~卑劣! 汚れを落とせばそりゃ美少女に決まってる~
風呂場からは激しい攻防の音と声が聞こえていた。
それは一方的な展開になっており、勝負の行方は明白だった。
「うひゃひゃはやはあああひゃひひひいははははあああああ」
「こら、暴れないの!」
誰がどう聞いてもリンリーの圧勝のようだ。
「そんなこといっひゃっへへへへへははは! そんな、そんなさわらない、へひゃはははは、あはははあはははっはははははは!」
「きゃー!? もう、濡れちゃったじゃないの!」
「ご、ごめんなさ、だから、さわらない、ふへへへえっへへへへへへはははははは!」
ばっしゃんばっしゃんお湯の跳ねる音が聞こえる。
まぁ、石鹸で体を洗われるのが初めてだと、あーなってしまうのは仕方が、ない……か?
例え慣れていても、他人に洗われるのとではまた感覚が違うし、そういうものか。ましてや初めて他人に身体を触られていると考えれば。
くすぐったいのも仕方がない。
たぶん。
「うーわ、お湯がまっくろ……」
「ご、ごめんなさひ……はぁ、はぁ……もう、ダメ……」
ぐったりとするパルの声と汚れを落とした後のお湯に唖然とするリンリーの声。
それにしても、壁がうすいのか筒抜けだなぁ。
まぁ、もとより一人部屋だから音を気にする必要が無かったのだろう。
宿が悪いんじゃなくて、俺が悪い。
いや、俺は悪くないか。
と、ベッドの上に寝ころびながら考えていると、入り口側のドアがノックされた。
「どうぞ」
そう返事をすると、失礼します、とメルカトラ氏が入ってきた。
「お待たせしました」
彼はいそいそと部屋へと入ってくると、風呂場から聞こえてくるパルとリンリーの声にびっくりしながらも、さっそくお金を手渡してくる。
「こちらが、料金でございます」
ずっしりと重い革袋。開けてみると金貨コインが詰まっていた。
通常、お城に勤務する警備兵の年間給与が金貨十枚と聞いたことがある。この革袋の中には、少なく見積もっても五十枚はあった。
「……多すぎないか?」
「これが正当な価値ですよ、旅人殿」
商人にそう言われてしまうと、どうしようもない。むしろ俺が騙している側なら分かるのだが、騙されてこの値段というのは誰も得しない。
「だったら、これ全部で宿の契約分を払うっていうのはどうだ?」
宿の部屋を一年間だけ貸してもらえる、と考えれば相応の額のはずだが……
「いえ。譲ってもらえる、それだけで、この部屋を使ってもらう価値があります。おそらく、私が生きている内にあの宝石を手に入れることは、もう二度と無いでしょう。それを加味しないのならば、もしも正当な価格をつけて売れば、その袋が四袋に増えることになります」
まぁ、仕入れ値がこれだから、売る場合はもっと高くなるよな……
「どうも騙しているみたいな気がしてなぁ……」
いやむしろ騙されて安い値段というわけじゃないので、アレなんだけど。
「それでしたら、どこであの宝石を手に入れたのかを教えて頂ければ参考になるのですが」
「情報か」
「えぇ」
情報は金になる。
その概念が理解できない内は商人にならない方がいい。たかが言葉、たかが意味にお金を払えるようになれば、その時が立派な商人だ。
「残念ながら、そればっかりは教えられん。申し訳ない」
「う~む、そうですか……」
分かり切っていたが、やはりメルカトラ氏は残念な表情を浮かべた。ほんの少しの期待があったのかもしれない。
「まぁ、教えたとしても、二度と手に入らないのは間違いないよ」
「でしょうな」
お互いに苦笑する。
俺があいつらから背負わされた金塊や宝石の類は、とある魔物が貯め込んでいたものだ。
鉱山に潜んでいたそいつのせいで、ドワーフたちが困っていたのを助けた時、恐ろしいほど大量にゲットしたものだ。
持ち切れる量ではなかったし、もともとドワーフの物でもなかったという。仕方がないので、賢者が亜空間魔法にて保管していたのを、嫌がらせのように持たされたわけだ。
