~卑劣! 宿代交渉は宝石を添えて~
黄金の鐘亭。
この街一番の宿というだけに、人の数は多い。そのほとんどが商人らしき姿をしているが、旅人の姿もない訳ではない。
ただ、やっぱり冒険者の姿は無く彼らの生活水準がそこまで高くないことが分かってしまう。
そこそこ質の良い宿屋となると、それなりに値段も高くなる。そうなると、やはり冒険者や旅人には厳しいので、自然と商人がメインの客となるわけだ。
そんな商人たちの目が俺の後ろにいるパルに注がれる。
あまり良い印象ではないので、さっさと部屋に転がり込みたいのだが――
「すいません、旅人さん」
と、声をかけてきたのは宿の従業員だった。
茶色い髪を大きく両房に分けて、三角巾から垂らすようにした娘。少々おっとりした見た目なのは、彼女が垂れ目だからか、はたまた大きな胸のせいか。豊満な彼女の姿を目で追う若い商人の姿もあるので、そこそこ人気がある娘なのかもしれない。
まぁ、なんにしても向こうから声をかけてくれたのはありがたい。
「後ろのお嬢様は、お連れ様でしょうか?」
「お嬢様!?」
パルがなぜか驚いて後ろを振り返っている。
……あぁ、自分のことだと思っていない上に、後ろに『お嬢様』が気配なく立っていると思ってびっくりしたのか。
「おまえのことだ、パル」
「え、あたしがお嬢様……」
どうにも納得していないらしいが……こればっかりは慣れるしかない文化でもある。俺も初めて宿に泊まった時は目を白黒とさせたものだ。
「あぁ~、さっきそこでこいつを奴隷にしたんだ。身の回りの世話をさせるんで、いっしょに泊めていいかな?」
「奴隷!?」
パルが再び声をあげた。
「旅人さん……お嬢様が納得されていないようですが」
ちくしょう。
従業員に嘘だってバレたじゃねぇか、こんにゃろう……
「冗談だ。連れだよ連れ」
「は、はぁ……」
うーむ。
一気に信用度が下がってしまった。
「申し訳ありませんが、当宿屋はそこそこの金額がいってしまうのですが……そのぉ、大丈夫でしょうか?」
おずおずと申し訳なさそうに従業員が俺へ言う。
やんわりとお断りを告げられているのだが……
その手で来てくれるのなら逆に安心だ。やりやすい。
商売というものはお金さえきっちり払えば、信用は後から付いてくるというもの。もちろん、すべてがすべてそういう訳ではないけど、払う物を払えばなんとかなるパターンが多い。
まぁ、それは商人であろうと盗賊であろうとも変わらないけど。
価値が一定というのは、それだけ安心感も不動というわけだ。
「これで泊まれるだけ泊まりたいんだけど」
しばらくはこの宿を拠点にしたい。ゆくゆくは、まぁどこかに住居でもかまえたいところだが、この街に永住するとも限らないし。
王都へ行くっていう手もあるので、しばらくは宿屋暮らしがいい。
「これは……」
従業員に手渡したのは宝石だ。
手放してしまいたい宝石がまだまだある。すべて領主に渡してしまっても良かったが、それなりに利用できるので、適当にバラ撒いていきたい。
もっとも、宝石に罪はない。
きっと、この世で俺だけが嫌っている宝石だろう。持つべき者の手に渡るほうがよっぽど良い。
「し、師匠……それは?」
「宝石だ。見たことないのか?」
そうパルに聞いて、見たことある訳がない、と俺は反省する。そもそも俺だって孤児であり、孤児院で育った。
勇者と共に冒険に出るまで、宝石なんて間近で見たこともなかったのを思い出す。
「綺麗……」
そこそこ大きな宝石だ。
なんという鉱石なのかは分からないが、価値はそれなりに高いはず。いくら高級な宿とは言っても、これで泊まれないことはないだろう。
パルの瞳も輝いているが、従業員の瞳も宝石に魅了されたように輝いている。呪いの効果とかではなく、純粋に宝石の魅力にあてられた、というやつだ。
特に女性はコレにやられやすい。ドワーフの作った高級なガラス細工と見分けるには、そこそこの鑑識スキルが必要となるが、やっぱり本物の宝石というものは自然と人を魅了してしまうものだ。
「た、確かに宝石なんですけど……すいません、私じゃ価値が分からないので……」
従業員が困ったように宝石を見ている。
まぁ適当に何泊分かを決めてもらえばそれでいいのだが……律儀にも、きっちりと価値を把握しないとダメみたいだ。
と、そんな従業員が顔をあげて呼び止める。
「あっ! メルカトラさん! ちょうど良い所に!」
