~卑劣! 馬子にも衣装、美少女に移譲!~

 パルが暴れたせいでリンリーの服がそれなりに濡れてしまったらしい。全身ぐっしょりという訳ではなかったが、業務に支障をきたす程度には濡れそぼっていた。


「うぅ」

「ご、ごめんなさい」


 パルは素直に謝った。悪かった、という思いはあるようなのでリンリーもそれほど怒ってはいない。


「詫びだ」


 俺はベッドの上に広げられた服の中から一番大きいのを選んでリンリーに投げ渡した。


「うわっとと。あの……これ、ドレスですが……」


 他はサイズが合わなそうなので、それしかなかった。

 というか、胸のサイズがネック過ぎる。胸なのに首(ネック)とはどういう了見だ、まったく。

 素早さを重視する盗賊としては、リンリーは絶対に無理だろうな、なんて思いながら巨乳にため息をついた。


「なんですか……?」

「なんでもないよ」


 肩をすくめてごまかす。


「ドレスは、こいつを洗ってくれたお礼と思ってくれ。というか、そこまで大きいとメルカトラ氏がリンリーのために用意したと邪推してしまうな。どういう関係なんだ?」

「ただの客と、宿屋の娘ってだけですよ」


 リンリーは俺と同じように肩をすくめた。

 なるほど。

 宿屋の娘にして、この身体となると……そりゃ若い商人から狙われてもおかしくはない。彼女の心を射止めれば、そのまま宿屋の跡取りにもなれる。商人として一番楽して勝利者へとなれる道が、こんなところにいる訳だ。

 そういう意味では、俺も彼女に恩を売っておいて損はしない。


「パルが着れるまでには何年もかかるだろうし、使い道がないから遠慮せずもらってくれ」

「旅人さんが着たらいいじゃないですか」

「……」

「冗談です」


 着替えてきますね、とリンリーは再び扉の奥へと移動した。


「し、師匠。そろそろ離してください。それ、水を取る行為ですよね。もう濡れてませんから」

「おう」


 髪の毛がぼさぼさになったパルは、自分の手櫛で髪を整えている。

 ちょっとは女の子らしい部分もあるのかもしれないと思ったが、俺がめちゃくちゃに拭いたので気にしているというパターンだな、きっと。

 とりあえず見た目の汚れは落ちたので良しとしよう。においも石鹸で落ちているし、あとは服さえ整えればジロジロと見られる心配はない。

 どこにでもいる普通の娘、として生まれ直せるだろう。


「大きさ的には……ふむ、これがいいな」


 一見して普通の布で作られたように見えたが、おそらくエルフが編んだ布だ。生地の感覚だけで確証は無い。それでも、そこらの子どもが着ている物ではない。

 子どもサイズながら黒のインナーに白の上着。そこにコルセットのようになった皮をなめした防具がセットになっていた。


「ふむ。狩人の装備だな」


 動きやすいもの、という注文にメルカトラ氏が答えてくれたものだろう。しかし、良くこんな小さいサイズがあったものだ。まぁ、エルフは小さい頃から狩りを教わるのだから存在はするんだろうけど。


