第一章
「転校生を紹介する」
「てんこーせー?」
教師の発言に教室内の生徒が一斉に疑問を投げ掛ける。
「転校生って⋯⋯今日、終業式ですよ?」
長期休暇明けの始業式に転校してくる生徒は数多いが、長期休暇直前の転校生など聞いたことがない。翌日からずっと休みではクラスに溶け込みようがない。よっぽど逼迫した事情でもあるのだろうか?
「入ってこい」
しかし生徒の動揺など気にすることもなく教師は淡々と職務を実行する。教師の方も休み前に面倒な仕事が増えてうんざりしているのだろう。
生徒たちも普段であれば転校生が来れば興味津々に騒ぎ立てる処であるが、目前に迫った長い休みの方が大事に見えて、新規の生徒の紹介などさっさと済ませてほしいと白けた空気。
「――!」
しかしてその転校生が入ってきた瞬間、白けた空気は一気に吹き飛んだ。
人形のように整った顔立ち、柔らかそうな光沢の黒髪、制服から伸びる長い手足、背の順で並べば後ろ寄りに配置されるだろう身長。
誰しも美しいと褒誉するであろう人物だが、話し掛けるのも躊躇われる絶壁のような独特の雰囲気が、逆に教室全体の空気を変えた。
「
教師に自己紹介を促された彼女は黒板にそう書くと、名乗った。声は落ち着いたソプラノで聞いていて心地良い。しかしその心地良さを信用してはいけないと感じさせる何かを彼女も隠そうとしない。
「伊藤の後ろが空いているな、お前の席はそこだ」
(ずいぶんと美人さんがきたね~)
緊張の面持ちの伊藤氏の横を通過して指示された自席へ着こうとする雫那を、
陽子は夏場に入ってからずっとこんな状態なのだが、暑さに耐えられないのは仕方なく、それでいて出席数が足らなくなるのも困るので、こんなだらしない格好だが学校には毎日来ている。特に悪さをするでもないので、教師も委員長も注意を続けるのは既に諦めていた。学校では終日こんな有り様だが意外にも成績は良く(半分狼だけあって耳は良いので、暑さで朦朧としていても授業の内容は良く聞こえるらしい)教師も学業上の注意ができないのは悔しがっている。
(美人度でいうとミユキと同じくらいかな)
(アタシはあんなに美人なのか)
陽子からの突然の誉め言葉に魅幸が訝しみながら訊く。
(そうだよ、鏡見ないの?)
(ほとんど見ないな。戦化粧をする習慣も
(そうなの?)
毎日鏡の前で顔についた寝癖(改めて書くが髪ではなく顔である)を直している陽子にとっては考えられない事実である。
「――ではこれで終わりにする。夏休みだからって羽目を外しすぎるなよ」
陽子と魅幸が二人だけの会話をしている内に、休み期間中の注意事項の説明は終わっていたらしい。委員長が
ようやく自由になった解放感で一気に喧騒に包まれる教室内。
そのなかで鬼越が何気ない仕草で伊藤氏の後ろの席を見ると
「――やはり」
再び空席となっていた。
(ざわつきに紛れて姿を消したか⋯⋯只者ではないとは思ったが)
鬼越は雫那が入ってきた瞬間から、注意を要する人物であろうことは既に気付いた。
(我らのどちらかを狙って来た者か⋯⋯いや、
机に突っ伏したままの陽子を触って起こそうかどうかと悩んであたふたしている委員長(二代目魔法少女・マジカルドロシー)を横目で見ながら沈思する。
(まあ、何れ分かるか。用があるのなら向こうの方から接触してくるだろう)
鬼越は席から立つといつもしているように陽子の肩を担いで引っ張るように歩き出す。その後ろを「犬飼さんに触って手伝いたいけど私がそれをやるといかがわしい展開になっちゃいそうだしっ」と、我慢の子で鬼越と陽子の分の鞄も持って後ろに着いていく委員長という見慣れた下校風景が今日も展開されて一学期は終了した。
「あぢー」
夏休み第一日目。
せっかくの夏休み初日、とりあえずどこかに遊びに行こうかと外に飛び出すのが健全な学生生活だと思うが、陽子は朝から自室で横たわったままである。しかも上半身は余裕のある(というよりもぶかぶかな)タンクトップに、下半身はローライズといっていいのか怪しいほどに上下幅の小さなショーツ一丁である。
本人としては素っ裸でいたいらしいのだが、寮生活であり同居人もいるということで、最低限の秩序は守っている(?)