「ん……? はい、どうしましたリンリーさん」
ふむ。
巨乳従業員の名前はリンリーで、呼び止められた商人風の男はメルカトラか。
覚えておこう。
「メルカトラさんって、確か宝石も扱ってましたよね?」
「えぇ。宝石も営んで――そ、それは!」
メルカトラ氏が、まるでリンリーの両手をつかむようにして迫った。ざわり、と周囲から視線があつまる。
なるほど。
リンリー嬢はやっぱり人気のようだな……若い者から初老まで、それなりの男たちが彼女に注目している。
もしかしてチェックアウトがなかなか進まないのは、彼女を目的としているから、なのかもしれない。
まったく。
こんな巨乳のどこがいいのか分からない……
見た目だけで女性に惹かれているとしたら、愚かの極みだ。
「え、なんですか?」
俺はパルを見た。
「いや、なんでもない」
うん。
なんでもないなんでもない。
「これはもしや、アダマンテムでは――いや、そうに違いない!」
リンリーから宝石を受け取ったメルカトラ氏は、大げさなほどに大事に持ち、宝石に反射する光を覗き込む。
色の無い透明な宝石は光を通し、七色に輝く。
それを震えそうになる手でメルカトラ氏はうやうやしく見つめた。
「ま、間違いない。本物だ……しかも、この大きさ……り、リンリーさんこれを、いったいどこで!?」
「こ、こちらの旅人さんが宿代にと……私では価値が分からないので、メルカトラさんに鑑定してもらおうかと思って」
商人の目がギラリとこちらへと向いた。
「た、旅人殿。あ、あぁあぁ、申し遅れました、わたくしサーゲッシュ・メルカトラと申します。お、お願いがあるのですが、こちらの宝石をわたくしに売ってくださらないでしょうか?」
まるですがるような表情でメルカトラ氏は俺にお願いする。
「いいぜ」
「無理を承知で……いま、良いとおっしゃいました?」
「あぁ。俺が持ってても意味ないだろうし。あんたの方がよっぽど価値が分かってくれそうだ。そのかわりっちゃぁなんだが、宿代を代わりに払ってくれないか? しばらくこの街に滞在したいんだが。あぁそれと、こいつの服も用意して欲しい。安物でいいんで動きやすいのを頼む」
「んえ!?」
いきなり話の中に放り込まれたパルが奇妙な声をあげた。
「そ、それでしたらどうでしょう。わたくし、この宿と契約しておりまして一部屋を常にキープしている状態です。それを使っていただければいいので、ぜひ、ぜひ売って欲しい!」
おおっと?
普通の商人かと思ったら、マジで豪商と呼べるレベルなのかもしれない。
「いやいやいや、話が大きい大きい。普通に売るって。その売ったお金で泊まるだけでいいよ」
「それでは価値があいません。ぜひ! ぜひとも!」
メルカトラ氏はついに俺の手を握る。
いやいや、おじさんに手を握られて嬉しく思う男は少ないので、その交渉方法は間違ってるぜ、と言いたいところをグッと我慢した。
「わ、わかったわかった。それでいいからお願いします」
どうやら予想以上に、想定以上に価値の高い宝石だったらしい。
アダマンテムっていう宝石か。
いざとなった時に覚えておこう。
ポケットから適当に残りの宝石を取り出し検めてみるが……同じのはもう無いな。さすがにあそこまでの大きさの宝石もないので、あとは小さいのばかりだ。
ジャラジャラと宝石をポケットから出したのを見たパルがギョッとしている。
「……欲しいか?」
パルは全力で首を横に振った。
いらないのか。
俺にしてみれば持ってるのも嫌な宝石なんだけどなぁ……
さすがに捨てるわけにもいかないし、扱いが雑になるのは仕方がない。しかも有効に利用できるので、使い果たすのももったいないし。
微妙な気分だ。
パルと話している間にメルカトラ氏とリンリー嬢の話し合いが終結した。
「それではお金を用意してきますので、旅人殿は部屋で休んでいてください」
「分かった。こいつの服も頼むぞ」
「おっと、そうでしたそうでした。任せてください!」
メルカトラ氏は大慌てで宿から出ていく。どこか別の場所にお金を預けているのだろうか。
まぁ、そのあたりは任せよう。
「え~っと、部屋に案内しますね?」
なにが起こったのか良く分からない。
そんなニュアンスで、リンリー嬢は俺とパルを部屋まで案内してくれた。
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