~卑劣! 弟子入り志願の孤児少女~

 ギチギチに固まった金髪をほぐしもせず、少女は俺に近づいてきた。くひひ、と笑う姿はいたずらっ子のようでもあるが……先ほど仁義を切ったとは思えないような笑顔でもあった。


「……」


 近づいてきた少女を見て、より鮮明に理解できた。

 やっぱりこの子は、孤児なんだろう。

 それも孤児院にも世話になっていない、本当の意味での孤児だ。

 孤児院には、それなりの支援がある。住むところもあるし、服もそれなりに提供されるものだ。

 だが、目の前の少女……パルヴァスと、小さいとみずから名乗った少女は、ただの布に穴をあけただけの、およそ服とは言えない物を身につけた、本物の孤児だった。


「パルヴァス。君は――」


 どういうつもりだ、と俺は問いかけたかったが、先手を彼女は取った。

 なるほど。

 ひとりで生きてきただけはある。

 相手に主導権を渡さない。すべて自分のシナリオ通りに事を進める。

 それだけを目的にしているようだ。


「――ッ!?」


 パルヴァスはその場で両膝を付き、頭を下げた。

 それもまた『義の倭の国』の作法だ。

 土下座、という相手に対して最大級のお願いや謝罪をする姿。

 俺に有無を言わせる隙を与えない。

 与えてくれない。

 タイミングも何もかもが絶妙にうまかった。

 こうなってしまっては最後だ。

 彼女の話を聞くしかない。


「顔をあげてくれ。さっきから義の倭の国の作法が多いのは……君の出身地だからか?」


 ようやくできた俺の質問に対して、彼女は額を地面に付けたまま答えた。


「いいえ」


 どうやら違ったらしい。

 さっきまで、くひひ、と笑っていた姿はどこにもなかった。もしかしたら、あの笑みですら俺を油断させるための演技だったのかもしれない。

 この場面までイニシアティブを維持するための作戦だったのかもしれない。


「じゃぁ、どうしてだ?」

「あなた様の持つバックパックに、義の倭の国の素材が使われております。その布はあの国で生産されている丈夫な物。なので、あなた様が義の倭の国に縁があると思って行動しました」


 なるほど。

 と、同時にやはりとも思う。

 この娘は、頭が良い。

 ひとりで生きてきただけに、ひとりでここまで生きてきたからこそ、頭が良い。


「あの国には……縁はあるが、そこへ行っただけだ。だから俺に対して土下座はやめてくれ。その行為は、どっちかっていうと脅しに近い」

「そのつもりです」


 ……あぁ。

 どうやっても、俺に何かをさせるつもりのようだ。


「分かった分かった。大の男が少女を這いつくばらせているようにしか見えんから、もうやめてくれ。仮に土下座を知ってても、ヤバイ。いや、知っているほうがヤバイな。君が孤児であろうとなかろうと、どちらにしろ俺という人間の人間性というやつが疑われてしまう」


 そう言ってもパルヴァスは土下座をやめないので、俺も座り込むことにした。

 これならまぁ、ギリギリ言い訳ができなくも……ない?


「……では」


 俺が座って、ようやくパルヴァスは頭をあげた。

 もとより汚れていた顔だが、額が赤くなってしまっている。

 本気の土下座じゃないか、まったく。


「それで、物乞いか? それとも美人局か? 手っ取り早く結論を言ってくれ」

「分かりました」


 パルヴァスは口を真一文字に引き締めたあと、意を決するように俺を見る。

 そして言った。


「あたしに、技を教えてください!」


 その一言で……俺は納得した。

 当初の目的とは違ったかもしれないが、パルヴァスは街に入ってきた俺を見ていた。その後、言い寄ってきた小男を盗賊スキルで適当にあしらったのだが……少女はそれをきちんと見ていたようだ。