「これが灼熱の犬飼さんの完全態か」
鬼越が自分も元気なく言う。とりあえず委員長が見たら鼻血を噴きながら卒倒するのは目に見えているので「部屋に入る時は必ず中を確認するように」と、同居人は相手に強く申し伝えてある。
その鬼越だが彼女も彼女でゆったりとした半袖シャツにショートパンツ(中にはちゃんと下着は穿いている)という格好で胡座をかいて団扇を扇いでいるという酷い有り様なのだが、全ては暑いのがいけないのだ。
鬼越は夏休みという学校校舎に通わないで良い期間となったら初日から遠出しようと計画していたのだが、同居人のこの姿を見たらなんだか出鼻を挫かれたようで、陽子の様子見がてら部屋で暇を潰していた。
「なあヨーコ、おまえ夏場はずっとそうなのか?」
団扇で涼しくない風を自分に送りながら、横に転がる銀色の物体に話し掛ける。
「⋯⋯うー、そうだよ⋯⋯夏は昼間に動くとか無理⋯⋯」
陽子が怠そうに言う。
全身に毛が生えている陽子の生活習慣は、基本的には動物と同じである。夏期になれば陽射しの強い日中は棲みか(自宅)で過ごし、夜の涼しい時間帯に行動を起こす。もちろんそのような体質なので夜行性動物並みに夜目は利く。
「お前は学生という身分となったが、それを終えたらどうするつもりなのだ」
陽子の現状を見て鬼越が言う。
「このままではお前は夜間の仕事しかできないが、そのように進むのか?」
高等学校を卒業した後の将来を考えるとそのような選択肢しかないのでは? それは鬼越でなくても想像がつく。
「⋯⋯」
一年を通して常に万全に行動できないのは、陽子も解決が難しい問題だと常に思っていた。だから鬼越が指摘するように夜の作業を主とする仕事に就くしかないのだろうか? というのは陽子も考慮していたことだ。以前に少し考えてみた水保の白兵部隊にしても夜間専門部隊でもなければ雇ってもらえないだろう。
「なあヨーコ、涼しい時間帯で良いからアタシと付き合え。深夜に寮を出て目的地到着は黎明時というのはどうだ。それならお前も動けるだろう」
鬼越はそう提案する。
とりあえず鬼越は、いくらなんでもこのままでは不健康過ぎるから外に出る機会を無理にでも作ろうとしている様子。夜の涼しい時間帯になったらなったで寝やすくもなるので、そのまま室内にいてずっと寝たままなのではないのかと心配する。
「お前とどうしても二人で行ってみたい場所があるのだ」
普段であればそんな言い方されたら「デートの誘い?」と冗談目かして返すところだが、今の陽子にはそんな元気もない。
「⋯⋯うん」
力なく返事をするだけで精一杯だった。
「風が気持ちいいね」
深夜になり鬼越に連れられて外へ出た陽子は、明け方の時間帯になって目的地に着いていた。夜の冷された空気の中を涼みながら歩いてきたので陽子も元気だ。
「これが海風って、いうんだよね」
「ああそうだ」
鬼越が応える。
二人は県境まで来ていた。
彼女たちが暮らす神無川と呼ばれるこの地の端まで来ると、そこには高さ50メートル程の壁がそそり立っている。内外を出入りする水陸両用車両のための
ちょっとした登山を強いられた先にあるのは鉄岸と呼ばれる鋼鉄製の海岸。これが壁から下向きに三十度ほどの角度で五キロ延びており先端が海へと続く。この鉄岸と呼称された外縁部が彼女たちが暮らす場所を一周して囲んでいる。上空から見れば外縁は船縁となって、楔型の巨船の形をしている。巨船の全長は150キロメートル。
方舟艦。そう呼ばれるもの。千年に一度の周期で訪れる世界全土を覆う水没からの恒久的な脱出手段として用意されたもの。
