がない。

 お昼ならまだしも、もうピークが過ぎた時間だしな。


「い、いいのかい?」


 今度は俺が肩をすくめておいた。

 手切れ金たる宝石が形を変えただけだ。それこそ、さっさと使ってしまいたいので構わない。


「ほれ、いくらでも持っていきな」


 炭火で焼けている鳥肉に塩が振られ、美味しそうに焼けている。煙にもまた味があるように感じられてしまうのが屋台の魅力だな。


「ありがとう」


 俺は適当に串をつかむと、その半分をパルに渡した。


「ほれ」

「……あたし、温かくて砂の付いてない串焼きは初めて」

「そうか……そりゃ、なんだ。まぁ食べろ」

「う、うん」


 パルは恐る恐る口に運ぶ。串に刺してある鶏肉はそこまで大きくはない。それでも、大きく口をあけて、パルは食べた。


「あ、あっふ。ん、んぐ……美味しい」


 そのまま勢いを増して一本二本と食べていく。口の中を火傷しそうな勢いで食べていくパルに苦笑しつつ、俺も鶏肉を食べた。


「うん。美味いな」

「はひ。ほっへほ、おいひいへす」

「口の中に残ってる状態で喋るんじゃない。下品に見える」

「はい。美味しいです、ぐす。師匠……うぐ」


 パルはちょっぴり泣いていたのかもしれない。

 俺も覚えがある。

 勇者と共に街を旅立ち、それからようやく金を稼いで、初めてまともな食事にありついた時。俺も勇者も、泣きながら食べていたと思う。お互いにそれを揶揄したり、笑ったりなんかできなかった。

 だったな。

 めちゃくちゃ美味しかったんだ。

 なんでもない、ただのスープだったけど。でも、肉と野菜がごろごろと入ってて、誰にも取られる心配もない、普通の野菜スープだったけど。

 きっと、永遠に忘れられない味になる。

 パルにとって、それが今日であり、その味が串焼きになっただけの話だ。


「良かったな、パル」

「ぐす……なんですか、師匠」

「いや、なんでもないよ」


 俺はそんな少女の泣き顔をみないようにしながら、先を歩いた。

 泣き顔や涙っていうものは、他人に見せられるようになるまで時間が必要だ。師匠であろうと、おいそれと覗いていいもんじゃない。

 しばらく、俺は無言で歩き続けた。

 が、しかし――


「食べながらでいいので、いいか。パル」

「は、はい。なんです師匠?」


 俺は手持ちの串焼きをパルに分けながらこっそりとつぶやくように話しかけた。


「いま、俺たちは尾行されている。気づいていたか?」

「え……あ、確かに」


 ほうほう。

 さすが路地裏で生きてきただけはある。

 他人の視線にはそこそこ敏感なようだな。


「ずっと人から見られてたので当たり前みたいな感じですけど……むしろ、誰もあたしを見ないのが気持ち悪い気もします」


 ちょっと傲慢な貴族みたいな言葉に聞こえるが、それも真実なのでどうしようもない。ようやくまともになったのだ。その普通に慣れてもらうしかない。


「顔を動かすなよ。どこから見られているか、分かるか?」

「右後ろから、ですよね? なんとなくですけど……分かります」

「よし。方角も分かるのなら問題はない。さて、この場合はどうする?」


 尾行への対応、だ。

 今後、パルもそういった立場になるかもしれないので、今の状況を利用させてもらおう。


「え、えっと……逃げる?」

「ハズレだ」

「じゃ、じゃぁ師匠みたいに路地に移動し、相手を確認する」

「半分正解だな」


 半分? と、パルは首をかしげた。


「その場合、相手の実力は下だと確信していないと自分の身が危ない。下手に刺激して、妙な動きをされても厄介だ」

「実力……」

「俺に言われるまで気づかなかった。その時点で、まぁ相手は確実にパルより格上だな」

「そりゃそうですよぅ、師匠」


 盗賊見習いのレベル0と考えれば、どんな盗賊だろうとパルよりは格上になってしまう。

 ははは、と俺は苦笑しておいた。


「えと……じゃ、じゃぁ正解は?」

「泳がしておく」

「え。大丈夫なんですか?」


 驚くパルの声に俺は肩をすくめて答えておいた。


「むしろ、やましいことが無いのなら動かないほうがいい。俺は旅人であり、パルは連れだ。それが盗賊のように行動してみろ。相手にその情報が筒抜けになり、警戒レベルが上がってしまうだろ」

「な、なるほど? でも、それってこちらの行動も筒抜けになりませんか?」

「それでいいんだ。相手に渡していい情報を厳選できるからな」

「えっと、つまり……え~っと、わかんない」


 まぁ、まだ難しいか。


「この視線の相手、レベルの高さはどう思う?」

「か、かなり上だと思います」


 そう。

 視線を送っているのは気取られているが、それでも姿は見せていない。俺が思うに、ルーキーを乗り越えてベテランの領域に入ったところ、と言った感じか。


「つまり、相手は確実に盗賊だ」

「あ、そっか」


 ここまで尾行ができる素人は、そうそういない。きっちりと尾行スキルを使っている盗賊だと考えるのが普通だ。


「で、俺たちの目的地はどこだ?」

「盗賊ギルドです」

「情報を渡すとはそういうことだ」

「なるほど。何もしなくても解決するってことですね」


 今から仲間になりにいく。

 その情報があれば、これ以上の詮索はされないだろう。


「いいか、パル。『情報』をバカにしてはいけない。知っているのと知らないのとでは、遥かに差が生まれてしまう。おまえの正体を知らなかった俺は、まんまと術中にハマり、敗北した。でも、少しでも情報があればブラフを見抜けた可能性がある」

「はい、わかりました!」

「常に周囲から情報を得ること。得た情報の裏を取ること。噂に惑わされるな。嘘に付き合うな。といっても難しいけどな。でも、生き残るには重要なことだ」

「りょ、了解です」


 パルは情報じょうほう、とつぶやきながら串焼きを食べる。

 その間にも、尾行してくる人物は俺たちの後ろを距離を取りつつも付いてきた。

 おそらく、この尾行を命じたのは領主だ。どう考えても俺の情報が欲しいんだろうし、どう考えても俺という人物はあやしいので、仕方がないといえば仕方がない。

 まぁ、領主が盗賊ギルドとズブズブなのはどんな街でも同じだ。下手をすれば村の村長だって利用している。

 いずれ領主のもとにも情報が渡るだろうから、気にすることはない。

 今はパルの能力確認とちょっとした講義ができたことに感謝しよう。


「お、見えてきたぞ」

「あそこに盗賊ギルドがあるんですか?」


 そこは商業区の入り口に当たる場所。

 大きく看板に出ているのは酒の神『リーベロ・チルクイレ』が描かれた看板。ご機嫌な神様は泡立つ麦酒をこぼれんばかりに掲げている。

 その看板には店の名前が大きく記されていた。


「酒問屋『酒の踊り子』。ご機嫌な酒屋だな」


 俺は肩をすくめつつも、ダンサーなど所属してそうにもない酒の問屋の自在扉を押して店内へと入るのだった。

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