21 不機嫌の理由①
「リュドミラ人の男性と仲よくなろうの会」の第二回会合は、急な雨によりカミラの乗馬授業が延期になった時間に行われた。
今回は会合の開催自体が急だったので、参加者はメイド二人と騎士一人だけで、現在別の仕事をしている二人のためにもエマは丁寧に議事録を残そうと張り切っている模様だ。
「そういえば……エレン。最近の夫婦仲は、どう?」
会長であるカミラに問われ、エレンは頷く。
「ええと……前の会合でも話題に挙がった手紙のやり取りを、一度しました」
「まっ! それはいいことじゃない」
「どういう風にしたんだ?」
騎士のグレンダに問われたエレンは、手紙に薬を添えて騎士に渡し、そのお返しとしてミハイルからは手紙と花をもらったのだと説明した。
(フェドーシャが魔法を掛けてくれたからか、花もまだ元気なんだよね)
あれから数日経つが、リビングの隅に飾っている花はまだ瑞々しい。
それを見たミハイルはばつの悪そうな顔をしていたが、「あなたからの贈り物だから」とエレンが言うと、そっぽを向きつつも「そうか」と言ってくれた。
……というのは余談なので省いたが、エマは凄まじい速度でメモしているし、カミラは頬を赤らめてほうっとため息をついている。
「素敵だわ……手紙に花を添えるなんて、風流なことをするじゃない……」
「あら、そうおっしゃるカミラ様も先日、王太子殿下からお花をいただいていたではありませんか」
エレンたちの中では一番若いメイドのモニークが指摘すると、カミラはさらに頬を赤くしてぽんぽんと膝を叩いた。
「そ、そうだけど! ……でも」
「どうかなさったのですか?」
エレンが尋ねると、しばらくカミラはもじもじしていたがやがて口を開いた。
「……殿下、ちょっと素っ気ないの。お花をくださったときも、『やる』って感じで」
それを聞いたエレンは、あちゃあ、と心の中で俗な声を上げる。
(それって間違いなく、照れ隠しだよね……悪い方に効果が現れているけど)
アドリアンがカミラのことを好いているというのは、城内でも結構有名な話だ。
だが……いかんせん彼はまだ、十四歳。そして相手のカミラとて十五歳。
カミラがもう少し大人であれば、素っ気ない態度も照れているからだと分かったかもしれないが、まだそのあたりを理解して納得するほど成熟しきっていないようだ。
「前にも申しましたが、きっと王太子殿下はカミラ様を好いてらっしゃるけれど、恥ずかしくて本音が言えないだけなのですよ」
「若い男性では、よくあることです。ここはカミラ様が年長者として、王太子殿下のお気持ちを丁寧に引き出してみるのもよいのですよ」
「……それは、分かっているけど。でも……」
メイドたちが慰める。
だがカミラは口では言いながらも、納得しきれていない様子だ。
(うーん……王太子殿下が素直になってくださればいいんだけど……薬を使うわけにもいかないし……)
実際、自白剤のようなものはエレンも作れる。だがさすがにそれはまずいと分かっているし、下手すれば不敬罪で投獄されてしまう。
同じようなことは、メイドたちも考えていたようだ。
「うーん……どうすればいいかしらね」
「精神魔法……はさすがにまずいし」
確かに、精神に作用する魔法を使えば王太子も素直になるだろう――が、それは自白剤レベルの犯罪の引き金になりかねない。
人の精神に影響を及ぼす魔法は、医療の一環として使われることがある。鬱々した気持ちを和らげたり、辛くて泣いている患者を励ましたりといった用途として特別に使われることはあるが、やりすぎると精神崩壊を起こしかねないので一般の者が使うことはよしとされていない。
メイドたちの言葉に、グレンダもため息をつく。
「できれば魔法などに頼らず、ご本人たちで解決してもらいたいものだが……我々では王太子殿下とお話しすることも難しいし……あ、そうだ。エレン」
「えっ?」
「君の旦那は、カヴェーリン公に仕えていただろう。それなら、王太子殿下とも顔見知りなのではないか? 夫君の方から殿下にお言葉添えができないだろうか」
グレンダに聞かれ、エレンは首を捻った。
(……えーっと、どうなんだろう?)
「ちょっとよく分からないです。でも……カミラ様のこともありますし、聞いてみますね」
「ありがとう、エレン。……もし、でいいから、頼んだわ」
そう言うカミラは、ほんの少し寂しそうに笑っていた。
(ミハイルが、王太子殿下と……か)
エレンは、考えながら廊下を歩いていた。
カミラは今、歴史の授業を受けている。今日の体調はよさそうなので、エレンは一旦席を外して本城にある魔法薬研究所に顔を見せることにしたのだった。
(もし顔見知りなら協力をお願いしたいな。カミラ様には王太子殿下と仲よくなっていただきたいし……あっ)
ちょうどエレンの目の前で魔法薬研究所のドアが開いて、いつも世話になっている魔法薬師と医師長が出てきた。
「お疲れ様です。これから往診ですか?」
「ああ、こんにちは、エレンさん。往診ではなくて、これから騎士団詰め所に行くのですよ」
「詰め所? 怪我人が出たのですか?」
「いや、念のためだよ。今騎士団で、王太子殿下が訓練を受けてらっしゃる」
魔法薬師に続く医師長の説明を受け、そういうことかとエレンも納得する。
(そういえば、医師長様は王太子殿下の侍医でもあるものね)
怪我はもちろん、訓練中に主君が体調を崩したりしたら大事になるので、できるだけ側で見守り、いつでも駆けつけられるようにしておくのだろう。
(……あ、それなら王太子殿下の様子も拝見できるかも……?)
「あの、私も同行してもいいでしょうか? 王太子殿下のお姿を一度拝見したくて」
「おや、エレンさんはまだ王太子殿下にお会いしていないのですね」
「カミラ妃殿下のこともあるし、是非一緒に行こう」
「はい、ありがとうございます!」
手ぶらで同行するのも何なので、薬箱の一つを持たせてもらったエレンは二人について騎士団詰め所へ向かった。
(今回は魔法薬師としての仕事もあるかもしれないし……うん、大丈夫だよね)
医師長たちにくっついていくのなら、ミハイルのお叱りを受けることはないはずだ。
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