太古の昔に、黒き星の海を航行していた星舟の中でも最大級のものを地上で再現した。それが方舟艦の全形。上部甲板はくぼんだ形にくり貫かれ、その部分に都市が建設されている。
この巨船は空を飛ぶことも黒き星の海を航海することもできないが、水に浮かぶことは可能。世界を覆う水災の際には水位の上昇に合わせて船体を波間に載せて凌ぎ、水が引くまで待つ。そして水が引けば再び地上に設置し直して元に戻る。中に住んでいる住民は浮揚中も船体の大きさから波の揺れを殆ど感じることもなく、また大きく揺れても地震に見舞われたと思うだけだろう。それだけの規模のものである。
水系の施設は大型河川や湖を方舟艦内に造成することによって補っている。海そのものに触れたければ海上保安庁か水上保安庁の隊員になるしかない。
鉄岸の上部は絶対不可侵地帯となっており、水陸両用車両が移動のために一時的に利用する以外は何も置いてはいけないし、もちろん開発の許可も下りない。水没の際にはこの部分が防波のための最前面となるのだから、それは当然のことだ。
このような閉鎖空間が抱える問題として増えすぎた人口への対処があるが、それは方舟艦の増産で補完されており、六番艦が建造中である。
「ヨーコ、ここからの風景を見てどう思う?」
「どうって?」
「お前の目指す陸上というものの世界が、外界には存在せず
様々な競技で「世界を目指す」とは目標に掲げられているが、例えば陸上競技では首都艦内にある国立競技場で行われる国民体育大会を最高位の競技会と定めていて、その先の世界大会などは存在しないことを知る。五つの輪を掲げた競技会が世界のどこかで開催されていると四年に一度の周期で噂が上がるが伝説の域を出ない。
「お前は既に陸上競技者の頂点にいる。公式に証明されずともお前が競技者の
「⋯⋯」
確かにこれ以上続けても、進展は見られない。なにしろ現在は高跳び用のバーを用いての練習なのである。趣味として続けるのもなんだかおかしい。下から這い上がってくる挑戦者たちの力を底上げする
「⋯⋯なんでそんなこというのさ」
曲げようのない真実を告げられて不貞腐れたように陽子が口を尖らせるが
「アタシがお前の友だからだ」
その言葉が陽子の胸中を不安から違うものへと弾ませる。
「お前はアタシの友人だから飾らない真実を伝えることにした。嫌な事実を突きつけられて頭にきたのならアタシを殴れ。お前に殴られるのなら喜んで受けて立つ」
「ミユキの面の皮は分厚すぎて殴ったこっちが痛そうだから我慢しとくよ」
「ずいぶんと恨まれたものだな」
陽子の憎まれ口を鬼越は笑って受け止める。
「⋯⋯元気は出たか」
鬼越が真面目な顔になって言う。
「⋯⋯そうだね、暑いからって毎日をサボりすぎてたかな」
鬼越が憎まれ役になってでも元気を出させようとした優しさを陽子は素直に受けとめた。それはこれから始まる「彼女」との対峙のためだろうから。
「――ね、楠木さん?」
昨日入ってきた転校生の名を呼びながら陽子が後ろに振り向いた。
「――こんなところで会うとは奇遇だな、とでもいっておこうか楠木雫那」
鬼越も振り向きながらその名を呼ぶ。斜路の頂上の端に楠木雫那が立っていた。
「夏休みだというのに制服とはご苦労なことだな」
先客の二人は私服だというのに、彼女は制服姿なのを鬼越が指摘する。
「この格好であれば若い女が出歩いていても部活関係とごまかせる。この時間帯なら朝練へ向かう途中とでもいえばいい」
