第二章
恵羽と葉音の二人は地下迷宮の入口へとやってきた。二人とも登山にでも行くのかという大きなリュックサックを背負っている。入口の扉を開くと、入って直ぐの場所で荷物を下ろして着替え始めた。
二人とも迷宮からはそれほど遠くない場所には住んでいるのだが、さすがに冒険者の格好となったまま
二人とも頑丈な作りのボディスーツとオーバー二ーソックスの組み合わせを中心として、恵葉はお手製の皮鎧で戦士風、葉音はボタン部分がはだけているショートパンツにバンダナや指ぬき手袋と盗賊風にまとめていた。
戦士と盗賊の二人パーティーという、迷宮探索へ赴くには非常に不安な構成であるが、魔術師のように魔法は使えぬし、僧侶のように聖なる奇跡も使えないので、この二種の職業選択になるのはある意味当然の結果である。
恵羽は戦士らしくショートソードサイズの剣をひと振り持っていた。恵羽の家の
恵羽の細腕でも軽く振り回せて、なおかつ頑丈という便利なもので、彼女が戦士を選択したのもこの剣があったからである。
葉音の家からは残念ながら
基本的に二人とも軽装でまとめている。少しでも危険を感じたら逃走するのは決めているので身軽にしているのだ。後は地図を描くための紙とペン、飲料水や軽食を入れた小さめのバックパックを二人とも背負い準備完了。装備を持ってきたリュックサックは入口付近に置いておく。
「よし、準備万端?」
「うん」
二人ともお互いの身なりを直しあったりして最終的な準備を整える。
「じゃあいよいよ地下迷宮に突入よ」
「行こう!」
改めて気合いを入れて二人が奥へと進み出す。入口付近で準備をしているので厳密にいえば既に突入してしまっているのだが、それは気分の問題だ。
「⋯⋯」
「⋯⋯」
二人とも緊張の面持ちで通路を歩く。着替えをしていた入口周辺は昔から良く遊んでいた場所なのだが、そこから少し進んだだけでこんなにも怖気が走るとは。
「ちょっと進んだだけでも怖いね」
「⋯⋯もう逃げよっか?」
「それはちょっと早すぎでしょ!」
恐怖を和らげようかと恵羽が何気なくいった言葉に、葉音が正直に反応してきたのでさすがに声をあげる。
「そんなにしっかり盗賊の準備したのにもう終わりっておかしいでしょ!」
「準備してるときはノリノリで楽しかったんだけどね」
葉音がぽつりと言う。遠足の準備の方が楽しくて遠足自体は遠足準備のオマケみたいなものになってしまうのと、同じ感覚だろうか。
「⋯⋯ちょっとまって、通路の先に、何か、いる?」
通路の向こうに光が二つ左右に並んで浮いているのが見えた。それは徐々に近付いてくると人影となって
「――で、出たぁー!?」
露出の激しい衣服に身を包んだ人型の何か。剥き出しの手足には毛が生え、首から上は犬科――狼の顔。腰の後ろには尻尾が揺れる。通路から出てきた人影は獣人の姿となった。
地下迷宮へ突入してきた少女たちは遂に
[おおかみおんながあらわれた!]▼
[どうする?]▼
少女たちの頭の中に選択肢が現れる。
「い、いきなり狼女とかって酷すぎくない!?」
恵羽が思わず叫ぶ。
「普通は最初の相手っていったら
葉音も叫ぶ。
しかし叫んで迷宮に文句をいっても状況は変わらない。相手の狼女も二人を夕食にでもしようかと喉の奥を鳴らしている。
「逃げる!」
「待って! 普通に逃げたら直ぐに追いつかれて後ろから噛みつかれちゃうよ!」
接敵直後に逃走を考えた恵羽を意外にも葉音が冷静に止めた。確かに無防備な背中を怪物に向けるのは危険だ。
「おちつくのよおちつくのよ⋯⋯こんなときのために色々と
葉音は腰の後ろに着けていた布袋を外すと中から短剣型のアクセサリーを取り出した。
「!?」
その鈍い光沢を見た瞬間、狼女の顔色が目に見えて変わった。
「どうするのよそんなちっこい剣を出して」
