~卑劣! 盗賊ギルドは宿屋のあとで~

 さて、盗賊ギルドへ向かおう。

 と、思ったのだが……


「なんですか、師匠?」


 俺の後ろを付いてくるパルヴァスを見て、俺は立ち止まった。


「おまえ、家はあるのか?」

「あたしが貴族に見えるのなら、今すぐ師匠の目をくり抜きます。その方が師匠も救われると思いますよ?」

「言わんとしていることが理解できるので、反論はできんな」


 まぁ、あるわけないよな。


「仕方ない。先に宿を取るか」

「え~、どうしてですか?」


 パルヴァスは、ぶぅ、と唇をとがらせた。

 さっきまで土下座をしていた人間の態度とは思えない……

 まぁ、いいけど。

 せっかくなので言い返してやろう。


「このまま盗賊ギルドへ行って大丈夫だと思っているのなら、俺はパルヴァスと出会わなかったことにするぞ」

「い、言わんとしていることは……分かります?」


 分からんのか……


「そんな汚い恰好で連れ歩くわけにはいかないって言ってるんだ」

「あぁ……? なるほど」


 やっぱり分かってないようだ。

 社会常識というか、路地裏生活が長すぎたと考えるべきか、それとも元より頭が弱いのか。それを判断するには少々付き合いが短すぎるので考えないようにした。


「あと、師匠。パルって呼んでください」

「パルか。分かった」

「ありがとう、お兄ちゃん」

「――……やめろ」


 後ろでパルが、ふひひ、と笑っている。

 不意打ちはやめてほしい。


「パルは、この街で一番の宿は知ってるか?」


 俺はごまかすように、聞いた。


「知ってますよ。街の中央にある……中央広場って呼ばれてますけど、その前に建ってる『黄金の鐘亭』が一番大きな宿です」


 中央広場ね。

 昔から名称は変わっていないようだ。

 街の入り口から中央通りを進むとたどり着くのが中央広場になる。ちょっとした市民の憩いの場所みたいな感じだが……商人にとっては激戦区と思われる場所だ。人が自然と集まってくる場所は、やっぱり商売はやりやすい。

 往来の激しい中央通りに面していて、更に中央広場前にある宿と考えると、疑う余地もなく『街一番』だろう。

 富裕区から階段で降りていくと、見えてくるのが中央広場。

 その前に大きな建物があり、鐘がぶら下がる棟まである。さすがに鐘は黄金ではできていないのだが、あれが黄金の鐘亭で間違いなさそうだ。


「それじゃぁ、あたしは中央広場で待ってますね」

「何を言ってるんだ。パルもいっしょだぞ?」

「え?」

「俺の話を聞いてなかったのか? おまえが汚いから、先に宿に行くって」

「いや、順番を入れ替えるだけで意味なんか無いって……」


 え? え? と、パルは驚いている。

 自分なんかが宿に入れるわけない、とか、いっしょに連れて行ってもらえるわけがない。そう常識的に思ってしまっているのが……少しだけ悲しかった。


「俺の弟子になるんだろ?」

「……はい」

「だったら、身なりから整えてもらう。まぁ、そのままじゃ盗賊の装備も付けれんしな。それが嫌なら、今からでもいい。弟子と師匠の関係を解消してもいいぞ」

「だ、大丈夫です!」


 本当は、たったひとりの少女を救うべきではない。

 彼女を救うのならば、路地裏に住む全ての孤児たちを救わなくてはならない。いや、孤児だけでなく、大人も含めてだ。

 それができないのなら。

 決して、彼女だけを救ってはいけない。

 でも。


「俺は酷い人間だから」


 これぐらいのワガママな行動は、当たり前としておいてくれ。自分の、一時の感情のみで物事を判断してしまうくらいに、俺はダメな人間なのさ。


「お、おぉ~……」


 宿に入ると、パルはキョロキョロと建物の内部を見渡した。確かに大きな建物だが、それほど豪奢というわけでもなく、貴族主義的なこともない。

 あくまで一般的な宿の巨大版みたいなものだ。


「し、師匠」

「なんだ?」

「あたし、やっぱりいないほうが……」


 その言葉の意味は重々承知している。周囲の視線は、やっぱりパルへと向けられていた。無理もない。

 宿のロビー的な場所では、多くの商人がいた。

 感覚的には……街を後にしようと考えているのだろう。チェックアウトの手続き待ち、という感じか。街一番の宿に泊まれる商人と考えれば、彼らの動向は街を左右するとも言える。

 そんな商人たちが街を離れようとしているのは……まぁ、理解できなくもない状況だった。

 で。

 そんな商人たちはパルをジロジロと見ていた。

 俺は旅人に見えるかもしれないが、いっしょに連れ立っているとは言え、逆の意味でパルの姿は目立つ。

 やはり、どう見ても孤児にしか見えない。

 下手をすれば、俺に付きまとっているようにも思われるかもしれない。

 そういう意味では、盗賊ギルドへ行く前に宿に行く判断は正解だと言えた。盗賊だって、信用は得ないといけないもんな。


「すいません、旅人さん」


 周囲の視線を受けて、俺に声がかけられる。見れば、応対するための宿屋の従業員が声をかけてきた。

 よしよし。

 さぁ、宿の交渉といこうじゃないか。

 ついでにパルの問題も解決しないといけないな。

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