雫那が落ち着いた口調で応える。二人に気配を察知されたのは許容範囲であるらしく動じた気配はない。
「なるほど、アタシも今後の参考にさせてもらおう」
と返しつつも、自分の容姿では無理だと判断している様子。
「我らのようにここまで涼みに来た――というわけではあるまい?」
雫那が気配を消しつつ二人に着いてきたのを、当たり前のように不信に問う。
「鬼か獣人か、どちらかを討伐に来たか? それとも両方か?」
「用があるのは両方なのだが討伐目的ではない。貴重な適任者を私自身が倒してしまっては意味がない」
「貴重な適任者?」
鬼越が繰り返す。
雫那が鬼越と陽子の両方を倒すほどの力を持っているようにも言っているように聞こえるが、それはとりあえず放置した。
「二人の寮部屋に邪魔してそれで用事が済めばそれで良かったのだけど」
二人に着いてここまで来た理由を雫那は説明する。
「入室を躊躇われる雰囲気だったので話す機会を得るべくここまで着いてきた。それは申し訳ない」
「なんだ、部屋の前で委員長がそわそわしながらうろついていたか?」
「全くその通りだ」
雫那の釈明に鬼越は思わず軽く吹いてしまった。
「ミユキが吹き出すなんて相当なことだねぇ。うちの委員長はなにをしでかしたのさ?」
「お前は知らぬ方が身のためだ」
「そう?」
「楠木よ、とりあえずは我らの首を取りに来たのではないのだな」
「ああ、鬼退治に出た旗本でもなければ銀狼を追う異端審問官でもない。その代わり」
「その代わり?」
鬼越と陽子が異口同音で言う。
「とある仕事を頼みに来た」
「とある仕事?」
「地下迷宮で
――◇ ◇ ◇――
「いやー、涼しいーっ、最高だーっ!」
「⋯⋯叫ぶな。通路に声がこもってうるさすぎる」
隣で大声を上げられた鬼越が、ごきげんな陽子に文句を言う。
「だってこんな夏真っ盛りの季節なのにこんな涼しい場所で働けるんだよ、しかも時間とか気にしないで!」
陽子はノースリーブの上着にスリットスカートというには側面が何も無さすぎな前垂れと後垂れという、
「まあ
かく言う鬼越は虎縞ビキニウェアという「ザ・鬼」な格好である。ショーツの方はかなり厚手なので、園児たちからもらったものではなく自前であるらしい。多分本物の虎皮。しかも右手には金棒装備という絵本からそのまま飛び出てきたかと思うほど。
「委員長はどうだ?」
「ちょっと肌寒いけど、冬でも温度は変わらないんでしょ? だったら良いかも」
委員長は魔法少女の戦闘服に
「その魔法少女の衣服には温度調整は着いてないのか」
「知らん」
「
「たぶん訊いても『自ら学ぶのよ』とかいわれちゃうんじゃないかな」
「
「教えてもらうくらいなら自決する」
「承知した」
「鬼越殿の今の容姿は大変素晴らしいですな。背中からおヒップにかけて太ももに流れるライン、実に芸術的でありまする」
魔法少女のお供であるカカシのゼファーが、いつものロクデモナイ話をする。
「すまんな委員長、本日は小娘二人が相手と聞いていたので爆槌は持参していない」
「それがどうしたの?」
「そこの腐れカカシを粉微塵にするために貸与の予定だったではないか」
「そうね、その約束だったわね、今度は忘れないでよ」
「心得た」
「鬼越殿に娘殿は何を不穏な話をしているのですかな」
「キサマは黙ってろ」
「準備は良いか? もうすぐ二人が入ってくるぞ」
そこへ雫那がやってきた。こちらは疾風高校の女子制服そのままである。
「楠木さんは何か着替えないの?」
陽子が訊く。隣の委員長が
「私の職には決まった服などないからな。動きやすければなんでもいい」