「あの狼女が
「お、お、お」
二人の会話が聞こえてきた
「おたすけーっ!?」
逃げ出した。
[おおかみおんなはにげだした!]▼
「え!」
「うそ!」
脱兎のごとく通路先の闇へと狼女は消えた。
「⋯⋯たおした?」
「というよりも追い払った?」
「初戦突破ってやつよね⋯⋯これ」
「⋯⋯やった?」
「やった?」
「やったぁ!」
ハイタッチして喜び合う少女二人を通路の影から二人と一体が覗いていた。
「先鋒が見事にやられてしまったぞ」
「驚かされて逃げ出してしまったのはヨーコ殿の方でしたな」
「あの子たち意外に敏い?」
その三人の横を泣きながら陽子が駆け抜け通路の更に奥へと消えた。
「犬飼さん、よっぽど怖かったのね」
「銀製の武器を突き付けられたらどんな
「次はアタシが行こう」
鬼越が金棒を握りしめながら一歩前に出た。
「友人の間抜けな姿を見たら妙なヤル気が出てきた。あの小娘たちに、楽勝では事は前に進まんことを教えてやろう」
「ちょ、ちょっと傷つけちゃダメっていわれてるでしょ」
「わかっている、驚かせるだけだ――ただ」
鬼越の瞳が光る。
「脅かしすぎて
恵羽と葉音は通路の壁に腰かけてここまで歩いてきた地図を描いていた。葉音が紙を開いてペンを走らせ、恵羽が剣を構えて周囲警戒をしている。
「せっかくメグハは戦士なんだから次の戦闘ではその剣で戦ってみてよ」
「あんたは鬼かーっ!」
「呼んだか?」
[あかおに(おんな)があらわれた!]▼
[どうする?]▼
「!?」
「な、なんでこの迷宮は地下一階からあんなに強そうな敵ばっかり現れるのよ!」
突然の赤鬼(女)の襲撃を受けた二人は立ち上がると、恵羽は咄嗟に相手に向かって小剣を向け、葉音は出していた道具一式を大急ぎで
「メグハ、作戦がある」
葉音が恵羽に耳打ちする。
「それって私を盾にするってことじゃない」
「しょうがないじゃない相手に通用しそうな武器を持ってるのメグハだけなんだから」
「もう!」
恵羽は剣を両手に構え、赤鬼(女)に正面から対峙する。その後ろに葉音が隠れるようにしている。ちゃんとパーティーとしての連携ができているということは、
もうすぐ剣と金棒の切っ先が触れようかという距離に近づいた時、恵羽の顔の横から葉音の腕が飛び出て手に持っていたスプレーボトルを思いっきり噴射した。
「!?」
その霧状の液体を浴びた瞬間、赤鬼(女)は倒れた。
[あかおに(おんな)をたおした!]▼
「うそー、本当に効いちゃったよ菖蒲の香水」
「ちょっと効かなかったら私どうなってたのよ!」
「逃げ足早いっていってたじゃん」
「逃げ足よりも早く金棒が降ってきたらどうしようもないでしょ!」
「⋯⋯お前⋯⋯なぜ
勝利したのに言い争いを続ける二人に、
「最近神無川の方で鬼が出るって新聞に書いてあって、もしかして迷宮にもその種類の
「お前⋯⋯意外ではなく、本当に敏いな」
「え⋯⋯死んじゃったの?」
「菖蒲にはそこまでの効力はないはずよ。動けなくさせるだけ」
「じゃあまた動き出したら⋯⋯」
「その時はまたスプレーかけちゃえば良いんだから。だから、もう行こう」
「うん⋯⋯」
「鬼越殿までやられてしまいましたな。しかも敵殲滅による初勝利ですぞ」
「あの
二人が三叉路を曲がって先へと進むのを委員長が腕組みしながら見ている。
「でもここは
委員長が
「脅かしすぎて
そう言い残して二人の進路を先回りできる通路へと走る。
「なんでお三方とも見事な
ゼファーがぼそりと言う。
「我は悪の魔法少女、ドロシーサタナキア! ここから先は通さないわよ!」
仮面を着けた怪しい人影が通路の奥から現れた。
[あくのまほうしょじょがあらわれた!]▼
[どうする?]▼
「変態だーっ!」
仮面姿の魔法少女を見た瞬間、少女二人はそのように絶叫した。