「……見えたのか」


 はい、と彼女はうなづき、もう一度頭を下げた。


「師匠と呼ばせてください」


 パルヴァスはもう一度、額を地面に付けようとするが俺は止めた。


「あれは盗賊スキルだ。君みたいな幼い女の子が覚えるべきモノじゃない」

「女とか、子どもだとか、そんなのは関係ありません。じゃないと、あたしはこの先――」


 生きていけない……だろうな。

 いや。

 生きていく方法はある。

 それこそ、女を利用すれば……


「……」


 その方法を思いつく俺は俺で、どうなんだろうな。

 それでも、盗賊スキルとは犯罪者の技だ。冒険者の役に立つとは言え、その大半は犯罪を犯す際に使われる。使われてしまう。

 彼女が純粋に冒険者に成りたいというのなら、それこそ剣を持つべきであり、魔法を習得するべきであり、盗賊スキルは覚えるべきではない。


「ダメだ。教えられない。そのかわり、剣を教えてやる」

「いいえ! いいえ師匠! あたしにはわかります。師匠の技は、この街に住むどんな盗賊スキルよりも上です」


 路地裏で生きてきた少女ならば、それを目にする機会も多かったのかもしれない。

 それは悲しい話でもあり、見たくもなかった現実なのかもしれなかった。

 だからこそ――

 だからこそ、こんな小さな少女が盗賊スキルなんか覚えるべきではない。盗賊なんぞに、これ以上、人生の底へと堕ちる必要はない。


「師匠はやめてくれ」

「だったら、先生と!」

「ダメだ」

「おねがいします!」


 パルヴァスは顔をあげる。懇願する瞳には、涙がたまっていた。

 これが、彼女の本当の表情なのかもしれない。

 もう、仮面は剥がれ落ちたのだろう。

 年齢に相応とした、いや……孤児らしい絶望にも似た表情を俺に向けた。


「エラント師匠!」

「師匠じゃない」

「エラント先生!」

「名前を付ければいいってもんじゃない」

「エラントさん!」

「格下げじゃねーか」

「じゃぁ、どうすればいいんですか!」

「だから教えられないって」


 いいいぃ、とパルヴァスは歯をくいしばり、それでも俺の名を呼んだ。


「師匠! 先生! エラントさま! えーっと、エラント王! エラント卿!」

「無理むり。おだてたって俺はなびかねーよ」

「え~っとえ~っと、エラントお兄ちゃん!」

「――……」

「……ん?」


 パルヴァスが俺の顔を見た。

 俺はその視線をよけた。


「エラントお兄ちゃん?」


 にたぁ~、と少女が笑うのが見えた。

 ……見えてしまった。

 失敗した。

 たすけて。


「そうですか。そうなんですね、お兄ちゃん」

「やめろ」

「やめないですお兄ちゃん。お兄ちゃんがウンって言うまで、あたしはお兄ちゃんって呼ぶことにしますし、これからはエラントお兄ちゃんのことロリコンって言いまくるので」

「やめてください」


 やめてください。

 お願いします。

 故郷に帰ってきたばかりなんです。

 出ていきたくありません。


「ロリコンなんだ、お兄ちゃん」

「違います」

「ふーん」


 パルヴァスが半眼で俺を見てきた。

 なので、俺は精一杯いいわけをする。

 させてくれ。


「お、俺だって孤児なんだよ。家族っていう存在に憧れがあったし、妹が欲しかったっていうのもあるんだ。だってパーティの女どもはみんな年上で、なにかと俺にキツく当たってくるんだ! ていうか、実際にキツかったから俺は……ここに……だから、年下っていうか、その小さい女の子に憧れ? みたいな? その、やさしくて可愛い女の子を惹かれてしまうのは、もう、太陽が朝になったら必ず昇ってくるみたいに当たり前と思いませんか、パルヴァスさん」

「じゃぁ、あたしがエラントお兄ちゃんに憧れちゃって、そのスキルを覚えたいっていうのも、月と太陽が追いかけっこしてるぐらいに当たり前だよね?」

「……それとこれとは」

「ご町内の皆様! この旅人のフリをしたエラントはロリコン――」

「うわああああああー!」


 盗賊スキル『捕縛』。

 魔力の糸で相手を縛り上げる技だが、彼女の口のみを覆った。いわゆる『さるぐつわ状態』にして、しゃべれなくする。


「ん~! むぅー! んんんんんー!」


 わっきわっきとパルヴァスが手を動かすが、解除してやらない。


「よし、いったん黙ろうか」

「むぅ! んー!」

「分かった分かった! 分かったから落ち着け!」

「むぅ……ん。ん」


 こくこく、とうなづくパルヴァス。


「分かった。教える。教えてやるから、そのお兄ちゃんっていうのはやめろ。いいか?」

「むぅー! むぅむぅ! ん!」


 弟子にしろ、と彼女の蒼い目が訴えてきた。


「……はぁ。分かった、分かったよ。パルヴァス、君を弟子にする。だから騒ぐのはやめてください」

「ん! うんうん」

「よし」


 魔力糸を解除する。

 ようやく自由になった口で、パルヴァスは大きく息を吐いた。


「ありがとうございます! よろしくお願いします、師匠!」


 パルヴァスは土下座をした。


「それはやめてくれ、弟子」

「あ、はい師匠。えへへ~」


 にっこり笑うパルヴァスに、俺はもう一度大きくため息をついた。


「あぁ。その代わり、死ぬなよ」

「……なんですか、それ」


 なんでもないよ、と俺は手を振って歩き始める。

 その後ろを慌てて立ち上がったパルヴァスは追いかけてきた。


「どこへ行くんです?」

「盗賊ギルドだ」

「おぉ! あたしを入れてくれるんですか?」


 いいや、と俺は首をふった。


「どういうことです?」

「俺も所属してないんだ。ふたりで下っぱから始めるぞ」


 どうやら、俺のことをギルドでも相当に上の方だと思っていたらしい。旅人のフリをして、他の街から来た盗賊だとでも思っていたのだろうか。

 残念ながら違う。

 俺は、正真正銘でギルドに所属していない……フリーの盗賊だった。

 もっとも、勇者パーティの一員だったので所属するわけにはいかなったのだが。

 わざわざ言う必要もないし、情けないので言いたくもない。

 それでも俺という人間の本質を見誤ったせいか、パルヴァスは大きな声で――


「えええええええええ!?」


 と、驚くのだった。

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