宝石をどこで手に入れたのかは、あの魔物でないと分からない。しかし、もう魔物は倒してしまった後であり、聞きようがない。
もしかしたら魔王領で取れるのかもしれないが……人間側で珍しいのは、そのせいかもしれない。
が、しかし……それこそ、伝えるべき情報ではないな。
「それから、こちらがお嬢さんの服です。サイズが不明ですから、いろいろと用意してきました」
「あぁ、すまない。あぁ……だったら、それ全部を買い取ってもいいか?」
俺は革袋から一枚だけ金貨コインを取り出して、メルカトラ氏に渡す。
「これもサービスしておきたいのですがね」
「もらい過ぎても困る。また良い宝石を見つけたらあんたの所に持っていくので、どうか客と商人の関係にしてくれ」
「それを言われましたら、こちらも商人ですからな。毎度あり、と受け取りましょう」
俺としては宝石を換金しただけで、この金貨コインすら汚い物に感じる。なので、さっさと処分してしまいたいのだが……なかなか金貨を減らすことは難しいか。
「あ、そうだ。一枚でいいので、銀貨に換金してくれないか?」
「問題ありませんよ」
金貨だと何かと使いにくいので、一枚を銀貨1000アルジェンティ分に交換してもらった。
銅貨、銀貨、とコインの価値を上げての金貨。
それがここまで多いとなると……ゼロにするには途方もない無駄遣いが必要そうだ。
いっそのこと、金貨も領主に寄付しようか。
なんて思っていたところで、パルが風呂からあがってきた。
全裸で。
「おっと。それでは私はここで失礼します。レディの裸は高くつきますからな」
「ありがとう、助かった」
いえいえ、と彼は背中を向けたまま一礼をして部屋から出て行った。
「で……どちら様で?」
風呂からあがってきた少女は綺麗な金髪をしていた。
ギシギシに傷んでいた髪だが、綺麗に洗うとそれなりに見れるようにはなる。加えて、汚れていた肌も洗えば、真っ白で綺麗なものだった。
もちろん、傷や痣、浮いているアバラ骨はどうしようもないが。
それでも見違えるような美少女一歩手前がそこにいた。
むしろ、そこそこ食事を与えて、それなりに皮下脂肪をたくわえたら、間違いなく美少女になるだろう。
「パルヴァスで間違いないですわ。うふふ。それともどこかの貴族に見えるのかしら?」
不慣れなお嬢様言葉だが、残念ながら貧相過ぎる全裸だ。
「おっと。そいつは失礼した、お嬢様。しかし、本物の貴族でないのなら人前で裸をさらすのはやめてもらおうか」
「……ん? どういう意味?」
俺はタオルをパルに投げつけながら説明してやる。
「貴族ってやつは、身分が下の人間に裸を見られても恥ずかしくないそうだ。俺たちを虫にしか思ってないんじゃないかな」
「へ~、そうなんだ……これはなんですか?」
……タオルで頭を拭け、という意味も通じないのか。
「ほら、こっち来い」
「あ、はい。ついに、あたしを抱くんですね!」
「抱かん。拭いてやるから大人しくしろ」
残念ながら美少女になったといっても性的魅力がゼロだ。俺がロリコンであったとしても、この体に欲情できる人間はいない。
むしろ同情しか集めない身体だろう。
「うあ、ちょ、ちょっと師匠。痛い、痛いです!」
「我慢しろ。抱かれたらもっと痛いぞ」
「マジですか!? じゃ、じゃぁ弟子になるのやめます!」
「もう遅いわ!」
「ぎゃー!」
というやりとりをお風呂から出てきたリンリー嬢にばっちり聞かれていた。
「……」
「……その目はやめてくれないか、リンリー」
「ロリコン……」
ぼそり、と彼女はつぶやく。
「違うので、その目はやめてくれないかリンリー嬢」
「嬢って付けないでください」
「では、取引だ」
「分かりました」
契約はすぐに成立した。
「まぁ、本当に性奴隷とかにするんでしたら、わたしなんか呼びませんものねぇ」
その常識的な考えができるんなら、あの目はやめて欲しかった……
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