「いきなりなによ変態って!?」
「魔法少女が現れると回りにいる女の人のスカートがなぜかいっつもめくれるんだけど、それは魔法少女がスカートの中を見たいからわざと魔法で風を起こしてるって噂が」
恵羽と葉音は腰回りが捲れようがない装備なのだが、とりあえずお尻回りに手を当てて守るようにしながらの説明。
「ゼファーっ!!」
スカートの中を見たいからと不自然な風が起きるのは事実だろうが、それをやっているのは魔法少女の側にいつもいるお供の
「あのロクデナシカカシ今日という今日は真っ二つに叩き折って薪にしてくれる!! ⋯⋯ってなに、体が急にだるく、なって⋯⋯」
戦士が構えている小剣を見た瞬間、急に体に変調が現れた。
(戦士のお嬢さんが持っている剣は
委員長が首にかけているネックレスの金属片が振動して、ゼファーの言葉を形作った。風の魔法で金属片を操り遠方へ言葉を伝える高位魔法。
(相手の魔力を吸い取って無力化させる対魔法使い戦用武装兵器。低級な魔法生物であれば近付けさせなくなる魔除け代わりにも使える便利
「なによ私が低級だってこと!?」
(違いますのか?)
「こんちくしょう! 否定できないわね! そりゃ母さんよりかは弱いわよ!」
(魔女と魔法の創造主が自衛のために数本作ったとされますが、こんな処にも一振り転がっていたのですな。まあ首都艦には魔女も多いですが)
今は首都艦の魔女の数なんて気にしてられない。このままでは自動的に弱体化してしまう。
魔力が吸われる⋯⋯どうすれば⋯⋯そうか!
魔法少女の周囲に爆発かと思うほどの光が煌めいた。
それが収まると魔法少女のいた場所には学校の制服に目元だけ覆う仮面に解体工事に使うような莫迦デカイ釘抜きを握った怪しすぎる女子高生が立っていた。
「今日はこの辺にしといてあげるさらば!」
[あくのまほうしょうじょはにげだした!]▼
「⋯⋯え、たおした?」
「というよりも逃がした?」
「はぁ、はぁ⋯⋯」
魔法少女から委員長へと戻った委員長がゼファーの下へと逃げ帰ってきた。
「なによあの子たち、けっこう強いじゃない! あんな凶悪な
「雫那殿でも見つけきれなかったのでしょうな。しかし先程の娘殿の判断は素晴らしかったですな。あの時機で変身解除をしなかったら少女殿達に手荒な真似をして御身を救助せねばならぬ処でした」
「伊達に修羅場は
「ではそろそろ真打ちの登場と参りますかな」
「⋯⋯悔しいけど頼んだわ」
委員長はゼファーの事は最終的には薪にするのは変わらないのだが、風の術師としてはその力は認める処である。ゼファーがいなければ避けきれなかった窮地はいくつもあった。
「では行って参ります」
「⋯⋯?」
二人が迷宮を進んでいると通路の真ん中にカカシが立っていた。
「あやしいかかしがあらわれた!」▼
「どうする?」▼
「カカシ!?」
「なんでこんな地下迷宮の中に!?」
「⋯⋯あのカカシの先、良く見たら床に刺さってない」
「じゃあ、自力で支えてるってこと、倒れないように?」
「ということは⋯⋯魔法生物?」
「さっそくバレてしまいましたか、少女殿達は本当に敏いですな」
「喋った!?」
「では、ご挨拶がわりに風の魔法を一つ」
カカシがそういった途端、通路を強い風が吹き抜けた。恵羽と葉音が外でもないのに何故? と思っていると
「!」
強風が収まると恵羽は
「え!?」
「きゃ!?」
二人とも見えても良いようなインナーではあるのだが、いきなり腰回りが剥がされれば恥ずかしいのは仕方ない。
「お二方ともお若いながら張りの良いおヒップをしておりますな! 未成熟ならではの新鮮な美しさでありまする」
いきなり素っ裸にでもされたかのような感覚にされた二人は、慌てて戦闘どころではない。
少女たちがそんな風に無防備に尻回りを晒して可愛く困っている姿を見てゴキゲンな