「狩人って、あの森に入って動物を取ってくる……」

「それだ。盗賊の一種と言っても過言ではない」


 編みこまれた意匠は、なるほどエルフ少女向けに作られたかのようだ。上着の胸部分にもリボンが付いており、尚更可愛く見える。


「おぉ~」


 パルの瞳が輝いているが、下半身が丸見えの状態では可愛さも何もない。というか、それはそれで目の毒なので、手早くぱんつを履かせようと思ったが……


「無い」


 下着の類が無かった。

 まぁ、メルカトラ氏が女児用のぱんつを用意するところを想像したくもないし、まさか履いてないとは思っていなかったのだろう。

 仕方がないので、直接ホットパンツと呼ばれる、いわゆる短パンを履かせた。これならば動きやすいはずだ。


「自分で履けるか」

「それぐらいできますよ」


 パルはホットパンツを履こうと片足立ちになるが、見事に足を引っかけてすっころんだ。


「履けないじゃないか」


 後ろでリンリーも笑いをこらえていた。

 下半身丸出しのまま転ぶ美少女というものは、それだけで滑稽で面白い。


「し、失敗しただけです! こんな良い物をもらっては、緊張するじゃないですか!?」

「貴族のダンスパーティにゃ、呼ばれないな」


 呼ばれても行きませんよ! と主張するお子様に肩をすくめながら、さっさと着ろ、とうながした。

 その間に俺は背中に装備していた隠しナイフを一本、鞘ごと取り外した。ちなみに四本装備していたし、二の腕と太もも部分にも装備しているのでまだまだ余裕はある。

 メルカトラ氏が持ってきた中に細いベルトがあったので、それに鞘を取り付けた。


「ほれ」

「おぉ!」


 隠しナイフなので、長さは心もとない。もともと投げナイフとして使用していたものだが、それでもパルが持てば、それなりの大きさに見えてしまう。


「抜きやすい位置を自分で考えとけ。右腰、左腰か、それとも背中側か。いつでも抜けるようにしとけよ」

「わ、分かりました」


 よしよし。

 ボロ布をかぶっているだけのパルだったが、これでようやく人間らしい姿になった。服を着てくれたおかげで、悲惨な身体を見なくて済む。


「どうですか師匠?」


 腰の位置より少し高めにベルトを装備したパルは、鞘を背中側に取り付けたようだ。

 俺に見せるように低くそれっぽく構えると、ナイフを抜いて、またまたそれっぽく構える。どこかゴロツキを思わせるポーズなのは、アレか……路地裏で見てきたものだろうな。


「構えはこうだ。相手に対して自分の身体をできるだけ小さく見せる。ナイフをあまり前へ出すな。奪われたり蹴られたりするぞ」

「は、はい」


 ゴロツキから、ルーキー冒険者くらいへはしてやる。

 あとは練習と実践が必要だが……それよりもやることがあるので後回しだ。


「ほ、はっ」


 適当にナイフを振るパルは……なかなかどうして、美少女としては間違いないレベルの可愛さがある。

 服を着たおかげで見すぼらしさが消えた。

 こうなれば、本物の美少女といっても差し支えがないだろう。それこそ豪奢なドレスを着せれば、貴族のパーティ会場に放り込んでおいても違和感がない。


「使えるな」


 ぼそり、とパルを見ながらつぶやいたところで、俺をひどい目で見ているリンリー嬢に気づいた。


「や、やっぱり……!」

「いや、その話はもういいから」

「あ、はい」


 この娘、普段はヒマなんだろうか……状況を精一杯楽しみたいようだ。なんかガッカリしてるし。

 まぁ、本当にパーティ会場に放り込むには、そこそこの貴族的振る舞いを叩き込まないといけないので無理だろう。そんな機会がくるとは思えないから、気にしなくてもいいか。


「あの、このドレス……本当にいいんですか? 高そうなんですけど」


 パルがきゃっきゃとナイフを振っているのを見ながらリンリーが再びドレスに言及した。


「使い道がないのに持ってても意味ないだろう。リンリーが持っている方が幾分マシだ」


 もっとも――リンリーだって使う機会がないだろうけど。


「ん~、では本当にもらっちゃいますね。ありがとうございます」

「あぁ。それで接客すれば、看板娘になれるだろうさ」


 人気が出て、もっと繁盛する可能性がある。


「もう看板娘ですから、その心配はないですね」


 ……どうやらすでに自負しているようだ。


「師匠は人を見る目がないですね!」


 パルがあっけらかんと俺に言った。


「……」

「な、なんでそんな泣きそうな顔をするんですか、師匠!? あたし、なにか酷いこと言いました!?」


 言いました。

 人を見る目がないので、パーティが追い出された気がしてきました。

 もっと賢者と神官を警戒していれば……いや、むしろ取り入っていれば……

 ぐ……

 い、いや。

 やめておこう。

 俺は俺で、できることをしないといけないんだ。

 うん。


「あ、あはは……そ、それでは仕事に戻りますね。ドレス、ありがとうございました旅人さん……あ、そうだ」


 リンリーはポンと手を打つ。


「いつまでも旅人さんでは何ですから、名前を教えていただけますか?」

「あぁ。エラントだ」

「エラント……変わったお名前ですね。彼らはさまよう……?」

「俺も孤児だからな。変わった呼ばれ方をされてしまえば、それが定着してしまうものさ」


 まぁ、嘘だけど。

 それでも本名なんて有って無いようなものだ。ファミリーネームはもとより存在しないし、似たようなものだろう。


「孤児だったのですか……すみません。えっと、それではエラントさん、これからもよろしくお願いします。パルちゃんも」

「あぁ、世話になる」

「はーい」


 リンリーは頭を下げて部屋から出て行った。


「さて」

「師匠?」

「盗賊ギルドへ行くぞ」

「はい!」


 部屋の鍵をしっかりと確認し、俺とパルはさっそく出かけることにした。

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