~卑劣! 部屋の奥には魅惑のアレ~

「こちらのお部屋です」


 と、巨乳で三角巾からツインテールのように髪を揺らす従業員、リンリー嬢に案内されたのは、一階廊下の奥の扉。

 廊下に窓が無いので薄暗い場所ではあったが、掃除は行き届いているようだ。廊下には目立つ塵は無い。


「どうぞ」


 リンリー嬢がカギをあけて中へ案内してくれる。


「おぉ~。すごい」


 と、後ろでパルがつぶやくが……

 なんてことはない普通の部屋だった。それほど大きくもない部屋にベッドがひとつあるだけの簡素なもの。あとは荷物が置けるスペースがあり、もうひとつ奥に扉があるだけの至って普通の宿部屋だった。

 路地裏で生きてきたパルにとっては凄いのも理解できるので、俺は弟子に対して何も言わない。これから徐々にでも常識ってやつが身についてくるだろう。あせって訂正する必要もない。


「あっちの扉は?」


 部屋の最奥にはもうひとつ扉があった。

 俺が聞くとリンリー嬢はにっこり笑いながら扉を開けて見せてくれる。


「風呂がついているのか!?」


 普通の部屋なんて思ったのが間違いだ。

 まさか専用の風呂が付いているとは思わなかった。

 普通の宿でさえ大風呂があるところは少ない。下手をすれば、裏の井戸で水をかぶって布で拭く程度の宿だってザラにある。

 そんな中で、個室に風呂があるというのはまさに特別だ。


「当宿に四部屋しかない特別なものです」


 そこを契約で押さえておけるとは……メルカトラ氏は豪商の中でも相当な商人ということか。しかも、それを譲ってくれるほどの豪胆の持ち主。

 ふむ。


「運がいいな」

「こ、こんな部屋に泊まれるなんて。師匠、すごいです。強運です!」


 パルが興奮するように言うが、そっちではない。

 豪商たるメルカトラ氏と縁ができた。こちらのほうがむしろ『運がいい』の意味合いが強い。

 彼の元には情報も集まってくるはず。おそらく商人ギルドとも縁があるはずだ。

 何かあったら、遠慮なく彼を頼ることにしよう。


「それでは、何か用件がございましたら何でもおっしゃってください」

「なんでも?」


 俺の質問にリンリー嬢は、常識の範囲内で! という言葉を付け足した。

 商人があまり『なんでも』とは言わないほうがいい。


「ときどきいるんですよ。私を色街の娼婦と勘違いするお客様が」


 あきれた、といった感じでリンリー嬢は肩をすくめた。

 まぁ、立派な胸を持っているだけに男の視線と意識は簡単に誘惑されてしまうものだ。盗賊スキルとしては有能な武器になるが、宿の従業員では活かすことはできない。


「あはは! 師匠は大丈夫ですよね!」

「余計なことを言うな」


 この弟子、ちょっと分からせる必要があるな。


「それでは失礼しますね」

「あぁ、ありがとう」


 一礼して出ていくリンリー嬢にチップ替わりとして宝石を渡そうとしたが断られた。メルカトラ氏の反応を見たあとでは、そうなってしまうのも仕方がない。


「過ぎたるは及ばざるが如し。ですね、師匠」

「なんでおまえ、そんな言葉知ってるんだよ……というか、どうして仁義を切るとか知ってたんだ?」


 義の倭の国に縁でもあるんだろうか。とも思ったが、そんな少女が孤児になっているわけがない。


「あたしが確保した路地裏のスペースが、その、宿の近くだったんですよ。そこの窓から商人の話がずっと聞こえてたんです」


 パルの説明によると、どうやら根城にしていた宿裏から義の倭の国の商人が良く出入りしていたらしい。おそらく専属契約でもしていたんだろう。

 そんな彼らの生活を、ジッと見続けていたパルは自然と彼らの文化や商品を覚えてしまったということだ。


「それにしてはハッキリと覚えているな」

「あたし、記憶力と目がいいんです」


 えっへん、と薄い胸を自慢気に張るパル。


「なるほど。まぁ、盗賊にとってそれは才能だ。ちゃんと活かせよ」

「は、はい師匠!」


 褒めたわけではないが、彼女の瞳が輝いた。

 まぁ、いいか。やる気があるのは良いことだし、なにより才能はあればあるだけいい。もちろんそれを活かすことなく死んでいく人間が多い世界ではあるが……

 いま、それを伝える必要はない。


「ほら、さっさと風呂に入ってこい。せっかく付いてるんだ。利用しないともったいない」


 大風呂の女湯に向かわせるより、よっぽど安心だ。


「は、はぁ。分かりました」


 あまり納得しないで扉の奥に移動するパルだが、すぐに戻ってきた。


「師匠」

「どうした?」

「よく分かりません……」

「なにが?」

「その、おフロという物が、そのぉ風呂屋? 食べ物に関係ない建物は……え~っと?」


 ……なんだろうな。このちぐはぐな常識と知識の入り交じりようは。

 路地裏で生活していると、こうなってしまうのか。

 いや、そもそも風呂という存在自体が庶民には無い感覚かもしれん。それこそ、布で体を洗う程度が当たり前か。

 街中にはちゃんと風呂屋があるだろうに。

 まるで縁がないと、その意味すら理解できないのだろうか……?