「ま、いいか。じゃあひと夏の思い出に
「だからお化け屋敷ではないといっているだろう」
――◇ ◇ ◇――
「私は
「だんじょんわーかーず?」
いきなり「
「地下迷宮内に点在する宝箱。あれは一体誰が設置して管理をしていると思う?」
「ボクは地下迷宮っていうものに入ったこともなければ入り口を見たこともないんで良く分からないけど、
「そうだ」
雫那の応えに「世の中には不思議な仕事がいっぱいあるんだなー」と
「基本的には宝箱の設置だけが領分だったのだが、最近は
「それで我らに頼みにきたのか」
何となく事情が分かりかけてきた鬼越が言う。
「今現在、私の管理する迷宮は一部を除いてほぼもぬけの殻だ」
「もぬけのから? 誰もいないってこと? でもボク何かのお話で誰もいない迷宮のお話って読んだことあるよ」
「ただそこにあるだけの宝箱も何もない迷宮であるならばそれでも構わないだろう。しかし、私の管理する迷宮に突入を計画している者たちがいてな」
雫那が詳しい事情を説明する。
夏休みを利用して雫那が管理する地下迷宮を探索しようと計画している少女たちがいる。
雫那が管理する地下迷宮は、中に入る扉を開けるためには開封ノ
「なぜそのような稀少な道具が年端も行かぬ小娘の手に?」
鬼越が疑問を投げる。彼女は少女たちを小娘というが義務教育課程の最高年の女の子たちなので、一年後輩なだけだったりする。
「自宅に家宝として安置されていたものを見つけ出したらしい。そして地下迷宮への扉がある近辺は少女たちにとっては幼少時からの遊び場だ」
「義務教育最後の年の夏の思い出に今まで気になってた迷宮に行ってみようって流れなのかな」
「多分そうだ」
雫那が事前に得た情報をまとめるとそうなる。以前は地下迷宮入口周辺を遊び場としていただけだった少女たちが、今年の夏休みを利用して奥へ入ってみようと計画しているのを雫那は知った。周辺調査を進めてみると、獣皮を加工して皮鎧などを制作しているらしい。売っていなければ自分で作る。彼女たちの本気を知った雫那は、ある程度万全な状態で迎えなければと、この地まで怪物役の勧誘に来たのだ。
「迷宮内を探検するなら、自由にさせれば良いんじゃない? 怪物がいないんならちょうど危なくなくて良いんじゃ?」
「地下迷宮とは本来、その最深部に重要なものを安置しておくためのもの。怪物は言わばそれの守り手」
怪物というものは不要に入ってくる者を追い払う役目もある。
「それに少女たちの口から『迷宮内には怪物はいない』と流布されるのが一番困る」
地下迷宮に怪物がいないと知られれば、逆に考えれば
「とにかく少女たちには難攻不落の地下迷宮が今でも健在だと思い込ませれば良いんだな?」
「そういうことになる」
鬼越の指摘に雫那はそう応える。
「お化け屋敷のお化け役みたいな感じ?」
陽子の質問。
「考え方としては同じようなものだと思ってもらって構わない。違う処があるとすれば迷宮内に突入してきた冒険者に退治されてしまう可能性があることくらいか」
「⋯⋯全然違うじゃない」
しかし今であれば入ってくるのは初心者冒険者の少女二人なので命の危険は少ないだろう。
「でもなんか⋯⋯ちょっと乗り気はしないかな」
地下迷宮があるのは首都艦の中心部から西方よりの場所であるらしい。神無川を離れて首都艦へ行くのは、連絡飛行船に乗るなど繁雑な手間が必要で、それを考えるとまだ少し勇気が足りない。
「ひとつ付け加えるとすると」
煮え切らない陽子に雫那が言う。
「
「行く行くボク行く!」