「ぜー、ふぁー、あー!!」
案山子の首部分を誰かがむんずと掴む。
「娘殿?」
凄まじい闘気を感じて自分を掴んだのは鬼越なのかと一瞬思ったが、
「娘殿、変身していないのに凄まじい力を感じまするが」
「伊達に修羅場
鬼と間違えるほどの鬼の形相の委員長が言う。
「これは魔力なんかよりもよっぽど強力で無理をぶち壊す力――怒りよ!」
委員長はゼファーをぶん投げて壁に叩き付けると跳ね返ってきたカカシの脚の部分を掴んで振り回し、辺り構わずぶち当て始めた。
「折れます! 折れまする!」
「今日は真っ二つに叩き折るっていっただろ!」
[あやしいかかしはよにもおそろしいものをよびだしてしまった!]▼
[どうする?]▼
「⋯⋯お前たち」
呼ばれて二人が振り向くと、
「悪いことはいわん、直ぐに撤退しろ」
筆舌に尽くしがたき蹂躙が続く現場を目線で示しながら言う。
「あんな理性を忘れた魔王の暴走の巻き添え食ったら生きて帰れぬぞ。今のうちに逃げろ」
「⋯⋯あの女子高生、みたいなのが、魔王?」
恵羽が腰回りの装備を直しつつ、恐る恐る訊く。
「ああ、地獄の底からやって来た魔王が、女子高生の体を借りて、地上で活動している」
二人に撤退の理由を与えるために鬼越はあからさまな嘘を吐いたが、二人の顔を見ると信じている様子。
「魔王の現し身?」
葉音もショートパンツを穿き直しながら訊く。
「そんな処だ」
鬼越の応え。朦朧としているからか考えもなしに簡素だ。
「二人とも夢はあるのか? この迷宮には夢を叶えるために来たのか?」
「この迷宮の近くに冒険者の甘味処――じゃなかった冒険者の酒場を作ること!」
「それの資金を作るために機械使徒操士ってのになって外の世界に出ること!」
「良き夢だな」
二人の夢を訊き
「あんな化け物が守っているのだ、お前たちが夢を叶えるために帰ってくるまでここは無事だ。他の冒険者に荒らされることもないだろう」
怪物不足の問題は雫那が今後なんとかしてくれるだろう。
「赤鬼さん、さっきはごめんなさい」
相手が怪物であるのに自分たちの心配をしてくれることから、彼女は噂に聞く友好的な怪物なのだろうと思い、無茶な攻撃をしたのを謝った。
「気にするな、鬼は生まれながらの悪役、倒されるのが役目。アタシを倒した経験がお前たちの中で大きな糧となるならば、アタシはそれで満足だ」
鬼越はそこまでいうと力尽きたように膝を突き、そのまま再び床に沈んだ。
「行け。しばし眠れば元気になれる。早く逃げぬと復活したアタシが今度こそ怪物として二人を襲うぞ」
「⋯⋯うん」
その言葉で脱出の決心がついた二人は入り口まで走った。
「――娘殿、入口付近に気配を感じますぞ。それも二人分」
とりあえず真っ二つは免れたゼファーが床に転がされたまま言う。
「あの子たちでしょ? 扉を通って帰ろうとしているだけなんじゃ? それともなんか忘れ物?」
仮面を外してポケットに入れながら委員長が言う。
「我輩もそうであろうと信じたいのですが、気配が持つ圧力が桁違いなのです二つとも」
「どういうこと?」
「開いたままの扉から無関係の者が入ってきたのではなく、新たな気配からも
それはつまり、この地下迷宮へ少女たち以外で、正式に進入できる資格を持った者がやってきた、ということである。
「本物の冒険者がこの迷宮を攻略しに入ってきた⋯⋯ってこと?」
恵羽と葉音の二人も本物に違いないのだが、二人の戦闘経験では比較にならない古強者が来たのだろうから「本物」と形容してしまうのは仕方ない。
「ど、どうすんのよ」
「我輩達に今現在与えられている本分を全うするしかないですな」
「⋯⋯
「御意」
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