「体を洗うんだ。髪もちゃんと洗えよ」

「洗濯みたいに?」

「あぁ。そうだな、お風呂は体の洗濯をする場所だ」


 なるほど、と納得してパルは扉の奥に行ったが――また戻ってきた。


「し、師匠~」

「なんだよ! いっしょに入らないからな!」

「えー!?」


 さんざん俺のことをロリコンだと言っておいて、いっしょに風呂に誘うとはどういう了見だよ、まったく!


「こ、このパルヴァス。覚悟を決めていたことがひとつあります!」

「なんだ……」


 嫌な予感がするが、聞いておこう。


「師匠に純潔を捧げる覚悟はしてました! 今晩ですよね!? どんな酷いことでも耐えてみせます! だったら、お風呂? でもいいですよね!」


 とんでもない覚悟を決めてた弟子に、俺は叫ぶようにして答えた。


「やらんわ、ボケー!」

「ええええええ!?」


 いや、なんでそっちが驚くんだよ……


「どこの世界に弟子に手を出すバカがいるんだよ」

「いっぱいありそうですが……」


 あぁ~……うん。

 ……否定できん。


「分かった、分かったよ」

「いっしょに入ってくれるんですか!?」


 蒼い瞳をキラキラと輝かせるパルに向かって俺は手を払いのけるジェスチャーをした。


「リンリー嬢に頼もう。さっきなんでもって言ってたし」


 待ってろ、とパルに言い残して俺はロビーに移動する。雑用的な仕事を主にしているんだろうか、リンリーはロビーで周囲を見渡しながら客人に対応していた。


「すまない、リンリー嬢」

「あ、はい。どうしました、旅人さん。あと嬢はやめてください、嬢は」


 何か嫌な思いでもしたのか、嬢を否定されてしまった。


「パル……連れを風呂に入れてやってくれないか。どうも、慣れないらしくてな」

「は、はぁ……」

「申し訳ないが頼めないだろうか」

「えっと、ちょっと待っててくださいね」


 そう言ってリンリー嬢……改め、リンリーは奥へと移動していった。いわゆるスタッフルームというやつかな。

 彼女はすぐに戻ってくれると、了承です、とオッケーをくれた。


「ところで、旅人さん」

「なんだ?」

「連れと申されていますが……あの子は孤児なのでは?」


 気になっていたのだろう、リンリーが聞いてきた。

 まぁ、隠す必要もないので正直に答える。


「……かわいそうだったので、拾った。好ましくないのは分かるが、縁ができてしまって。見捨てることができなかった」

「わかりました。でも――」

「大丈夫だ。途中で放り出したりしないさ。せめてひとりで生きていけるまでは面倒をみるよ」


 本来なら無責任な俺の言葉だが、宝石をいくつか持っているのを見せているのでリンリーは納得してくれたらしい。お金の心配はしなくてもいい、ということだ。


「パル。リンリーを連れてきた――」

「し、ししょー!?」


 扉を開けると、そこには全裸になっているパルがいた。

 なんで部屋の中で全裸になってるんだ、もう!

 というか……見たくもなかったな。

 あばら骨が浮き出て、痣がそこら中にあって、全体的に汚れてしまっている少女の無残な姿は。艶も色気も淫靡さも、そのひとつも欠片も見当たらない少女の裸だった。

 悲壮感だけが漂っている。

 悲しい事実を突き付けられた気がした。


「師匠? なんで泣きそうな顔をしてるんです?」

「なんでもない。リンリー、頼めるか?」


 リンリーも俺と似たような表情を浮かべるが、すぐに営業スマイルに切り替える。商人の必須スキルなだけに、彼女のそれに救われた感があった。


「はい。任せてください」


 リンリーはパルを連れて風呂へと入る。


「はぁ~」


 少女の裸を見たっていうのに、こんなにも気分が悪くなるとは思わなった。


「……ロリコン失格だな」


 苦笑しつつ、俺はベッドの上に寝転がるのだった。

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