今までの躊躇はどこへやら、その条件を出された瞬間に即答の陽子であった。
――◇ ◇ ◇――
「しかしゼファー卿にまで
「ぜふぁー、きょう?」
雫那がいった言葉に他三名があからさまに不信な顔で案山子を見る。
陽子と、陽子に連れられるように
「卿の称号を持つほどの術師なのかこの
「知らん。知ってても薪にするのは変わらない」
鬼越と委員長が、事情を知っているであろう雫那の方を見る。
「そっちの魔法少女は自分の
「知らん。知りたくもない」
「我が主は
その時、雫那の制服のスカートが不自然に舞い上がり、黒色の股関節回りがさらけ出された。色気を重視した黒い下着――ではなく委員長と同じようにオーバーパンツの重ね穿きである。
「さすが
雫那は無言のまま軽く跳躍するとその流れから体を捻り、全体重を載せた回し蹴りをゼファーへ放った。強烈な蹴りを食らってカカシが吹っ飛び、通路の壁に叩き付けられる。
「⋯⋯胴回し蹴りとは酷いですぞ楠木殿」
よろよろとゼファーが立ち上がって体勢を戻す。
「見物料を徴収したまでです」
「楠木さんの
「ありがとう。とりあえず、一人ずつ――というか一体ずつ襲い掛かってほしい」
雫那が三人と案山子に向かって言う。
「というと?」
「ここに集まってもらったみんなは迷宮に入って直ぐに遭遇する上層階の
地下迷宮とは、最深部に安置された重要物を守るのも大事なのだが、守っている重要物は誰かが使用するために置いてあるものである。それの使用許可を判断するのも地下迷宮の役目であるので、入ってきた直後の冒険者を大量の怪物で襲い掛かって殲滅するのは簡単なのだが、それでは意味がないのだ。
「一人ずつ相手になるにしても、手は抜くのだな?」
「ああ、傷がつく程に痛めつけるのは勘弁してやってほしい。打ち身か打撲程度で済ましてくれ。できるな?」
「アタシはその程度の手加減は簡単だが陽子と委員長は?」
「ボクは⋯⋯思いっきり怖がらせてあげれば向こうから逃げるんじゃないのかな」
「私はその辺はゼファーが柔らかめに風の塊とか当ててくれるんじゃないの? できるでしょ?」
「もちろんでございます」
委員長の手加減しろの指示にゼファーは容易いと応える――が
「辺り所が悪くて腰回りの御召し物が落ちたとしても、それは加減が難しい故」
「もしそんな失敗をしでかしたら今日が命日だから」
「御意」
「では頼んだぞ」
「あれ、楠木さんは行っちゃうの?」
「迷宮仕事人は基本的に冒険者に対しては不可侵だ。接触するのは情報を得る際に間接的にのみ」
そう言い残して雫那は他にも山積みの仕事を片付けるために通路の奥へと消えた。
「じゃあ順番はどうしようか」
両腕を上げて伸びをしながら陽子が言う。
「特に立候補がなかったらボクから行こうか?」
「それで良いんじゃないのか、この中ではお前が一番弱そうな見た目をしているし、初手の相手として与し易いのでは」
「え? ボクってそんなに弱そう?」
そのように指摘された陽子が他の者を見回すが
「⋯⋯」
絵本から出てきたような鬼丸出しの赤鬼女に、怪しげな魔法生物そのままな案山子に、見た目は凄まじい魔力を使いそうな仮面の魔法少女と、確かに自分が一番遅れをとっているように見える。
「ボクって普通?」
「この中では確かにお前が一番普通だな」
狼の血の混じった獣人が一番普通というのは良いのか悪いのか。
「じゃあちょっくら驚かしに行ってくるね!
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